第4話「仕事はブラック」

 人気ひとけがなくなったのを確認すると、ソッとベッドから起き上がるヴァンプ。

 そろーり、と足音を立てないようにして、荷物を探る。


 パーティメンバーの私物とは違い、ヴァンプは雑用や荷役も兼ねているので、共同の荷物などもあり、個人で持つ荷物としてはパーティでもっとも大きな背嚢を持っている。


 そのうちの一つではなく、彼の私物の収まった小さな肩掛け雑嚢を引き寄せると二重底になっているそこを開けた。


 パッと見た感じでは粗末な表紙の台帳が一つ───。


 開いて見れば、ツラツラと書かれているつまらない日常をつづった日記に見えるだろう。

 

 だが、表紙裏は分厚いハードカバー使用で本革貼り。


 その下には、なんと! 魔王軍の階級章と身分証が隠されている。


 勇者パーティに潜入中のヴァンプだが、いざ魔王軍とコンタクトを取る時にはこれが絶対に必要なのである。


 もちろん、ナナミ達に見つかればタダでは済まない。


 本来なら持ち込まないのが一番なのだが、極秘任務中ゆえ、魔王軍でもヴァンプの存在に気付かないものが多い。


 いざコンタクトを取る時に攻撃されては堪らないので、いざという時に備えて隠し持っているというわけだ。


 そのためのカモフラージュ。


 もし二重底の存在に気付かれても、ヴァンプの日常を赤裸々に語る日記の存在があればその中に隠された物にはまでは気が回らないはずだ。


 ……あくまで保険だけどね。


 さて、

 ───まずは報告書の作成だな……。


 日記の紙を一枚慎重に切り取ると、羽ペンを使って音を立てないように帳面を付け始めた。


 夜が更け、静かになった城塞の一室にカリカリとペンを走らせる音だけが響く。

 その間にも、ヴァンプの優れた聴覚が周囲には誰もいないと告げていた。


 少しでも異変を感じたら作業を中断し、寝たふりをする。


 その動きも既にシミュレート済みだ。



「さて───……。



 拝啓、魔王様。


 第二報を送ります。


 さて、

 本日は先の殲滅戦により、先遣隊を退けた聖王国側に招かれて酒宴に参加。

 各国の要人の参集を確認しました。


 把握できた要人は65名───氏名及び役職は以下の通りです


 聖王国、ドルマス・ド・パプリカ(現国王)

 聖王国、グルマス・ド・パプリカ(王太子、王位継承権第1位)

 聖王国、──────……


 ───(省略)───


 漢帝国、ガンガ・ロロ・バーンズ(近衛師団長)


 の以上になります。

 確認した宿舎の位置は別添の地図を参照されたし───。


 【重要】

 勇者パーティの情報についての続報


 ・剣聖ソードマスターオーディ、

 酒に弱く、下戸であることを確認。しかし、本人の嗜好では飲酒を好んでいる。


 ・魔術師長ソーサラーサオリ、

 金にがめつく、公私混同を避けるきらいあり。また真言マントラの使用を確認。今後勇者パーティの長距離通信は彼女が担う可能性あり。また、同魔法の使用から古代魔法に長けている可能性を思料する。

 あと、大至急!

 王立記録院の爆撃を要請───。ドラゴンの出撃を確認次第、爆撃誘導の準備あり。

 ──大至急です。


 ・大僧正バラモンクリスティ、

 神聖魔法の高度な使い手であり、事前情報では彼女の年齢に齟齬あり───。役職上の大僧正ではなく、ドワーフ本殿の大僧正が出張ってきていると思料。

 確認年齢は200歳。

 神聖回復ホーリーヒールによる回復力は刺突による切創等を約1秒で回復───詠唱時間は、ほぼ0秒。



 以上が、

 現段階で確認できた情報です。

 勇者ナナミについては、後日続報を送信する。まる


 現命令の確認

〇 いかなる理由があっても、勇者パーティのメンバーであると偽れ。

〇 例え、魔王軍と戦うことがあっても味方と思うな、勇者に協力し信用を獲得せよ。

〇 ホウレンソウ《報告・連絡・相談》を確実に実施せよ。


 以上を順守しつつ、行動を継続中。

 今後も勇者たちの動向を逐次報告します。


 では、次の定例報告または随時の報告指示まで、


 魔王軍四天王、隠密のヴァイパーより、敬具。ま──────。




 コンコン……!


「なッ?!」


 ドキリと心臓の跳ねる音を聞いたヴァンプ。

 まさか、ノック───……?!


(ば、ばかな……! 誰かが近づいてきた気配なんてないぞ!)

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