第28話「他を当たってください……」

「さぁ?」


 一切の動揺すら押し隠して、あくまで白を切るヴァンプ。

 口調が震えるのも許さぬ心の強さ。


 なぜなら、任務を放棄するわけにはいかない。

 至上の命令を破るわけにはいかない。


 それがヴァンプの任務だから。


 だから、言わないし言えない───。

 この女が何を考えていようとも。


「ふふふ。……ヴァンプらしいわね」

「そりゃ、どうもッス───で、要件は終わりッス? こう見えても俺ッチ……いそ」


 ソッ───。


 不意を疲れたヴァンプ。

 気がつけば、サオリがヴァンプをフワリと抱きすくめ、しな垂れかかる。


「───ッ! な、なんスか!? サオリさん」

「ねぇ。ヴァンプは───……」


 な、なななん、何なのこの人?

 急に抱きつくとか、引くわーー!!

 マジびっくりしたんですけどぉ!!


 っていうか、

 意味わかんない……。


「───ヴァンプは、ナナミとクリスティのことどう思ってるの?」

「殺したいッス─────────あ」


 やべ、スルっと言っちゃった!!


「あははは。正直ねぇ~……。アタシはてっきり、アンタはナナミのことなんかは気に入っちゃってるのかと思ってたわ?」


 ふざけろ、んなわけねぇだろ……!!

 殺しますよ?


 あのガキ、

 毎夜毎夜ベッドに潜り込んできやがって、……その度に殺意に襲われてるわ!!


 なぁにが、「ヴァンプもドキドキしてるの?」だ!!

 ドキドキつーか、ピキピキしとるんじゃ!!

 ぶっ殺したくてなーーーーーー!!!


 そのうえ先日は、クリスティまで来やがって、狭いやら怖いやら暑いやら、もう地獄の状態。


 想像してみ?


 ゴキブリ勇者蜘蛛大僧正が布団にモゾモゾ潜り込んでくることを……。

 それくらい、勇者パーティは天敵揃いなの。


 大っ嫌いなの。

 マジで生理的に無理なのぉ!


(うわ、思い出したらサブいぼが……!)


 しかも、二人とも空気読まないもん。


 これでもメッチャ、「出ていってくれ」のオーラだしてるのよ?


 なのにクスクス笑いながら、ナナミは「た、楽しいね」とかクリスティは「ど、ドキドキするね」な~んて、宣いやがる。


 マジで楽しくないし、ドキドキは別の意味でしてました。はい。


 いっそ、全てを投げ捨ててブッ殺してやろうかと思ってたけど、……ナナミがそろそろ手が負えないくらい強くなってるの。


 クリスティと同時に相手したら絶対に勝てない。

 不意を突いても勝てるかどうか……。


 おかげで、ナナミとクリスティに両側からグイグイ体を押し付けられ吐き気と悪寒に襲われまくり。


 しかも、どっちもチッパイだし。

 何の役得にもなりゃしない。


 その割に中々寝付かないから、こっそり抜け出す隙もない。

 おまけに、最近はガッチリと抱き着いてきやがって身動きもできないのですよ。


 ナナミに「クンカ、クンカ」と匂いを嗅がれる度に心臓が跳ねあがりそうになる。

 なにが「ヴァンプは良い匂いがするね。すごく落ち着く」……だ!!


 俺は全然落ち着かねーーーーーーーっつの!!


 ちっくしょ~。

 いっそ何もかも投げ出して、心のムカつきのままにナナミの顔面を陥没するくらい思いっきりパンチをお見舞いしてやれればと何度思った事か……。


 あ、くそ。

 思い出したらムカムカしてきた!


 しかも、今日は日替わりで───とかでナナミが来る日だ! あ、くそぉぉぉお!!


「あらあら? 随分二人のアプローチが激しいみたいね? もう、どっちかは抱いたの?」

「ふざけろ……殺すぞッッ!!」


 あ!! っと、ヤバイついつい声を荒げてしまった。


「………………冗談ッス」

「殺すって言ったわよね?」


「言ってないッス」

「いや、めっちゃ聞いたわよ? 録音魔法で再生してみましょうか?


「いや、イイっス。嘘っす。あれっす。「ころす」ってのはクメルバ共和国の方言ッス。尊敬してるぅ。とか、痺れるぅ。とか、憧れるぅ。とか、さっすがサオリぃ───的な意味があるッス」


「……ブン殴りますよ? そもそもそんな方言ないし。万物方言辞典を編纂したのもアタシなんだど?」

「俺ッチの田舎の方にはあるんス!!」


 くっそ、マジで何歳なん、この人ぉぉお!


「あーはいはい。うふふふふ」


 くすくすくす。


「もういッスか? 俺っち───いそが」

「ダーメよ。要件は済んでいないわ」


 あ、はい。


「じゃあ、なんなんス? いい加減にしてほし───」「羨ましい……」


「え? 何か言ったッス?」

「えぇ、羨ましいって思ったの……。あの二人がね」


 二人……?


「お嬢───ナナミっちとクリスちゃんのこと?」

「そう。自分の感情に素直で、全力でぶつかれるあの二人が羨ましい……」


 ソッと、ヴァンプから身を離すとサオリが顔をあげる。

 何故か潤んだ瞳で……。


「あー、そろそろいいッスか? はやく戻らないと───……え?」





 チュ……。

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