第21話「死者の眠り」


「怖───」くないッス……!」


 ソッとクリスティの頭を抱きかかえたヴァンプ。

 彼はクリスティの目を覗き込み、優しく語り掛ける。


「……聞いて欲しいんス。ほら───皆、静かに眠っていただけッス……。この、誰も知られることのない、古い古い戦場跡で……クリスちゃんに見つけられる、今日のこの日まで、」


 たった一人で死に。

 誰にも名も知れぬ屍として、泥に埋もれ、死後から何年も……。

 何年も───……。


「それを起こしたのが死霊術士っス。彼らは無理やり起き上がっただけの戦士たちです。見てクリスちゃん。死者には何の悪いこともないッス」


 だから、


「───だから、もう……。眠らせて上げたい……。クリスちゃんならできるっスよね?───協力して欲しいッス」


 優し気に語るヴァンプの言葉を、ポゥ……と、頬を赤く染めて熱に浮かされたような顔で聞くクリスティ。


「ヴァンプ…………」


 二人の鼓動が喧しいほど近くで聞こえる。

 でも、暖かい音と温かい振動。

「クリスちゃん……?」

「うん…………わかっ、た」

 ソッとヴァンプの顔に手を添えると、その感触を確かめるクリスティ。


 あぁ……。

 このヴァンプは、皆を───私をよく見てくれていた。

 そして、救ってくれた…………。


 暗い闇の陥っている孤独な魂を。

 あの地下墓所から一歩たりとも出ることができなかったクリスティの心を───。


(ありがとう、ヴァンプ……)


 そっと、立ち上がり死者の頭に手を添えたクリスティ。

 その目は彼らすらをも慈しむようでいて、まさに聖女の如し。

 白く輝くオーラを纏ったクリスティが、美しくある───。


 それは、彼女のトラウマが徐々に消えていくその瞬間だった。


 骨であっても、

 死者であっても、

 アンデッドであっても……。


 彼らは人だと……。

 ただの一人の人間だと言ってくれた青年ヴァンプがいた。


「うん…………わかった───」


 どうしてヴァンプが何百年も前に死んだ人・・・・・・・・・・の家紋を知っていたのか。

 ましてや、何百、何千というスケルトンたちのチェック柄を頭に入れていたのか、その疑問は尽きない。


 だけど、

 そう、だけど───!


 それよりも、何よりも、

 彼の言うように、アンデッド達を安らかな眠りにつけてあげたい───。


 うん……。


 うん、

「───うんッ! ありがとう───ヴァンプ」


 最後にそう呟いたクリスティは、目から恐怖を完全に拭い去り、すがり付くスケルトンたちの只中に立つ。


 彼らに手をさしのべ、抱き締める。

 そして、


 今もボコボコと地面から沸き上がるスケルトンたちに救いの御手を───……。


「さぁ、皆───もう眠ろう……?」


 安らかなる死後を……。

 二度と妨げられることのない───安らかな眠りを……。


 すぅ……。

聖なる御唄ホーリーソング──────……」


 ら~♪


 ~~~~♪


 クリスティの体が目も眩むほどに白く輝き、彼女を中心にして美しい旋律があふれ出す。


 その調べ・・がまるで波紋のように空間を包み込み、ゆっくりと周囲を覆っていった。


 その暖かな光と音色……。



 ぁ──────……♪♪



 カッ──────!!

 空から降り注ぐような光の柱がスケルトンたちを浄化していく。

 ボロぉぉ……!



 ロォォオオオオオオオ……………。

 ウォォオオオオオオオ……………。


 

 寂し気に鳴く声にも、

 喜びに満ちた声にも聞こえる、不思議な叫び……。


 ボロボロと崩れ征くスケルトンたちと、さらに沁み込むように光が地中にすら届き、哀れな死者たちを慰めていく……。


「こ、これが───」


 これがクリスティの浄化の魔法──……。


(す、すごいッス。予想以上の浄化力……)

 こ、ここここ、これは間違いなく魔王軍の脅威になる───!!


 いかん!!!


(───す、すぐに報告しないと!!)


 心のメモ帳に高速で記帳していくヴァンプの背後では、浄化魔法がどんどん広がって行き、ついには補給処全体を覆っていった。


 その威力は、殲滅魔法の比ではない程の広さ。

 そして、広域を浄化し尽くしても、なおもなおも、広がっていく───……。

(ちょ?! は、半端ねーーっス!!)


 

 ウゴォォオオオオオオオ!!



 一際大きなアンデッドの叫びが聞こえたかと思うと、補給処の指揮官でもあったアンデッドの王である、「リッチ」が苦し気な叫び声をあげてボロボロと崩れていく様だった。


「あ、」


 やっべ。

 やり過ぎだ!

 と思ったときには既に時遅し、リッチも最後には喜びに満ちた声と共に天へとっ帰っていく───。




 す、

「スゲェ………………ッス」


 ポカンとしたヴァンプは、ドサリと尻もちをつく。

 あまりの現実離れした光景に、呆気に取られてしまったのだろう。


 それを見下ろすクリスティは、ニコリとほほ笑み。


 僅かに頬を染めてヴァンプに向き直った。


 んん。なんか、妙にモジモジしてるけど、なんぞ??


「あ、ありがとう…………ヴァンプ」


 そう言って、赤くなった顔を隠す様に、目を伏せながら手を差し伸べるクリスティの笑みは、まるで慈母の如し。


「あーーーーーーー!」

 そこに鋭くも黄色い声が響き渡る。


 振り返らずともわかる。

 ヴァンプにとっての、いや魔族にとっての天敵───勇者ナナミの声だ。


「あ、ナナミ!? 見てみて、わた───」

「ちょっとぉぉ! ヴァンプにくっつき過ぎ───!! いやらしぃぃい!!」


 ………………なに言ってんのこの子?


 首を傾げるヴァンプを見るクリスティは「ふふ」と意味深に微笑みつつも、動くもののいなくなったアンデットの永眠の地で晴れ晴れとした顔でクルリと一回り。


 その動きに日の光が遮られ、逆光となったクリスティの表情が隠れた。


 まるで後光を背負うように、光を受けるクリスティは、

「えへへ。僕、ナナミの気持ちがちょっとわかったかも、」


 ありがとう、ヴァンプ。


 そういって、やたらと顔を近づけてきたクリスティ。

 その唇が──────。

「ちぇ、チェストぉぉぉお!!」


 ドカーーーーーーーーーーン!!


 その瞬間、

 ナナミの勇者アタックが二人の間に炸裂!

「ぬぉ?!」

「ナナミぃ……」

 完全にヴァンプだけを殺す気で放たれた聖剣の一撃が───!


「こ、殺す気っスか!」

「僕もビックリした……」


 その割には余裕そうなクリスティは、ナナミに向かってフフンと不敵に笑いかける。


「あ! く、クリスティ?! もしかして」

「ふふ。僕も負けないから」


 あーーー!!


「ズルい! ピンチを助けて貰うとかズル~い!」

「えへへ。ヴァンプかっこよかったよ」


 ムキー!

 と、よくわからないなか、助けに来たはずのナナミが地団駄を踏んでいる。


 な、なに?

 なんなのこの子たち。


 怖い……!


「えへへ。僕、もう誰にも負けない気がする」

 そっと、崩れ落ちたスケルトンたちを撫でるクリスティ。

 あの怯えきっていた小さな女の子の面影はすでにどこにもなかった。


 そう、


 覚醒した最強の神官──────……クリスティ。その完全復活の瞬間であった。

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