第7話「間諜は辛いぜ……」

 チラッと布団の中を覗き込むと、超至近距離にナナミの顔がある。

 ぷっくり膨れた唇がキラキラ輝き、高くはないがスッキリとした鼻立ち。

 潤んだ瞳は闇と同じ黒で、まつげが長い────……。


 勇者ナナミの───少女ナナミ魔族の天敵の顔だ。


 その顔はさっきまでの不安そうなそれではなく、ヴァンプが見る所──年相応の少女のものだった。


 何がナナミにあんな表情不安そうな表情をさせているのか知らないが……──。



 うーむ。調べれば弱点になるかな?



 ───この状況であっても仕事熱心なヴァンプ。


 勇者の思わぬ弱点を掴むことができたのでは? と、一人ほくそ笑む。

 そうして、一人でニヤニヤしていると……。


 ナナミがくすぐったそうに笑う。

「(た、楽しいね──ヴァンプ)」


 ──はッ?

 ……何言ってんのこの子。


(あー……。うん)


 君、多分なんか勘違いしてるから。

 ──まぁええけど。


 外にパーティメンバーが近づく中、二人して悶々。


 そりゃ、年頃の娘勇者ナナミと、得体のしれない雑用担当のパーティメンバーが、同衾してたら───凄いスキャンダルだわ。


 なるべく目立たないようにしたいヴァンプにとって致命的。

 っていうか、下手すりゃパーティメンバーに見つかった時点で、即殺されるかもしれない……。


 けれども、一緒に悪いことをしている気分を味わっているのだろうか、クスクスと声を殺して笑うナナミ。


 ……もしかして、吊り橋効果って奴?


 ヴァンプには、リアルに、命の危険なので、吊り橋以上の効果があるわけだけど!



 ツカツカツカ────。



 近づく足音……。


 キィ……。

「──おい、ヴァンプ?」

 

 扉が薄く開いてオーディ達が覗き込んでいる気配を感じる。

 俺は最大限に寝たふりをした。


 ───ふふ。こうい演技には自信あるんだぜ?


 なんせ、間者のプロ──『隠密のヴァイパー』様だ。

 本来、こっちが本職だからね。


 慣れてるよ──!


「あら? 寝ているだけみたいね?」

「でも変な声したよ?」


 ゴニョゴニョと扉の前で話し声……。

 おいおい、頼むから早く行ってくれよ。


 カチコチに体を硬直させるヴァンプ。

 だが、扉の前の3人は中々動こうとしない。


「ん~? なんだろ。あれ? 床に血がついてるよ?」


 ドキッ!!

(やっべ……………………)


 わ、忘れてた───。


「あー、あれだ。ナナミ殿に余計な事を言ってぶん殴られてたからな、多分それだろう」

「違いない」



 ほッ……。



 調べられたらどうしようかと思った。

 勝手に解釈してくれてサンキュー。


 さすがに近くで布団の形を見れば、一人じゃないと分かるだろう。


 それを訝しんだ、オーディなりクリスティが布団を捲りでもしたら────。



「(ひぇぇぇ……)」



 もし、ここで布団捲られれば言い訳できない。


「(ふふふ……ヴァンプ温っかい──)」


 うっとりとヴァンプの胸に顔を押し付けてくるナナミ。


 って、

(──俺は冷や汗全開だよ! このクソガキぃぃいい!)


 マジで動悸が止まらない……。

 汗、ダラッダラ!──なんですけど!!


「(ヴァンプもドキドキしてるの?)」


 ───あ、

 当たり前じゃぁぁぁぁぁぁぁっぁああああ!!!



 っていうか、お前のせいでドキドキしっぱなしだわッッ!!


 天敵が一緒のベッドにいるわ、

 勇者パーティにイケナイ現場を見られようとしてるわ、


 ついでに言えばね?!

 お前が殴った顔ね?──めっっっちゃ、痛いのよ? 歯とか折れてんのよ?!


 ねぇ、姉! ねえってばよ。俺、結構我慢してんのよ!?


「(そっか……。ヴァンプもドキドキするんだね──嬉しい)」


 ………………殺すぞクソガキ。


「ん~寝てるだけっぽいな。寝言だろう」

「ですかね? まぁ、異常は無さそうです」

「ふわぁ。眠ッ……。僕もそろそろ寝るよ」


 あーあーあー!

 早く行ってくれ、行ってくれぇ!


 もう、こんな拷問耐えらんない!!


 あーーーー耐えられんわぁぁぁぁああ!!



 あーーーーーーーーーーーー!!!!!!

 もーーーーーーーーーーーー!!!!!!



「「「(おやすみ)」」」


 ガチャ───パタン……。


 …………ほー。

 あ…………危なかったぜ───。


 ったく、ビビらせやがって。

 それにしても、小声でご丁寧に挨拶してくれるあたり、勇者パーティは思ったより育ちがいい。


 まぁ、剣聖に魔術師長に大僧正だ。

 彼ら基準での、育ちが悪いのは俺とナナミくらいなものだろうな。


 この子ナナミは確か……────元の世界じゃ普通の家庭とか聞いたな……。


「(むにゃむにゃ……。ヴァンプぅぅ、ゴメンね。──ありがとう、ぐぅ……)」


 寝てるし────。




 ……はぁぁぁあ。

 なんか、しんどい。





 ナナミを起こさないようにそっと寝床をでると、静かに部屋を出るヴァンプ。

 砦の廊下をゆっくりと無音で歩き、外に出ると満点の空に浮かぶ月を眺めた──。



「願わくば────俺が五体満足で帰れますように……」


 勇者パーティに潜入。

 これ、……思ったよりキツイ────。





 敬具。まる



 追伸、

 この報告書の記載にあたり、夜に勇者ナナミが自分わたしの寝所に侵入。

 添い寝をせがんできたので、やむ無く同意し、寝つくまで同衾しました。

 そのことから考えるに、勇者ナナミは孤独感を味わっているものと思料。


 おそらく、潜入中の自分になんらかのシンパシーを感じている可能性あり。



 まる

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