高校生活③
あかりとの会話はいつも他愛のないものばかりだ。さっきのコンドームなんて無かったみたいに、無邪気な笑みを浮かべている。
小さいときから変わらない、人懐っこい笑みだ。
美味しかったお店のことや、学校での出来事、好きなアーティストの話をして、最後には今度一緒に水着を買いに行く約束をした。
あかりからは服や、メイクの仕方、女らしい振る舞いを盗んで、真似る。肩上で切りそろえたボブカットを真似する。
手に入らないならあかりのようになりたい。そんな自分が、気持ち悪いって思う。仕方ないだろう、オレは女なんだから。
「時間。ちょっとまっててね」
ひとしきり話していたら、既に15時を回っていた。
あかりが急に立ち上がって、いたずらっぽく笑った。
純粋な少女のような笑顔だった。
「時間ってなに?」
「内緒」
人差し指を口に当てて、部屋から出ていく。取り残された部屋は、しんと沈黙が重たくて、座ったベッドからラグの上に座り直した。
このベッドにはあんまり触りたくない。
階下から人の話し声がする。あかりのものと、男のものだ。足の裏がぞわぞわした。察してしまったのだ。
それでも体は重くて、立ち上がれないまま扉が開かれた。
屈託ない笑みのあかりと、怪訝な顔をした結城がいた。一瞬だけ、視線が交差する。嫌悪感とも恐怖とも居心地の悪さともつかない、ぞわぞわが全身に広がってくる。先に目をそらしたのはあっちだった。
隣のあかりを見下ろして、ため息交じりに結城は言った。
「あかり。なんだよこれ」
「いい加減、仲直りしてほしいんだ」
無邪気な笑み。オレたちが、ケンカ別れをしたのだと信じ切っている目だ。
オレたちは喧嘩なんてしていない。自然に離れただけだ。直すための仲がなくなってしまったら、もうどうしようもないのに。
「あかり。オ……私帰るよ」
あかりを守るように肩を抱いた結城の手はすごく大きい。
身長だって、かつては同じぐらいだったはずなのに、今では見上げる程の差だ。
そんなの、一瞬だって見たくない。
「待てよ。ちとせ。あかりは、ふざけてると思うけどさ。この際ちょうどよかったかもしれない」
扉を横切ろうとするオレを、結城の太い腕が制した。
見上げる。浅黒くなった肌に、ずいぶん筋肉質になってしまったけれど、間違いなく結城の顔だった。
「なに?」
睨み上げたけど、彼は受け流すように鼻で笑って言葉を継いだ。
「お前さ。まだあかりに未練あるわけ? 遠くの高校行っといて、あかりにだけは繋がりを保とうとする。その神経がわかんねぇ」
「別にそういうんじゃない。女同士で色々訊きたいこともあるんだよ」
「そうだよ、結城。ちーちゃんは、友達だし……未練とか意味分かんない」
「はっ」彼は侮蔑するような目をむしろあかりに向けた。「あかりのそういうところ、本当にどうかと思う。ちとせが元々男だったって知ってるんだろ? そういうやつを部屋にずっといれるって、こっちこそ意味がわかんねえよ」
なんとなく、だけど。結城の表情を見ていると、枕元に隠されていたコンドームは、置き忘れではない気がした。オレが出入りしていることをきっと察していたんだろう。
「ちーちゃんは女じゃん。今は。でも途中から女になったんだから、友達として色々教えてあげないとって、思ってたんだよ。いいよもう、わたしが悪いんでしょ」
「……ちとせ」
あ。分が悪くなったのか、標的がオレに変わったみたいだ。
「なんだよ」
「悪いけどさ。こういうの、やめにしてくれるとありがたい。お前の生活が大変なのも理解はしているつもりだよ。だけどお前が男だったときのことを知っている俺からしたら、やっぱり、こういうのは気持ち悪いんだよ」
「そっか」
気持ち悪い。なんでこんな言葉が、よく刺さるかな。鼻がツンとして、うつむいた。涙は流石に出したくない。「わかった」
「…悪いな」
「私は、男だったもんな」
「ああ」
「でもさ――」
見上げた。笑った。笑ってやった。せいぜい冷笑に鳴っていればいいと思う。
「――あの日、お前オレの胸を見て勃起してたよな。泣きながらさ。笑っちゃったよ」
目の前が真っ白になった。痛みは遅れてきた。その後に、あかりの悲鳴があった。
いってえな。女の頬、殴るんじゃねえよ。
本当に喧嘩しちゃったよ。
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