高校生活①(本編)

結城とはそれきりなんとなく気まずくなった。話しかけてはくれるし、カード屋にだって時々誘ってくれる。

 でも、前とは違う。流れる空気が決定的に変わってしまったのを感じていた。

 男女の間に流れる、どうしようもない壁。それがオレたちの間にできてしまったかのようだった。

 中学2年になるとクラス替えで離れ離れになった。

 それからは自然とどちらともなく口を利かなくなった。

 時々廊下で見かけた彼は、スポーツ部のグループに溶け込んでいて、楽しそうにはしゃいでいた。

 国領の勝ち誇ったような顔も、結城の態度も、何もかも気に食わない。

 でも、結城が無事に友達を見つけてくれているのを見て、どこかほっとしたのも事実だった。

 

 中学の間に生理が来て胸が膨らんで腰やお尻がまるっこくなって、心で拒否しようが、どうしようもなく体は女らしくなっていく。

 そんな体でも、結城と友達で居られた自信は正直なかった。

 


 オレは結局、幽霊のように3年間を過ごした。なにがあったわけでもない。

 なにもなかったのだ。病気で可愛そうなちとせ君。みんな仲良くしてあげましょうね。

 粘着質な優しさと、無視の中で生活していた。

 話しかけてくれるのは、別のクラスのあかりと、国領ぐらいだ。


 オレは自分の選択を、失敗を、後悔していた。

 あかりや結城と離れたくなくて、意地でみんなと同じ中学を選んだけれどそれが間違いだったのだ。 

 だから、誰もオレを知らない遠方を選んだ。電車で40分ぐらいかかる都立高校だ。

 あかりや結城と離れ離れになるのは、少し寂しかったけれど、皆から無視をされる生活も辛かった。


 今度こそ、最初から女としてちゃんと溶け込もうって、思ったんだ。

 

 そうしてオレは高校2年になっていた。


「ちとせ? どうしたん。ぼーっとして」


「ごめんごめん」


 前を歩く文彦にあわてて追いつく。

 人混みの喧騒が一気に戻ってきたかのようだった。

 嫌なことを思い出してしまった。最近はあまり思い出すこともなかったのに。


「6月なのに全然雨ふらないよな。今年は暑くなるって」


 彼がオレを見下ろして、少しためらいがちに手を握った。

 汗ばんだ指と指が絡む。

 山田文彦はオレの彼氏だ。

 もう、私って言うべきか。


「うん。そうみたい」


「あーそのさ。夏休み入ったら」


「うん」


 文彦がもじもじと少し顔を赤らめる。

 あーそろそろか、って喉をごくりとならした。そろそろ、こういう話しが来ると思ってたんだ。


「泊まりで、どっかいかね?」


「うん。良いよ」


「え? 良いの?」


「良いよ?」


「あ。おお、まじかあ。すっげえ緊張したわ、俺。まじでいいの?」


「なんで。彼氏なんだし、普通でしょ」


「いや、ちとせって美人じゃん。なんで俺なんかと付き合ってるのかなあって、ずっと思ってたんだよ、正直。でも、本当に良いんだ」


 くふふ、みたいに低く笑う。その笑い方はいい加減直してほしいなあ。

 なんで。気が弱そうで無害そうだと思ったから。

 正直に言ったら文彦は怒るかな。いや、泣くか。


 別に悪いやつじゃない。1年間付き合った今ではそれなりに好きだ。

 でも、そっかあ。ついに来てしまった。随分待ってくれた方ではあるんだよな。

 まだキスすらしてないんだ。女なんだし、いつかは経験しないといけないことだ。


「全然美人じゃないと思うけど。どこ行くの?」


「海の方! ちとせの水着見てみたい」


「おー」


 そんなに鼻の穴を膨らませないでも。


「なに、おーって」


 苦笑いされてしまった。

 この反応は間違ったっぽい。彼氏なんだし、大事にはしたいって思ってる。


「泳げないんだよね、私」

 

 半分は嘘。小学5年生までは泳いでたけど、それっきりなのだ。

 中学は特別扱いで水泳の授業にも出ていない。高校はそもそも水泳の授業がない。


「良いよ。俺が水着みたいだけだし」


「正直なやつ! わかった。考えとく」


 水着。水着かあ。

 また調べないと。どういうのが良いんだろう。面倒だなあ。


「めっちゃ楽しみ」


「うん」


「ねえ、ちとせ。俺、本当に嬉しいんだよ」


「わかってる」


 ここは『私も』って答えるべきだったのかも。

 彼氏と彼女。男と女。慣れないな。


「俺、お前のこと本当に好きだ。俺が絶対幸せにするから」


「ありがと、文彦は優しいね」


 盛り上がってるなあ。高校生で、将来もわからないのに。

 君だって明日いきなり女になってるかもしれないよ。


「ん……あれ、国領さんだ」


 道路を挟んだ向こう側から、こっちに向かって歩いてくるのが見える。


「そうだね」


「なんか、すごいよね、彼女。なんか、もったいない」


 文彦が苦虫を噛み潰したような顔をした。


「まあ……うん。すごいね」


 国領。あいつは中学のときからそうだったけど、高校になった今でもクラスから浮きまくっている。

 一言で言えば、空気が読めない。言いたいことを、思ったことをはっきりと口に出しすぎる。

 ぞっとするぐらい美人ってだけでも、クラスっていう閉鎖的な空間では相当なディスアドバンテージなのに、そういう態度を取るものだから、当然女子の間から総スカンだ。

 異物だ。あいつは。

 高校がかぶったのは、偶然だと思いたい。あいつにこの高校をうけることは伝えていないんだから。 



「うわ、こっちみた」


「……うん。」


 国領が一瞬こっちを見て、微笑んだ。

 演技してるのがバレたような、そんな居心地の悪さを感じる視線だった。

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