高校生活⑰

『良かった!! 国領さんと女子二人だけって不安だったんだよー。あの人って変じゃない? 向こうも3人で大丈夫って言ってくれてるし!』


 こっちはひなた。


『友達のためなら仕方ないけど…。正直、心配だよ。男の人が来るんでしょ? それに、国領さんも一緒なんて』


 こっちは文彦。 私も先輩たちと一緒に遊びに行くことを伝えたときの反応だ。


 文彦には結構苦労した。

 オレが先輩達にまったく気がないと説明するのと、文彦がオレに注意してほしい事項を説明するのに、ラインが20往復ぐらいを要したけど、割愛だ。


 心配してくれるのはありがたいけど、服装の指定とか、17時までに家に戻ることを指示されたのははちょっとなあて思う。

 まあ、言われなくても地味目の服装でいくつもりだったんだけど。

 

 それにしてもふたりともやっぱり国領に引っかかるんだ。

 国領って、変だ。変だよなあ。うん。変だ。


 着替えの手が止まった。鏡にしかめつらのオレが写っている。

 邪険に扱っといて何を今更傷ついたふりをしているんだか。

 変なやつ、異質なやつって扱ってたのはオレも同じだろう。


 こんなやり取りはありつつも、小川先輩たちと出かける朝を迎えていた。

 先方は男性二人。こっちは女子三人の組み合わせ。

 あくまで主役はひなただから、地味目な服装にしていこうとクローゼットの中を漁っている。

 あ。国領にも、服装のことは注意しとかないと。ただでさえ目立つ奴だし。


 思いついて、早速ラインを送った。この前、今日のために交換したばかりだ。

 返事はたぶんこない。

 あいつは平気で3日後に返事を送ってきたりする、本当にろくでもないやつだ。

 ほら、またオレ自身があいつの悪口を考えてる。


「やっほう! ちとせちゃん、ひなたちゃん!」


「やーっほう。国領……さん」


 テンション高く手をおおきく振りながら現れた国領に、軽く手を上げて応じた。

 言ったとおり、かなり地味な格好をしてくれている。


「じゃあ、行こう? ちとせちゃん、国領さん」


 ひなたがふいと視線を外して、目で駅の方を差した。

 ここから電車で移動だ。


 ひなたと国領とオレ。3人での移動時間の電車内は、拷問のようだった。

 もともと仲良くない二人だ。それに加えてひなたは一切国領と目を合わせようとしない。それなのに国領はいつもよりテンションが高い。おかまいなしにオレやひなたに話しかけまくって、時折気まずい沈黙が流れる。


 間を取りなすのはオレなのだ。

 無視された国領なんて、放っておけばいいとも思う。

 

 だけど、ひなたのために来てくれたんだから、それはあんまりだ。

 あんまり? オレが国領を? どうかしてる。

 可哀想に思うべきはひなたの方で、友達だって、ひなたなんだ。

 


 30分ぐらい電車に揺られた。駅から出ると、身長が高くてほっそりしたのと、がっしりしたのが二人が手を振っている。

 身長が高くて小顔、スキニーパンツに無地のブルーグリーンのTシャツってとてもシンプルな格好だけど、彼の切れ長で整った顔立ちによく似合っている。

 たぶん、こっちが小川先輩だ。ひなたが好きそうな癖のないタイプのイケメンって感じだ。


「小川先輩! 中河先輩」


 彼らを見つけたひなたが子犬みたいに走り出す。駅前に人影はまばらで、小さな個人のお店が立ち並んでいる。あまり降りたことのない各駅停車の駅だった。


「布田」


 ひなたが見上げた彼が柔和に微笑む。やっぱりそっちが小川先輩みたいだった。


「先輩。こっちが国領さんで、こっちがラインで伝えてた友達のちとせちゃんです」


「はぁい。こんにちはー」


 国領が外国人みたいに大げさな笑みで挨拶した。あんまり喋らず、愛想よく。そう伝えていたから、それを実行したんだと思う。たぶん。


「急でごめんなさい。今日はよろしくおねがいします」


 オレは無難に挨拶をした。


「良いよ全然。今日は楽しもうな。ええと、ちとせちゃん? すげータイプ」


 がっしりした方……中河先輩が手を差し出して少し迷ってそれを握り返した。


「あ。先輩だめですよ。その子彼氏いますから」


「え。まじで? 超残念なんだけど」


 中河先輩が露骨に顔をしかめて、ふいと顔をそらされた。その視線はすぐに国領に注がれている。ひなたが茶化して言ってくれて、正直ありがたかった。いつどうやって切り出せばカドが立たないか。そればかりを考えていたから。


「あんまり仲良くないけどねー」



 国領! こいつはー!


「え? そうなん?」


 視線がまた戻ってきた。ガタイに反してつぶらな瞳だ。


「あはは……そんなことないですよ」


 口の端がひくひくした。でもちゃんと笑えたと思う。

 仲、いいよ。そうじゃなきゃ付き合ってる意味がない。好きだって言ってくれるし。


「中河、がっつきすぎだろ、お前」鼻から抜けるような甘ったるい声で笑って、小川先輩が言「行こうよ、みんな。いいカフェ知ってるんだ、俺」


「はいっ」


 ひなたが目を目を輝かせて、小川先輩の隣を歩きはじめる。

 彼女が楽しそうなら、それでいい。

 オレと国領は一歩遅れてついて行っていたら、小川先輩が振り返った。


「国領さんは、なにか好きな食べものある?」


「ちとせちゃんの手料理」


「え?」


 彼が形の良い口をぽかんと開けて、その向こうではひなたが眉をひそめている。

 慌ててオレは口を挟んだ。お腹の上がひやっとしてる。


「冗談ですよ、先輩。国領……さんは、ピーマンとか好きです」


 まじのまじだ。


「へえ。変わってるね。サラダも美味しいところだからさ、期待してくれていいよ」

 

「じゃなくてちとせちゃんの手料理が――いてっ」


 言いかけた国領の靴を、軽く蹴った。

 だめだ、こいつ。

 きょとんとした目でオレを見るな。ばれるだろう! 蹴ったのが!


「仲いいな、ふたりとも」


 ほら。先輩が苦笑いだ。ばれたじゃないか、国領のせいで。

 っていうかこっちに注目してもらうと困るんだ。ひなたと絡んでほしいんだから。


「あははは……」


 笑って流すことしかできなかった。

 国領め。



……。


 カフェでも相変わらず小川先輩の興味は国領に注がれている。傍目からでもすぐに分かる。

 わかり易すぎる。男子ってなんでこんなにわかり安いんだろう。もしかしてオレもそうだったのかな。

 目だ。目線が語りすぎるのだ。


 でも、これはひなたも同じだから男女とかは関係ないのかもしれない。

 到着するなり国領に出来るだけ喋らないでって注意したから、目立ったトラブルは起きなかったけれど、水面下で流れるどろどろした感情のうねりといったら。

 小川先輩が国領に話しかけるたび、ひなたがじっとりとした目で国領を見ているのにも、気づいていた。


 ああ、もう。恋愛沙汰なんてもう嫌だ。

 今日はなんとかひなたをアピールして、小川先輩とくっついてくれればオレとしては万々歳なのだけれど。


「先輩。ひなたってすごくいい子なんですよ。おしゃれだし、一緒に居てすごく楽しいんです」


「やだ。ちとせちゃん恥ずかしいよ」


「優しそうだもんね、ひなたは」


 言いつつも、目線はちっともひなたの方を向かない。


「ちとせちゃん。彼氏と別れそうって本当?」


「そんなことないですよ」


 中河先輩は相変わらずオレに絡んでくるし。

 国領はオレの言いつけを守って、ずっと黙って微笑んでいる。

 明日のお弁当は豪華にしてあげよ。


 カフェでの時間をなんとかやり過ごし、小川先輩の一言でカラオケに行くことになった。

 歌うのは嫌いじゃない。何より喋らなくて良いのが今日に限ってはありがたかった。

 

 カラオケで思い思いに歌っている。

 かなり不自然だったけど、ひなたを小川先輩の隣に座らせる事に成功して、二人で仲良くデュエットなんかしている。

 国領はと言えば、相変わらず、オレが言ったことを守って黙ったまま微笑んだきりだ。

 

 流石に罪悪感。国領が悪いんじゃないってことぐらい、わかってる。

 普通になりきれない国領だから仕方ないのだ。

 今、こうやって好きでもない流行の歌を歌っているオレは、普通なんだろうか。

 小川先輩も中河先輩のことも、ちっとも良いと思えないのだ。普通のひなたが良いっていうんだから、きっと魅力を感じるのが女子として普通なのかな。

 わからない。

 

 そんなことをふと考え込んでしまったのもあるし、大声ばっかり聞いてて少し落ち着きたいのも合って、ひとりで廊下に出た。静かな廊下に出ると、大きく息をつく。

 はあ。やっぱりひとりが落ち着く。


「あれ? お前、文倉?」


「え?」

 

「やっぱ文倉だ」


 短髪の高校生ぐらいの男子。

 見覚えがある。たしか同じ中学だった伊藤とか言う奴だ。

 背筋が凍るってこのことだ。

 背骨に氷水を流されたみたいに、全身が冷えていく。

 中学が同じで。同じクラスだったやつ。オレが男だったって知ってるやつ。

 こんなところで一番会いたくない。


「……伊藤、だっけ」


「久しぶりだなあ!」


「ああ、うん」


「友達ときてんの?」


「うん。そう。トイレいくところだから。じゃあね」


 話したくない。さっさとトイレに向かおうと、横を通り抜けた。昔の話なんて絶対にしたくない。

 ひなたたちにバレたら、オレはまた学校にいけなくなる。


「女子トイレ入るんだ? 男なのに? 変態じゃんか」


「……」


 くそ。くそ!

 振り返らなかった。どうせいやらしい笑みを浮かべているのは、わかっている。

 逃げることしかできなかった。過去なんて、全部消えてなくなればいいのに。

 オレは最初から女だったんだよ。それでいいだろう、もう。そっとしておいてくれよ。


「ふごっ」


 伊藤の間抜けな声が背後からした。

 恐る恐る振り返ると、お腹を抑えて呻いている。


「ばーか。ちとせちゃんは女だよ」


 国領が、体を折り曲げている彼を見下ろしていた。

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