第29話「メンヘラ女」
ちゅ………………???
一瞬触れた柔らかな感触。
それがヴァンプの唇に軽く触れていた……。
………………………………は?
(……は? え? 今、口───チュって? えええ??)
「ブッ!」
ヴァンプは思わず体ごと、サオリから距離を取る。
「ブッ! ぶーーーーーー」
ぺっぺっぺ!!
な、なんなん?!
なんなん?! なんなのよのさ?!
っていうか、何してんのこの人!?
い、今───不意に唇に振れたのは……。
ま、ままま、まさかぁ……!!
「ま! ぺっぺっ、だなんて。失礼しちゃうわね。こんないい女からのアプローチに」
「ちょ、今! ちょぉぉお!」
うわッ?!
マジ?
何コイツ。いきなりキスしやがった!!
うっわ、きっしょ!!
「何するんスか!」
「あは───驚いてる、驚いてるぅ」
驚くわッ、アホぉ!!
驚かいでか!!
もーーーーーーーーー!!
うっわ……最悪ッ。
───ぺっ、ぺっ!!
なんなんコイツ?
いや、マジで!
マジでなんなん?!
え? 何?
全ッ然───脈略なくてびっくり!
もう、ビックリだわ~!
えー……。今のってキスする流れぇ?
ええぇ……。しかも、俺のこと魔族って勘付いてるわけでしょ?!
引くわぁ……。
ドン引きですわー……。
(ちょっと……。どゆこと??)
任務失敗を覚悟していたヴァンプ。
「ビックリした?」
「お、おおおお、驚くわッッ!! ビックリするわッ!!」
いきなりブチューとか、それセクハラやん?
魔王軍ならセクハラで訴えられるクラスですよ!?
魔王軍、職場環境にはうるさいんだからね!!
あーもー。
だから人類嫌いやねん!!!
っていうか、あかん。
一回落ち着こう俺───。
サオリがヴァンプに惚れていたとき??
……いやいや、ないないない!!
ないないないないないないないない!!
俺、アンタの敵やで?
しかもバレそうだから、ヘタすりゃ俺───サオリを殺して、今日にも撤収しようとか考えてたんですけどぉぉぉおお!
あ、
…………もういい、コイツ殺そう。
「───ヴァンプ。言ったでしょ? アタシは人類とか魔族とか、クソどうでもいいの。本当にどうでもいいのよ」
「だから、俺ッチは魔族なんかじゃ……」
それにしたってキスする意味が分からん。
何も分からん!!
この人が分からん。
何もかもが分からん!!
「いいえ、アナタは魔族。……それもかなり高位の存在ね───不死とも不老とも言われる魔王に準ずる強大な魔族」
ギクリ。
ヴァンプの誤魔化しを、フルフルと首を振って否定するサオリ。
だけど勇者たちに通報しようとしないという、魔訶不可思議な行動。
いったい何を企んでいる?
「そんな存在を待っていたの。何年も何十年も何百年も───」
ヴァンプ達を待っていたというサオリ。
その目には明確な闇が───…………。
「そして、ついに巡り合えた。私が囚われている時の牢獄に───……同じくして囚われている
サオリの目がドロドロと濁り、グルグルと闇が渦巻いていく。
グルグルとドロドロと……。
人類も魔族も見たことのない、なにか別種の恐怖の体現。
サオリのいう時間という、悠久という、時の牢獄───『退屈』という闇……。
「んふ♡ 意思疎通のできる魔族は初めて……。アタシはもう随分とこの世界を生きているけど、アナタみたいな存在はお目にかかったことはないの。おかげでこのところ生きることに飽いていたわね……。王国がナナミ達の旅の助力を要請して来たのを受けたのだって、ひとえに退屈だったから───」
だけど、
「見つけた…………。この悠久の時間の牢獄を
(お、おいおいおい。……まさかコイツ───!)
「ヴァンプ───……アタシの夫にならない? そうすればアタシの全てをあげる」
スッと、肩紐を解き、着物を一枚ハラリと脱ぎ捨てるサオリ。
その下には薄い下着のような薄布を纏っているだけ。
布の上からでも、彼女の整った美しい肢体が目を引いた。
「───どう? これがアタシの全て……」
ゴクリ……と、普通の男なら生唾を飲みこむであろう程の美貌。
そして色香───。
その彼女が言うのだ……。
そう、全て捧げてもいい。と──。
好きにしてもいい。と───。
身も、
心も、
体も、
富も、
名誉も、
知識も、
魔法も、
尊厳も、
──────時間も。
全て……。
そう、全てを──────。
「アタシの全てをあげる───」
「いや、いらないッス」
コンマ1という、瞬速で断るヴァンプ。
サオリの体を見て、ゴクリと唾を飲みこむことすらない。
というか、ほとんど見てない……興味もない。
───うん。いらない。
即決即断。
悩む必要すらない……!
何なのこのメンヘラ女。
ぶっちゃけ、一番ヤベー奴じゃん。
「な?!……ど、どうして? 共にこの『退屈』という病魔と戦いましょう? 『退屈』という牢獄を過ごしましょう?」
そう!
「ヴァンプ───アナタも囚われているはず! そして、欲しいでしょう? 伴侶が……───アタシが!!」
「いや、イラないッス」
相変わらずの瞬速。
今度は刹那で断る。
だって、マジでいらない。
超いらない。
サオリさん、……頭大丈夫だろうか?
ヴァンプさんね、人類嫌いよ?
勇者パーティとか、特に嫌いよ?
もう、ゴキブリとか蜘蛛とか、ムカデとか、そういう生理的にダメなクラスで嫌いなのよ?
普段は我慢してるだけ。
だって社会人ですもの……。
もうね。
なんていうか、サオリさんの一世一代の告白で悪いんだけど、ヴァンプからすれば
生理的にダメな昆虫とかそういうの。
……そりゃ断るでしょ。
「秒」で断りますよ。はい。
しかもなんだって?
理由がまたバカらしい。───人類も魔族も、どうでもいいから、退屈しのぎの話し相手が欲しいって?
…………いや、
「───バカでしょ」
うん。
バカだ。
「バカで結構! さぁ、ヴァンプ!!───アタシの手を」
「いや、そういうのいいです」
触ったら、払いのけますよ?
っていうか、ヤバイ。
案外、ヴァンプもサオリの話術にかかっている可能性もなきにしもあらず。
もしかすると、盛大なカマかけかもしれない。
「……俺ッチは人間ッス! サオリさんはエルフなんだから、同じ種族と
うん。俺間違ったこと言ってないよ。
人間は人間。
エルフはエルフ。
魔族は魔族!!
シェイラさんとか凄い巨乳で俺ッチ好みなんです。はい。
チッパイに需要なんてないんだよ?
「はッ。エルフぅぅぅ? はは~ん……エルフなんてダメよ」
いや、アンタもエルフやん。
それでええやん。
「ふん! エルフってば、不老は不老だけどね。どいつもこいつもフニャチン野郎ばっかりで、数百年もすれば短命種の移ろいに憧れ、勝手に心を殺してくたばるのよ。アナタ見たことあるかしらぁ?」
へ? 何を?
「───時の流れに心を殺されたエルフはね、植物のようになってただ息をして飯を食うだけのクソ製造機になるの。控えめに言ってクソよ」
いや、クソ製造機のクソってアンタ……。
「アタシの夫もそう。……何十人かいる夫達も、そうしてエルフの里でカビが生えてるわ。もう、あんな連中はウンザリ!」
「知らんス。俺ッチには関係ないッス。人間の短命が羨ましいって言うなら、短期間だけでも人間の婿を迎えたらいいんじゃないんス?」
俺を巻き込まないでくれ───というのがヴァンプの本音。
「人間? は!───人間なんて、目を放したらその隙にあっという間に死んじゃってるのよ。そんなの耐えられないわ!」
そもそも、俺ッチの感情とかガン無視?
ねぇ、聞いてよサオリさんや。
しかし、ヴァンプがどのような言葉を重ねようとも、サオリは聞く耳を持たない。
しまいには、
「だけど、」とサオリは続け。
「───あなた達魔族は違う。そう、アナタは違うのよ!───……何百年生きようと若々しく、猛々しく、命の限りに燃えるように生きている!!」
その情熱!
その生き様!
その気高さ!!
「まさに人類に匹敵する熱い生き物だわ───アナタは……!」
「人違いッス。俺ッチまだ20代っスよ?」
やべぇ……。
コイツはやべぇ……!
「だから欲しい! アナタが欲しい───アタシの傍で生きて欲しい! 欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい、アナタが! ヴァンプが! その命が欲しい!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます