第41話「剣好き馬鹿ひとり」

 そして、甲板上で睨み合う二人の男───。

 いや、睨み合うというのは少し語弊がある。


 揺れる甲板の上であっても危なげなく立つのは、剣聖と謳われる剣の申し子───オーディ。

 振るう技は冴えわたり、

 鍛えた肉体は頑健その者───。


 まさに最強たる風格だ。

 そして、彼は模擬刀をだらりと構えて余裕の表情でいる。


 万が一にも負けるとは微塵にも考えていないのだろう。

 だが、ヴァンプを侮っているわけでもない。


「イイ感じにギャラリーが集まって来たな」

「そっすね」


 オーディはユルリと笑いつつも、だんだん集まりつつある観客をのんびり眺めている。

 どうやら、船の上では暇なものが多いようだ。船員とて、船が風に乗った今それほど忙しいわけでもない。


 やいのやいのと騒ぎながら模擬戦の二人を遠巻きに眺め、賭けに勤しむ連中まで出てくる始末だ。

 今のところオッズはオーディが有利。


 そして、さらにさらにと観客が集まりだした。

 それでも、空間には余裕がある。

 さすがは王国の用意した大型輸送船だ。

 ここは船の上甲板だが、接舷上陸などの際に兵力を集めるため面積が広くとられているらしい。


 広さは十分。マストや木箱、樽などの障害物はあるが、たいした問題ではない。


「勝敗はどうするんス?」

「どっちかが倒れるまでだろ?」


 どうでもいいとばかりにオーディは肩を竦めた。


「倒れるまでっスね? 了解、了解」


 飄々としたヴァンプもまた、負けるとは微塵にも考えていない。

 彼の中にあるのは勝ち負けよりも、どうすれば魔王様に貢献できるか───ということだけ。

 負けた方が都合が良いと判断すればあっさりと負けて見せるだろう。


 たくさんの観客がいるというのに、ヴァンプは気負った風もなくのんびりと準備をしているのみ。

 とっくに準備を終えたオーディを尻目に、ヴァンプは普段使いの武器を模擬の物へと変えるのに忙しい。


 暗器や短刀は、非殺傷の物に変えつつ、投擲武器等も全て入れ替える必要があるのだ。

 とはいえ、全く同じ規格の物はないため、全て間に合わせの物ばかりとなってしまうのは致し方なし……。


「どうした? 早くしろよ───別に本物使ってもいいんだぜ?」


 ヴァンプが全身に装備しているあらゆる武器を見て呆れているオーディ。

 そして、それらを統べて使いこなしている器用さにも舌を巻く。


「───あはは。本物使ったらオーさん死んじゃうっすよ?」

「は! 言うね~」


 ニィと笑い合う両者。


 オーディは久々の対人戦闘に心が躍り、

 ヴァンプは女三人から解放されて伸び伸びと。


 二者二様ともにそれぞれ心が躍るものがある。


「合図は?」

「いらねぇだろ?」


「そッスね」


 二人とも軽く肩をすくめる。

 ヴァンプも武器を入れ替えると、剣を携えるでもなくだらりと構えた。


「どうした? 抜けよ──」

「抜いたら、太刀筋を読まれちゃうっすよ」


 ニィ。


 どちらともなく笑い──……。


 海の上だというのに、妙に静かなじっとりとした空気が流れた──……そして、




 ──ミャッァアアア……!




 低空飛行した海鳥がひときわ高く鳴いた────。


 キッ、キィィッッン!


 そして、両者が鋭く踏み込み、神速の中での剣劇が始まった──!!

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