第5話「ナナミ強襲ッ」

 まさかの、ノック───……?!



 隠密を主とするヴァンプは、種族的にも探知などに優れた能力を持っている。他、訓練によっても、それらはすさまじく鋭敏に研ぎ澄まされていた。


 たとえ、報告書作成に取り組んでいたとしても、見落としたり聞き逃すなんてありえない。


 だが、

 だがだ! たしかにノックが───。

 ヴァンプの聴覚に引っ掛からずに、確かにノックが───……。




 コンコン……!




「ぐ───……!」


 今ベッドに潜り込んだらどうだ?

 いや、無理だ───どうしても音が出る。


 そんなの、こんな時間に不自然だ───!


 起きていたことにするか?

 いや、部屋の明かりを落としているんだぞ───……それこそ不自然。


 どうやっても暗がりの中。

 この時間に、ベッドにいないのは不自然過ぎる!


 くそ……!

 誰か知らないが───消すかッ?


 サクッ、と仕留めて深~く埋めてしまえばバレない。


 くそ……やるしか!!


 ……いや、まてよ? まてまてまて!

 も、もしかして、黙っていれば去るかもしれんぞ……。


 例えば、

 深く寝ているとか。

 トイレかなーとか。

 ───色々向こうが勝手に想像するだろう。


 だがどうだ?

 さすがに賭けに過ぎる、か。


 くそ……!

 あぁぁぁーーーーーー、クソぉ!


 なんで、

 なんで、この砦には部屋に鍵が無いんだよ!


 鍵さえあれば、こんな目にあってないのに!!


 ……行けッ!

 誰だか知らないが、そのまま諦めて行け!


「(ヴァンプ───起きてる?)」




 ッッ!?




 な、ナナミだと?!


 なんで───。

 よ、よりによって、勇者ナナミがそこに?!


 ───くそ、何だってこんな時に……!

 ───まさか、バレた……?


 俺が魔王軍の間者スパイだと勘付かれたのか?!


 そうとしか考えられないぞ!?


 くそッ。

 な、何が悪かった……?


 俺の立ち振る舞いが怪しかったのか?

 血の色か?

 いや、わざわざ輸血までして血の偽装までしているんだぞ?


 ならば、なんだ?


 もしや、勇者特有の何かで勘付いたのか?

 ……でなければ、こんな時間に音を立てずに無音で来るなんてあり得ん!


 いや、違う違う!

 今更原因を考えても仕方がない───。


 まずは「今」どうするかだ!



 くそ───も、もうやるしか……。


「(ヴァンプいないの? ねぇ?)」


 あ、ダメだ。

 この勇者っ子め……勝手に開けて入る気だ。

 雰囲気から分かる。

 言葉尻からも分かる───くそぉぉお!!



 どうすれば、

 どうすれば、

 どうすれば!!!



 寝てないと不自然だ。

 起きてるのに返事をしなかったのも不自然だ。

 ああああーーーーーーもう、全部不自然じゃないか!!


 コロン───……♪


 と、頭を掻きむしるヴァンプの足に触れたものがある……。

 なんだよ! って、ポーションの空瓶───。


 ん……。

 ポーション、ポーション…………。

 鼻血治療に使っ──────。



 そうか!!



 は、鼻血だ!!!!

 鼻血だよ!!!!!


 その瞬間、……ヴァンプは覚悟を決めた。

 ───うまく音が出ないように、顔面パンチ!!


「ぐぶ……」


 ドクドクと流れる鼻血。

 よしイケルッ!


 そして、そのまま静かに横たわる───……。


「開けるよ。ヴァンプ──────って、」


 ガチャ。

 果たしてナナミが部屋に入って来たのだが、当然一目でわかるだろう。



 部屋のど真ん中で、顔面から血をだして男が倒れていれば───。

「きゃ、きゃああ!! ヴァンプ! ヴァンプぅぅぅう!!」


 走り込んできたナナミがヴァンプを助け起こすと、泣きじゃくりながら『勇者魔法』をかけてくる。


 それはこの世界のどこにもない特殊な魔法で、勇者にしか使えないものだ。


 攻撃も、回復も、支援も、様々な分野にわたる不思議な魔法。

 そして今、ヴァンプが掛けられているのは、回復魔法らしい。


 まばゆい光とともに、立ちどころに傷を癒していく───。



 同時に温かさと慈しみを感じて、魂を浄化されていくような気に───……。



 ゆ、

 勇者さま…………。


 我が剣も、体も、心も御身に───……。














 ハッッッッッ?!












 いかん!!


 いかん、いかん、いかん!


 いかんいかんいかんいかんいかんいかんいかぁぁーーーーん!!!



 俺は魔王軍、俺は魔王軍、俺は魔王軍!!


 魔王様万歳、魔王様万歳、魔王様万歳!!!

 万歳、万歳、万歳、万歳万歳万歳万歳!!!!



 勇者様───……あああああああああああ違う違うッッ、魔王様、魔王様、魔王様大好き!!!!


 大好き、大好き!!

 大好き大好き大好き大好き!



 魔王様ぁぁぁああああ!!!





※ ※






 同時刻。

 魔王城、謁見の間にて──────。



「ぬおぉッッ!!!!!」



 突如叫び声をあげる魔王。

 先日から、軍の立て直しで休む暇もなく働き続けているのだからついに行かれたのかと部下に怪訝な目で見られてしまう。


 そして、

「───ど、どうしました? アホみたいな声だして」

 魔王と同じく、働きづめのシェイラが鬱陶しそうに聞くも、魔王にも答えようがない。


 ただ───。


「わ、わからぬ……」


 ただ、主にケツあたりに……。

 こう、ケツがヒャン!! って感じに何か──。


「──ううむ! 今までに感じたこともないような気色悪い気配を感じたのだ、え? 今アホって」


「ゆ、勇者でしょうか?」

「恐らくな……。くそ、忌々しい!」


 ───くそぉぉおおおお!!


 バァァァアン!!

 そろそろ玉座の肘置きが壊れそうだ……。


 ──そんなこんなで、

 今日も元気に魔王と配下は、壊滅した軍隊の再建に東奔西走していたとかなんとか──────。




※ ※


 で────場面戻って、ヴァンプの自室。


「魔王、魔王、魔王、魔王、魔王──────……」


「ヴァンプぅぅううゴメンね。ゴメンね───うううう、意識がなくなっても魔王を憎んでいるなんて、ヴァンプの人生に一体何が───……うわわーん」


 ヴァンプを抱きしめ、泣きじゃくるナナミ。

 ヴァンプの苦しみを少しでも解いてあげようと、一層の力を籠める。


 もっとも、それが一番ヴァンプに効いていたわけだが───。


「あばばばばばばばばば」

 ガックンガックン震えるヴァンプ。


 だが、さすがは魔王軍四天王ヴァイパー。

 そして、勇者パーティのヴァンプ!

 

 強靭な精神力で、魔王軍の誇りを取り戻すと、カッと目を見開く!


「魔王デスラード、ばん────」


 あれ?

 どこ、…………ここ?


 あれれ??

 な、なんでナナミに膝枕されてるの、俺?


「ヴァンプぅぅう! 良かったぁぁあ!」


 グリグリと頭を、ヴァンプの胸や腹に擦り付け涙と鼻水でベチャベチャにするナナミ。


 ンだよ、こいつ?!

「ナナ──……お、お嬢??」

 

 あ、

 あっぶねー。


 いや、危ない危ない……思わず、素が出る所だった。


 ふぃぃ……。あっぶね。




 つーか、勇者の魔法───怖ッッ!!




 えー……魂の浄化とかあり?

 俺……一瞬、勇者ナナミに心酔しちゃうところだったよ!!


 あっぶな!

 あっっぶなーーーーーーーー!


 そして、魔王様大好きとか、俺もあぶなーーーーーーー!


 さすがにそっちの趣味はないでーー!


 はぁはぁはぁ……。

 はぁぁぁぁーー…………。




 ……────勇者こわッ!




「──あ、そういえば、魔王デスラード、ばん……──って今言ってなかった? 昔何かあったの?」


 うお!

 やば、俺そんなこと口走ってた?!


 万歳?

 やっば!! つーか、ギリギリじゃん!!


 めっちゃ、ギリギリじゃん!!!

 ──万歳って言う、寸前じゃん!


「お、おうんむ……あのっすね────そう! 魔王デスラード、バンバンぶん殴ってやるぞ! ってそんな気分だったんス!!」


「そ、そうなんだ? ヴァ、ヴァンプってすごいやる気あるのね?」

「そりゃそうっスよ──なんたって勇者パーティっスよ! お嬢のお役に立てるなら──……って、どうしたん?」


 よくよく見ればナナミの顔は涙でグシャグシャ。

 そして、隠しようもない憂いを秘めている。


 なんぞ?

 何、泣いてるのこの子?

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