第2話「勇者ナナミ」

  数千年の時を人と魔族は争い続けていた。

 魔族の王は強く、残酷で、冷徹だった。

 一進一退の攻防を繰り広げる日々に、強き魔王が現れたとき、人類は次第に疲弊していき徐々に徐々に領土を蝕まれていった。


 肥沃な大地は奪われ飢えが蔓延る日々が常態化し、

 美しき森が焼き払われて森の間組は失われる。

 豊かな鉱山は毒に犯され瘴気に埋もれていく。


 人を憎む魔族は徹底的に人類を追い詰めていき、数千年の時を経てついに滅びの時を迎えようとしていた。

 しかし、人々の滅びを望まぬ賢き者たちは、異世界より魔族を打ち払う存在を呼び寄せることに成功した。


 一人で百の魔族を打ち破り、

 一人で十の龍族を屈服させ、

 一人で魔族の将を切り伏せて見せた。


 その勇気と、強さと、美しさを讃え、人々はの者を「勇者」と呼んだ───。


 それは神話の時代の存在。

 数千年の昔、魔王を滅ぼしたことがあるとされる一人の戦士をそう呼んでいたと。


 

 かくして、数千年の歴史を紐解くように、神話を再現せんと人々は声を上げる。

 勇者を讃えよ。魔王を討て────その声に従い、伝説の物語と同じく、勇者と共に歩む、その仲間たちを募る。

 そうして、世界は魔王を討たんと望んだ。

 


 滅びに危機に瀕した人類に現れた希望の星「勇者」とそのパーティは、いまこそ、魔王を討たんと旅だっていった。



 ※ ※


 そんな伝説の勇者パーティにも変わり種はいる。


 そして、──そいつ・・・はとても妙な奴だった。


 魔王城を目指す勇者パーティに所属する一人の男。「斥候」兼雑用係何でも屋のヴァンプ。


 いつも微笑を浮かべ、誰に対してもヘラヘラとして笑顔を絶やさない……一見すると優男。


 浅黒い肌、少し尖った耳、遠方のエルフ系の血筋だろう。

 美形の部類に入るのだろうが……細い糸目はどこをみているのかわからない。

 時折、開く瞳が赤く透き通っていたな──と思うだけ。

 それ以外はほとんど印象に残らず、なんというか……そう、昼行燈のような存在だった。


 それゆえ、誰の印象に残らず……勇者パーティの一員だというのに、国からも人類からも半ば無視されたような扱い。


 それでも、やはり勇者パーティの一員。

 どんな苛酷な戦場でも生き残り、確実に成果を上げる。


 剣を扱えば、多分強い・・・・のだろう。

 だが、前線で戦っている姿を見ることはなく、そもそも何をしているのかほとんど知らない。


 冒険者出身で、職業は剣士だというが、それにしては華奢な体つきだ。

 細身の剣を腰に落とし込んでいるが、剣が主武装なのか、それとも体中に隠し持っている暗器のような投げナイフに短銃が武器なのか分からない。


 だが、膂力は十分。

 あれほどの重武装を隠し持っているのに汗一つかかない。


 いつも飄々としており、決して目立たず騒がず。

 腕も悪いのかいいのかよく分からないけれど、いつだって勇者パーティの……とりわけ勇者の傍にいた。 


 それが、

 斥候スカウトのヴァンプ。

 勇者パーティ5人目のメンバーで、一番の新人だ。


 他にも、勇者パーティは個性派揃いで優秀な人材ばかり。


 勇者の召喚時より傍らにいる古株メンバーの剣聖ソードマスターのオーディ(人間:男)、

 勇者に知識と心構えを教えた常識人の大僧正バラモンクリスティ(ドワーフ:女)、

 勇者へ魔法を教授した教師兼お目付け役の魔術師長ソーサラーサオリ(エルフ:女)、


 これらのメンバーが人類最高峰の戦力として招集され、北の大地から覇を唱え、長年人類に圧力をかけ続ける魔族への対抗勢力として結成された。

 

 そんな豪華なメンバーの中でどうしても見劣りするのがヴァンプ。

 ぶっちゃけ、なんでそこにいるのかわからない。

 しかし、彼の肩書が「斥候スカウト」であり、その実────雑用係何でも屋だと知ると、誰もが納得した。


「あー。ただの下っ端か」と────。


 そうして、今日も今日とて、勇者パーティは戦闘に明け暮れ……先日ようやく聖王国の要地で暴れ回る魔王軍の先遣部隊を殲滅したのだった。



 今日はその戦勝を祝した祝賀パーティの最中。



 煌びやかなパーティ会場では、剣聖に、大僧正、魔術師長が貴族たちに大歓迎を受けていた。


 大僧正クリスティに魔術師長サオリは貴族男に群がられて求婚もかくやとばかりにちやほやされている。

 逞しき剣聖オーディなど、侍女に御令嬢にと、色気ムンムンの女性陣に取り囲まれて実に楽しそうだ。


 一方で煌びやかな会場の様子とは裏腹に、会場の上座には国王と王太子──そして、勇者ナナミが豪華な椅子に腰かけ、人を排するようにして談笑していた。


 いや、談笑とは少々異なる。

 なにせ、一方的に話しているのは国王に王太子だけ。

 ナナミは、両サイドから二人の醜男にペチャクチャと捲し立てられているのだ。


 やれ、ナナミの髪が美しいだの、

 やれ、強さの中に気品があるだの、

 やれ、胸は控えめでも好みだの────なんというかセクハラ一歩手前のことを、よくもまーーーーー喋る、喋る。


 というか、既に国王など勇者ナナミの手を握っているし、王太子は彼女の膝に手を置き撫でまわしている。


 それをさり気なく隠しているのが王を護る近衛兵たちで、彼らの屈強な体でもって衝立ついたてとしているのだ。


 この会場では、勇者パーティたちと勇者が歓待を受けているのだが、奥の雰囲気はどうにも……。


「のう勇者よ──ときに、故郷に心に決めた人は居るのか?」


 じっとりとした眼付でナナミを見つめてくる爺──ごほん、国王にナナミは顔を引きつらせながらも、


「いえ……その……と、とくには」


 それを聞いた王太子が勢い込んで言う。


「おぉ! それは重畳! 魔王を討った暁にはどうか我が国で末永く暮らしてくださいませんか?」


 スス―と膝を撫でる手が徐々に上に上がってくる気配に、ナナミは背筋が震えあがる思いだ。

 勇者、勇者と持て囃されていても彼女はまだ10代……。花も恥じらう乙女なのだ。


 王太子とはいえ、白馬の王子様などではなく、40絡みの禿親父……。加齢臭も相当にキツイ。

 どう見ても口説きにかかられているのだが、恋愛経験の乏しい勇者ナナミには上手くあしらうことも出来ずに固く縮こまるのみで、親父どもにいい様に嬲られている。


(はぁ……最悪。これじゃ歓待じゃなくて、いやがらせだよぉ)


 ションボリとした様子のナナミに、

「おぉっと! 失礼──っス」


 いつの間にかナナミの傍にいたヴァンプが、ヨロヨロ~と態勢を崩し、持っていたワインを国王の顔面に引っ掛けた。


「うぼぉあ!」

「ひぃ!」


 王太子は辛うじて交わしたものの、国王は顔面ワインで真っ赤っか。

 ついでに沸点突破で真っ赤っか!


「な、なななな、何をするか無礼者!! え、衛兵ッ! コイツをひっとらえい!」


 驚いたのは王を警護していた近衛兵だ。

 王の言いつけ通り誰も通していなかったのだが、いつの間にかナナミ達の傍に男が入り込んでいたのだ。


 しかも、ワインをぶっかっけられる始末。

 これは、警備の責任問題である。


「き、きっ貴様ぁ! と、ととと、取り押さえろっ!」


 近衛兵の隊長が慌てて制圧を指示するも、ヴァンプはどこ吹く風で、

「いやー……! 申し訳ないッス! ゴメンなさいっス! つーい酔っ払って足元が疎かにぃ……」

「ええい! やかましい!! 言い訳など聞かんぞ、どこの馬の骨か知らんが、即刻牢にぶち込んでくれるわ、この狼藉者がぁ!」 


 怒髪天ついたとばかりに国王は口汚く罵り、ペコペコ頭を下げるヴァンプにグラスをぶん投げる。


 さり気なく、グラスを躱したヴァンプ。

 それでも高速ペコペコは止めない器用さを見せる。


 あまりの見事な謝罪っぷりを見かねて、

「お、王様──そ、その彼は私のパーティメンバーなのですが……」


 おずおずと申し訳なさそうに、ナナミが進言した。


「何を馬鹿なことを! ワシはこんな奴を知らん、ぞ……ん?」


 ヴァンプの胸にきらりと光るシルバーのネックレス。


「お、おおあ?! な、なんでそれを? それは勇者パーティのドッグタグ────」

「え、えぇ……彼はヴァンプ。私のパーティメンバーで斥候スカウトを務める優秀な者です」


 なにぃ?!


「うっそ……。こいつが四天王を仕留めたっていう……」

「はい────彼がヴァンプ。斥候のヴァンプです」

 

 ナナミはヴァンプの意図の気付いて柔らかく微笑んだ。

 国王らに、いい様に弄ばれているナナミを助けるためにわざと粗相をしたのだと────。


「いやー……はっはっは。自分、影が薄くって……」なはははは!

 ゴメンなさいねー。と軽い調子で謝るヴァンプ。それと合わせて謝罪してくるナナミに、国王はすっかり毒気を抜かれてしまっていた。


 近衛兵はどうするのか──、と硬直していたが国王が顎で合図したため剣を治めてしまう。


「まったく……! 勇者パーティといえども、酒に呑まれているようでは先が知れますぞ!」

 さすがに勇者パーティのメンバーを罰することも出来ず、さらにはナナミにまで平謝りに謝られれば国王も鉾を収めざるを得ない。


 プリプリと怒りながらも、着替えのための中座していった。


 あとに残されたのは、

「ゴメンなさい、ヴァンプ……」

「何のことッスか? 自分、本当に酔っぱらっちゃって──」


 飄々ひょうひょうのたまうヴァンプに、ナナミはクスリと柔らかく微笑み、

「嘘。ヴァンプが酔っ払ったとこなんて見たことないよ」

「おやおや、お嬢は俺ッチのことよく見てますねー……もしや?」

「そッ! そ、そそそそ、そんなんじゃないわよ!」


 途端に顔を赤くしてヴァンプの背中をポカポカ叩くナナミ。

 年相応にまだまだ幼いのだ。


 ヴァンプはそんなナナミを見て、内心ニヤリとほくそ笑む。

 御しやすいガキだ───と。


 何を隠そう。

 斥候のヴァンプとは、かの魔王軍四天王、隠密のヴァイパーの世を忍ぶ姿だったのだ!


「ぅぅー! ヴァンプの意地悪ッ」

 照れを隠すため、ポカポカ叩き続けるナナミ───。


 っていうか、背中痛ぁぁい!!

 君、勇者パワーで叩いたら、普通の人なら背骨折れてるからね?!

 ヴァンプさんだから大丈夫なのよ?!


「むぐぐぐ! ナナミと随分仲良さそうじゃないかぁ……」


 そして、もう一人残った者がいた。

 デブでハゲの中年。───王太子殿下だ。


「───き、貴様ぁぁあ、ナナミと馴れ馴れしくしおってぇ……!!」──ええ、おい!

 と、チンピラのようにわけのわからない絡み方をしてくる奴。


 なるほど……。こっちは、本格的に酒に酔っているようだ。

 どうやら、ナナミとヴァンプが仲良さげなのが気に入らない様子だが────。


 つーか、オッサンの出る幕じゃないっつーの。


「え? そりゃー同じパーティですからね。仲いいッスよー」

 ねー!


 そう言ってナナミの髪をクルクルと弄ぶヴァンプ。


「も、もーやめてー! ヴァンプくすぐったい~」

 ナナミはナナミでくすぐったそうにしつつもキャーキャーと楽しそうにしている。


「むが! き、きっさまー! ワシのナナミに何をやっておるか!」


 突如激高する王太子に、




 ───は??





 しーーーーーーーーーーん……。






「……はぃ?」

 ナナミは硬直。すげー嫌そうな顔。


 ヴァンプはいつもの細目で、何を考えてるのかよくわからない。

 会場は静まり返っている。


「んが! 見ろ、お前がナナミに変なことをするから場が静まり返ったわ! どうしてくれる」

「───いや、どうもしないっスけど?」


 ヴァンプは、相変わらずのニヤケ面。

 見慣れているナナミ達なら何とも思わないかもしれないが、そうでない者からすれば馬鹿にされているようにも感じるだろう。

 

 で、実際───。


「なんじゃヘラヘラと笑いおって!! この聖王国の王位継承権第1位のワシを馬鹿にしておるな!」

「いや、してないっスけど───……うん。そろそろ、しちゃいそうっス」


 あっけらかんといった様子にさすがにブチ切れる王太子。


「ぬがーーーーーーーー!!! 決闘じゃぁぁあああ!!」

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