高校生活⑯
『ちとせ、かえでさんと確か同じ中学じゃなかった? 本当にごめんだけどちとせから誘ってもらえたりしない?』
『うん。良いよ!』
にっこりの絵文字をつけてそう返信した。
苦虫を噛み潰すとはこのことだ。電源の落ちたスマホに、すごい顔の自分が写っている
だって断れるわけないじゃないか、友達なんだから。
確かに国領は美人だ。
普段の様子を知らない小川先輩からすれば、その人形じみた容姿は魅力的に映るだろう。
ひなたから想いを寄せられていることは小川先輩は気づいているんだろうか。
気づいていたとして、その上で別の子を誘わせるってことが到底信じられない。
そんな人に国領を合わせて何が起こるか。
トラブルに決まってるじゃないか。あいつがこの微妙な関係を読めるわけがないのだ。
翌日、例によってお弁当を手渡す時が来た。
相変わらず人の居ない女子トイレの中だ。
ひと目に付かず誘うなら今しかない。
「ん。今日の分」
オレが無愛想に差し出したお弁当を、満面の笑みで受け取る彼女の顔を見ると、なぜだか心がしくりと痛い。
「ありがとう! 大事に食べるね」
「毎回言うよね、それ。別に大事にしなくていいって」
「だって、ちとせちゃんが食事は大事にしろって言ったんだよ」
「そういう事は覚えてるんだから」
「えへへ。褒められた」
「褒めてない」
言わなきゃ。そう思うのに、彼女の笑顔を見ていると喉が詰まったように声がでない。
国領を誘って、それで、ひなたと小川先輩と遊びに行ってもらう。
国領にはよく言い聞かせて、おとなしく黙っててもらって、終わり次第可能な限りすぐに帰ってもらう。
それで万事大丈夫。そう思っていたのに。
「あ。そうだちとせちゃん。今日はね、」
彼女が片手に下げていた小さな手提げカバンをごそごそとあさり始める。いつもはお弁当を隠して持ち歩くために、持ち込んでいるものだ。
「なに?」
「あ。あれっ? 見つからない」
「国領、部屋また散らかしてるでしょ」
カバンの中を見ていると間違いないはず。
「してる。だからまた来てよ。ちとせちゃんが来てくれるとすごく嬉しいよ、わたし」
「もう行かないって言ったでしょ。本当に反省しないんだから」
「あ、あった。これあげる。中身はシュシュだよ」
聞いちゃいない。ようやく取り出したのは、薄ピンク色に綺麗に包装された小包だった。
それを彼女はぽんとオレの手の上に載せて、またにっこりとした。結構軽い。
「…なんで?」
ものをもらう間柄でもないのに。その軽い小包を両手の上でもてあましたまま、彼女を見上げる。
「いつものお礼。最近ちとせちゃん髪伸びてきたし。似合いそうなの選んだんだ」
「国領にも感謝の気持ちとかあるんだね」
不覚にも素直に感心してしまった。
「ひどい! あるよ、わたしにだって! 毎日ありがとうって言ってるじゃん!」
「ああ、うん。そっか。そうなんだ。良いのに。なんか、そういうんじゃないから、お礼とかいらないよ」
何一つ伝わった気がしないし、自分でも何がいいたいかわからない。国領の父にむかついて、勝手にやっただけ。それだけなんだ。
そもそも私はヘアゴム派だし。普段からシュシュは付けたことがない。でも、今は国領のずれた感じも不思議と嫌じゃなかった。
手の中で小包を弄んで、丸い角のそれが手に痛痒いのが妙に心地良いのだ。
「形にしたかったの」
「あ、ありがと。後で開けるよ」
「ちとせちゃん、大好き。キスしていい?」
「だめに決まってるでしょ」
「もう!」
不満そうに頬をふくらませる国領を適当にあしらいつつ、考え事をしていた。
本当に国領を小川先輩の前に連れ出していいの?
彼女が断ってくれればいい。
半分祈るような気持ちで口から無理やり言葉を押し出した。たぶん、笑えてなかった。
「ねえ、国領。小川先輩って知ってる?」
「知らなーい」
「3年の…イケメンの先輩なんだけど。ひなたが気になってる人で。その人がひなたと国領と一緒に遊びに行かないかってさ」
「わたし、ひなたさんともその小川さんって人もよく知らないよ? でも、いいよ。ちとせちゃんのお願いだし」
「え……オレのお願いっていうか……本当にいいの?」
胸が今度は、ずきずきとはっきりと痛くて、制服の上から胸をギュッと押さえた。心臓もうるさい。国領に聞こえてなければいい。
この罪悪感ともやもやは、なんなんだろう。一体誰に対して抱いてるんだろう。
「いいよ? 遊ぶだけなんだよね」
「そう、だけど……」
「じゃあ、日時教えてね」
「あ。あのさ、国領。ひなたが、好きな人なんだよ、相手は」
「そうなんだ。それは、いいね」
何がいいやらさっぱりだ。
だめだ、やっぱりはっきり言葉にしないと、国領は分からないんだ。
「国領、自覚あるか知らないけど、君ってすごく美人。小川先輩の目的は、国領かもしれない」
「ふーん。ちとせちゃんも美人だよね?」
「オレのことは今はどうでもいいの。でね。だから、小川先輩がそれっぽい雰囲気出したら、上手く躱してほしい。っていうか応じなくていい。できる?」
「言ってる意味がわかんない。それなら、最初からわたしが行かなければよくない? わたしはその人に興味ないんだから」
「それだと、小川先輩はこない。たぶん」
「面倒くさいねえ、なんだか」
「そう。面倒くさいことになったんだ。ひなたを傷つけたくもないし。すごく、楽しみにしてるみたいだから」
「なんとなくわかった。わたしはひたすらその人を邪険に扱えばいいんだね!」
「ちがう、ちがうから! あくまで、デートっていうか…雰囲気よく、それでいて差し障りのない感じで終えてほしいの」
「そんなの、無理じゃない? 相手はわたしに興味があって、ひなたさんをダシにするんでしょ?」
「……国領ってそういうのは分かるんだね。なんかまた感心したよ」
「ちとせちゃんはわたしをなんだと思ってるの!? 分かるよ!」
「モンスター。怪物。ダメ人間」
何をやらかすかわからないモンスターだ。
空気を読む気がないのか、読めないのか、読んでいてあえて外していくのか。もうわかんなくなってきた。
「相変わらずちとせちゃんは酷い。わたしをいじめるのがそんなに楽しい? 良いよもっといじめても」
とか言って、頬を赤らめて伏し目をしやがられる。
ああ、だめだだめだ。やっぱりこいつはだめだ。心配すぎる!
「私も行く。ひなたには話しとく」
どうしてこうなるかなあ。でも、国領を放っておくより絶対ましだ。
「え。やった、うれしい!」
お弁当を持った手のまま、背中に手を回して、国領に器用に抱きつかれた。
「喜んでる場合かよ……良い? 当日は私の言うこと絶対聞いてね」
「うん。もちろん! 当日が楽しみだなあ!」
さらにぎゅうぎゅうと抱きすくめられ、彼女の白いうなじが目の前にある。
なんかムカつくからこのまま噛み付いてやろうかとも一瞬思った。
以前抱きつかれたときよりは、骨ばった体が少しは柔らかい。お弁当の成果が出て何よりだ。
いやそんな事はどうでもいい。
ああ、もう。胃が痛い。
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