第31話「女の戦い」

「ナナミぃぃぃいいい!! もしやオ前がぁぁぁああアアアア」

「───んっと? サオリが何を言ってるのかわからないけど、ヴァンプに手を出すなら容赦しないよ」


 そう言ってヴァンプを背後に庇ったナナミは聖剣を片手に、もう一手に神剣を構える。

 聖剣、神剣の二刀流───ナナミの我流剣術、勇者剣技の本気モードだ。


「コムスメがぁぁああアアア!!」


 サオリが懐から伸縮式の魔法杖を取り出し、ジャキンと伸張し構える。

 なんか知らんがサオリも本気モードらしい。


 っていうか、え?


 え?


「サオリ───……一回だけ言うね」

「キクミミなどモターーーーーーン!!」


 カッ───!!


 サオリが聞き取れないほどの早口で高速詠唱。


 その瞬間、一瞬にして隔離結界が再構築される。

 さらには、結界内に血管のような物が奔り、先ほどのように外が見えるような薄い結界ではなくなった。


 それはまるで動物の胃袋のようで───……。


「じょ、冗談ッス? これ……古代魔法ってレベルじゃ───」


 そう。

 ただの古代魔法ではない。


 この禍々しさ……。

 恐々とする空気と空間……!


 ゲタゲタゲタとどこからともなく、悪霊の笑い声がして何かがヴァンプの首筋を撫で耳元で吐息をかける。


「ひぃ?!」


 こ、これは……!


「───へぇ、歴史の闇に消えたはずの禁忌魔法タブーマジックね。サオリ……こんなのも使えたんだ」

「カカッ! 歴史ィィ? ヤミぃぃ? カハハハ! コムスメとはネンキが違うのよォォオオ!」


 そりゃそうだ。

 人類にとっては歴史の闇でも、サオリにとっては生きた時代の生で感じた魔法の一つなのだろう。

 彼女にとって知らぬものなど何もない……魔族が秘するもの以外は。


「オマエがイルカラヴぁんぷがアタシを受けイレないのよォォオオオ!」


 い、いやいやいや!!

 何言ってんのこの人?!


 っていうか、さっきから言動がおかしい。

 容姿もなんかおかしい。


 う、鱗生えてません? サオリさん……。


「禁忌魔術───龍化魔法ドラゴニュート……。サオリ、人の心も言葉も失いつつあるの? 私の魔法の教師だったアナタが……」


 ナナミは少しだけ悲しそうな眼をした後、フとヴァンプに視線を戻す。


「……ヴァンプ。サオリのこと───」


 へ?


「好きなの?」

 は?

「それはないッス」即答


 うん。

 ない。

 お金貰ってもヤダ。


「そ。よかった!」


 ニコッ!


 見るものが見れば、100人中100人が惚れるであろう美しく可愛らしい笑顔を見せたナナミ。

 きっと、ヴァンプが人間だったら、彼女の笑みで一発で惚れたことだろう。


 だけど、悲しいかな───ヴァンプは魔族。隠密のヴァイパーなのだ。


「というわけで、」


 ジャギン!!


 二刀をクロスしてサオリに向かい合うナナミ。


 ───いや、なにこれ?

 どういう構図なの?


 え?

 え?


 えええーーー??



「オマエがああああアアアア!!」



 ごぉ!!


 サオリが口に炎を貯め込み、ナナミに向かってブレスを発射!!

 それは超超高音の炎であり、地面が一気に溶けバチバチと爆ぜる!


「───想い人を殺すの? サオリ」

 それじゃダメだよ。


「ヴァンプは言ってくれたよ? 「ナナミっちを守る」って!」


 言ってない。

 言ってません!!


「だから、私も守る!! ヴァンプを守る───この使命と剣と、あ、あ、愛に……賭けて!」


 いや、恥ずかしいなら言うなや。


「ホザケぇぇええエエエエ!!」


 顔を真っ赤にしたナナミがブレスに真正面から突っ込む。

 剣だけを頼りに切り裂こうというのだ。


 そして、ナナミの実力を知っているサオリもブレスが効かないことを理解している。

 そのままブレスを切り裂きナナミが突っ込んでくることを知っている!


 だから、迎撃する!


 ブレスを目くらましとして、さらなる攻撃を!!


「ちょ! あち、あちちちちち!!」


 結界内の気温が急上昇。

 ナナミの衣服が燃え堕ち、勇者装備の鎧だけがむき出しになる。


 彼女の白い肌が熱気に晒されるも勇者の力が炎の熱気を寄せ付けない。

 美しい素肌を半裸の晒したままナナミが突っ込む!


 そこに、


「アマイ!!」 


 ビシュン!!


 まるで光線のような魔法がサオリに周囲から無数に迸る。

 それはサオリに周囲に浮いていた簡易型ゴーレムで、主人の意志に応じて魔法を発射するらしい。


 圧縮に圧縮を重ねた光魔法と火魔法の混合らしきそれは地面に当たると焼き削りながらナナミに迫る!


 光線は光に筋をギラギラと瞬かせながらナナミを切り裂こうとするも───!


「はぁぁあ!!」


 ナナミが華麗なステップでそれらを躱していく。

 飛び、回転し、半身に構え───まるで舞うように全ての光線を躱していく。

 そして、躱しざまに聖剣を振るいブレスを霧散させると、神剣から直突とともに魔法の衝撃波を飛ばして遠距離にありながらサオリの光線発射型簡易ゴーレムを撃破していく。


 ボン、ボンボン!!


 と破壊され砕け散っていくゴーレム。

 だが、サオリも負けじとゴーレムを次々に呼び出し、さらには地面から黒い煙状の骸骨を大量に生み出すと全方位からナナミを襲わせる。


「舐メルナァァァアあああ!!」


 黒い骸骨と輝く光線がナナミを押し包み、彼女の姿が消える。

 そのままナナミが───!


「たりゃああああああ!!」


 ぞぶん……!


 まるで、水の膜を破る様に黒い骸骨の群れを霧を払うようにして突き破るとサオリに向かって跳躍する。


 彼女の柔肌が骸骨に触れ、まるで腐り落ちるようにジュウジュウと溶けていくが、それも次から次へと新しい肉が盛り上がり皮膚が張りなおされ回復していく。


 命を吸い取る魔法も、ナナミの超回復力の前では形無しだ。


「グヌぅ! コシャクなぁぁああアアア!!」


 ダンッ!! とナナミが着地し、サオリに近づくと、それを厭うサオリがバックステップで更に距離を取る。

 だが、いくら強いとは言ってもサオリは魔術使い。

 勇者と言われるナナミの身体能力にはかなわないッ!


 徐々に、徐々に跡がなくなるのは分かりつつも破滅を先延ばしにするサオリ。

 もう傍から見てもサオリの劣勢は明らかだ。


 禁忌魔術も古代魔術もナナミの勇者の力の前には通じない。


「こ、コノォォオオおおおおお!!」


 ありとあらゆる魔法が炸裂する!

 一発打つのでさえ、王国の魔術師が多重詠唱でようやく発動できるクラスの魔法が連射される。

 そう、それほどの威力の魔法が連射されているというのに、ナナミは動じない。

 足を止めない。


 止らない!!


「化け物ガァッァアアアアア!!」


 再びにブレス!


 既にサオリの体は元の体の2倍以上に膨張しており、顔にも面影が乏しくなりつつある。


 だが、その分ブレスの威力も上昇し、結界内の温度をさらに上げていく。

 酸素が消費されているのだろうか。


 息が……!


 こんな環境、人間は絶対に生存できない。

 できるとすれば勇者とドラゴンと───魔族くらいなもの!!


「ぐ……」


 だが、ヴァンプとて、平気なわけではない。

 衣服は溶け始め、体に装着している暗器は熱を持ち始めた。


 ガクリと膝をついたヴァンプの気配に気づいたのか、ナナミが一瞬焦りを浮かべた顔で振り向いた───振り向いてしまった。


「コムスメ!! モラッタぁぁあああアアアア!!」


 サオリが肥大化した腕を振るう!!

 そこには彼女の体と一体化した魔法杖があり、そこにつけられている宝石が怪しく輝く!


(あ、あれは魔法結晶───って、デカイ! 杖の内側は全部魔法結晶だったのか!!)


 魔力を貯め込む性質のある魔法結晶。

 魔法使いが使う杖にはめ込まれている事が多く。それは普段使わない魔力を垂れ流すことなくため込む性質がある。


 いざという時はその魔力を放出することもでき、魔法使いの継戦能力を飛躍的に向上させるものだ。


 だが、危険もある。

 魔力を貯め込むとは言っても不安定には変わりなく、ある程度溜まったら放出する必要があるのだ。そうでなければちょっとした衝撃で全魔力を放出し、時には大爆発を起こす。


「く……! サオリ、それは───」 


 ナナミがサオリの意図に築いて初めて表情を絶望に染める。

 


 …………自爆。



 それがサオリの選択だった。

 魔法杖にため込んだ魔力は数百年分。

 これも古代魔術で作られたもので、現在ではありえないほどの高度な魔力結晶だった。


 ハイエルフの時のそれを詰め込んだ、世界すら焼き滅ぼしかねない魔法の爆弾。

 それがサオリ最後の一手。 


 手に入らないならいっそ───。


 奪われるくらいならいっそ───……!


 共に時を生きる伴侶を取られるくらいなら、このまま一緒に死んでやるとばかりに。

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