第6話「ナナミの涙」

 なんぞ?

 何、泣いてるのこの子?


「う、うん……。さっきヴァンプをぶっちゃったから謝ろうと思って──しかも、鼻血で死にかけてるだなんて思わなくて……」


「だ、大丈夫っすよ。お嬢のせいじゃないす。男は興奮すると鼻血がでるもんなんす!」


「え、興奮って?! な、何に……?」


 は?


「───ハッ。ま、ままま、まさか私に?! や、やだぁ……」


 ギュっと体を抱きしめて身を護る振りをするナナミ。

 いや、あんたね……。


 深夜に『無音魔法』使ってまで男の部屋に来ておいて、何を今さら──。



 っていうか、

「あ。俺っチ、子供に興味ないんで──」

「──ッッ!! ヴァンプの馬鹿ぁぁッ!!」


 バッチィィンン!──「ハブァアア!?」


 カランコローンと、白い歯が舞う────……!


 ──いでぇぇえええ!!!???


 い、意識飛ぶでコレ……。

 がっくーーーーん───!


「あぁああ!──ごめんなさい、ごめんなさい。ごめんなさい!!」


 慌ててナナミが勇者魔法を掛けようとするも、

「ま、ままままま、待つッス。大丈夫っす、平気っすから! あ、ほら、俺ッチこう見えて結構強いっすよ! んねッ?!」


 嘘です。

 めっちゃ痛いです──。


 はぁ、後でこっそりポーション飲まないと……とほほほ。


「そ、そそそそそ。それよりどうしたんス? 謝るだけならこんな深夜じゃなくても──」


 ……ハッ、まさか俺ッチを、夜ば──?!


「違います!!……ち、ちちち、違うんだけど──そ、その、」


 モジモジとするナナミ。

 心なしか顔が赤い。


 ……あれ?

 なんぞこの反応────。


「い、一緒に寝ていい?」

「え? 嫌っスけど?」


 即答。


 なんで勇者と一緒に寝にゃならんのよ?

 天敵と添い寝とか。どんな罰ゲーム?


 あ、これもしかして、嫌がらせ??

 き、君ぃ……やっぱり俺の正体に気付いてない?


「ありが────え? あ、あれ? え? 絵? こ、断る……ところ?」


「いや、そりゃ断るでしょ? お嬢も女の子っすよ? 胸とか薄いけ────あーあーあ! 暴力反対……!」


 またビンタされそうで、思わず首をすくめるヴァンプ。


 それにして、ナナミと来たら……断られるなんて微塵も思っていなかったらしく、


「い、いや……ほら。なんていうか、こういう時、異世界から来て寂しい女の子が夜中に突然部屋に来たら、優しく声をかけて、そ、そのエッチなことなしで、一晩中頭とか背中を撫でてあげて泣き止むまで待ってから、そっとベッドを抜け出して月を見ながら、女の子の旅の無事を祈る──」


「お嬢。長い」


 よくわからんけど、なんで性的にももよおさない女の子を一晩中抱締めないといけないのよ?


 しかも、勇者。

 魔族の天敵──。


 つーか魔族にとっては、もはやただの嫌がらせだよ──それ?


 ほんと、どんな拷問だよ?!


 例えばさ、

 「巨大なゴキブリを抱締めて寝ろ」って言われたら、凄い拷問だってわかるでしょ? 君ぃ?


「とにかく、お嬢帰っ──……」



「何か凄い声が聞こえなかったか?」

「アタシも聞いた」

「僕も──」



 や、

 やば───!!


 え? やばッ?!

 なんで、オーディ達の声が───……。


 え? え? え?


 え? このタイミングで全員集合?

 え? マジで?

 え? や、ヤバくね…………。


 うん────。



 やっばぃ!!!



 やっっっばい!!!!!



「こっちのほうか?」

「端の部屋には、ヴァンプしかいないわよ?」

「僕、ヴァンプが夜中に大声上げたとこなんて見たことないよ?」



 うっわ!

 こっち来る!!


 いや、来られたらアレだけど────。


 アレなんだけど!!!!!


 っていうか、コレ勇者どうすんねん?!


 ご、

 誤魔化せなくない?!



 いや、ナナミが勝手に来たんだけどぉ?!



 床に鼻血の血痕残ってるし、今もナナミにぶん殴られて、血だらけだけどぉぉお。


 しかしも、なんか知らんが、ヴァンプのシャツはナナミの涙と鼻水でドロドロ────。


 そんでもって、ナナミがくっ付いて離れない!!



 

 やっっっばい!!!


 これ、やっばい奴やん?!



 ど、どどどどどどどどど、どないしよ?!



 な、ななななななななな、何て言って誤魔化そう!!




 シミュレート!

 シミュレート!

 

 シミュレートぉぉぉおお!!




※ シミュレート1 ※


 ガチャ、

「ヴァンプなにがあ……った──」


 顔を出すオーディ。

 ───そして、女性陣ズ。


「い、いや──あははは。なんか急にお嬢が俺ッチの部屋に来て、一緒に寝てくれって言うもんだから──」


「は? 何言ってんだお前?……って、その床の血は? そして顔面の腫れと血──しかも、お前はドロドロじゃないか!」

「さ、最低──女の子になんてことを」

「僕、卑劣な男って大嫌い──」


 いや、ちょっと──!


「え~! チョ、ちょっと待つッス。お、俺ッチそんな・・・事するやつに見える?!」


「「「見える」」」


 ちょ、ナナミぃぃぃい!


 何か言って。

 何か言って!


 言ってよぉぉお!


 っていうか、はよ正直に言ってやってくれよぉぉお。


「──ヴァ、ヴァンプは何もしてないよ? わ、私が勝手に来たの──」


 ナナミぃ、ナイス!!

 めっちゃ顔赤くしていってるけど、ナイス────……。


「な!」

「最低だなお前って奴は──! 子どもに嘘をつかせるなんて」

「勇者パーティにこんな卑劣な奴がいたなんて僕信じらんない……──いい大人なんだから、欲望くらい押さえなよ」


 いや。

 ちょ……。お、俺の言い分を聞いて?


 ねぇ?

 ねぇぇ!

 姉ぇぇぇ!!??



「衛兵ッ!」


 呼ぶなし!!


「「「「衛兵ーーーーーーー!!!」」」」


 なんで、ナナミもハモっとんねん?!





 ────ジ・エンド


※ ※



「ダメだこりゃ……シミュレート2、3もダメ。ダメダメ!」


 もう終わりやんけ────!!

 どどど、ど、どなんすんねん?!


 っていうか、コイツが全部悪い。


 ナナミ、マジむっかつく!

 何この子!!


 何勇者!?


 バカ?

 バカなの?!


 殺すの?!

 俺を殺す気なの────?!


 ……いや、まぁ四天王だしぃぃい……!!

 いつかは、ぶつかるのかもしれないけど!


 今と、ちゃぅやろ!!


「ヴァンプの部屋だ。扉が開いてるな?」

「アイツに限って刺客にやられたなんてないだろうけど──」

「ヴァンプ自身が暗殺のプロ──刺客だもんね!」


 あーもう。

 評価が高くてありがとうぅぅう!!



 く…………。



 しゃ、

 しゃあない!!


 背に腹は代えられんッッ!


(南無さん!)


 ヴァンプは、ナナミをギュッと抱きしめ返すと、

「(お嬢、静かにしててねッ……!)」

「(きゃ……?!)」


 恐る恐る、そーーーーっと、ナナミを抱きこんで、ゆっくりベッドに誘い込む。


 こうすりゃナナミも騒がないだろうし、きっと部屋の中を覗き込んだ勇者パーティの面々にも俺が寝ているように見えるだろう。


 ナナミが小柄で良かった────。


 って、うひぃぇぇぇえ……。

 ち、近ッッ!!


 めっちゃ近いッッ!!

 あ、なんか。すっごいイイ匂いする。




 でも、怖ッッ!!


 ……勇者こわッ。





「(ヴァ、ヴァンプ?)」

「(しー……皆が起きちゃうッスよ。それにパーティのメンバーに見つかるのも、俺ッチ困るッスよ)」


「(あ、うん。そうだよね!)」


 近づきつつあるパーティのことはナナミも気付いているのだろう。

 特に反対せず、ヴァンプと一緒にベッドに潜り込んでくれた。


 少女特有の甘い匂いがした気がするが……。あまり意識したくない。


 だってこの子勇者だもん────。


 ほら、蛇嫌いな人がむりやり首に蛇を巻きつけられたとして、匂い嗅ぐ……?


 ──嗅ぐぅ??



 …………嗅ぐわけねぇだろうが!!!!



 マジで怖い……。

 本気で怖い……。


 何で俺こんな拷問受けてるんだろう。涙出てくるわ──。


「(くすくす……。なんだかカクレンボしてるみたい)」




 ふざけろ、ボケッ。

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