第11話「苦手なもの」
オーディを始め、勇者パーティの面々が殺気を募らせはじめた───。
いや、味方風に言えば闘志と言ったところか。
魔王軍の拠点を一気に叩き潰すチャンスだ。ヤル気がみなぎるのもやむ無し……。
すまん。魔王軍の諸君───!
「ともかく、ヴァンプが苦労して調べてきた地図だ。ありがたく使わせてもらいましょう──」
地形の陰に移動したナナミ一行は、ヴァンプの用意した補給処の詳細図を目にして作戦会議。
さすがにヴァンプが潜伏していた位置は、なるほど……。こりゃ、補給処から丸見えだ。
よくこんなところに隠れていたなーと皆感心する一方で、あまり突っ込まれたくないヴァンプはグイグイと押し気味にパーティを地形の陰につれていく。
所々、寂しげに生えている貧相な下生えの近くは緩やかに窪んでおり、数人程度のパーティならしばらく潜伏できそうだ。
少数精鋭の勇者パーティにはもってこいの潜伏場所。
ま、ここじゃ一時的に───だけどね。
魔王軍も馬鹿じゃないので、補給処の近傍にはちゃーんとパトロールを出しているのだ。
ここもパトロールのルート上なので、いつまで隠れてはいられない。
「ふむ……。見張りはここと、ここか──」
とん、とん──とオーディが地図の上に小石を置いて立体的に敵の配置を確認する。
「そっすね。昼間はスケルトン、夜間はファントム系が歩哨についているッス」
とんとん、とヴァンプも捕捉するように小石を置いて皆に示す。
「え…………」
タラリと冷や汗を流すクリスティ──。
……ん? なんぞ?? 急に冷や汗かいてどうしたん?
だが、その変化に気付いたのはヴァンプのみで、パーティの参謀格のサオリは気にした風もなく作戦会議を進めていく。
「ふーん……。ほとんどがアンデッド系なのね。なら、神聖魔法を使えば一気に仕留められるのではなくて?」
そう言って、サオリはその切れ長の目でクリスティを見た。
「うぇ?! ぼ、僕??」
「そうですよ。……高位神官系魔法を使いこなせるアナタなら、この規模の補給処でも一気に浄化できるのではなくて?」
ドワーフ族の女性神官であり、歴代最高の腕を持つと言われている。
それも「称号」としての大僧正ではなく、クリスティはその使う御業の高さから、名誉職を授かっているのだ。
クリスティ以外にも現職の大僧正がドワーフの大神殿にいるのだが、その現職の大僧正ではなくクリスティがここにいる。
とっくに引退したはずの彼女──最強の腕をもつと称されるクリスティが大抜擢されて、勇者パーティに参入していた。
もっとも、腕前だけではないのだろう。
現職の大僧正を死地へ追いやることに難色を示したドワーフ族の政治的思惑もあると思われる。
ま、とにもかくにも、この場において最強の神聖魔法の使い手は間違いなくクリスティだ。
サクーっと、アンデットくらい浄化してしまうのだろう。
それにしても、長命種ゆえにクリスティと親交のあるサオリ。
だからこそ、こともなげに言うが───。
「───こ、この一帯すべてを浄化できるんスか?!」
一方でヴァンプは驚愕している。
ヴァンプはナナミの命令には今のところ忠実に従って勇者パーティに貢献しているものの、本来は魔王軍の大幹部である。
帰属意識も魔王軍として非常に高く、その忠勤っぷりは魔王も認めるところなのである。
ゆえに…………魔王軍が一方的に蹂躙される様は正直好ましくはなかった。
もっとも、それで手を緩めるような真似をしないだけに、任務に忠実なのであるが……。
「そうよ? クリスティはね──」
「ちょ、ちょっと! む、無理だよぉ……」
自慢げに語ろうとするサオリの口をクリスティが慌てて抑える。
数百年の積み重ねがそこにあるのだろう。ナナミもオーディも知らないパーティメンバーの顔があるようだ。
「ん~? よくわからんが、クリスティの神聖魔法でパーっと浄化してしまえば、補給処の戦力の大半が削れるってことか?」
「えぇ。理屈で言えばね」
……ま、マジかよ?!
浄化されるのはやむを得ないとはいえ、ここから全域とか……どんだけなんよ!?
ちょ、ちょっとは苦戦しろよッ……。
ヴァンプはサオリの一言に驚愕を隠しきれない。
たしかに、偵察を終えた今──……この補給処が滅ぼされることは、もはや覚悟していた。
味方の重要拠点とはいえ、今のヴァンプは潜入工作員。
──斥候のヴァンプなのだ。
魔王軍四天王『隠密のヴァイパー』としての側面は隠さねばならない。
だが、だからと言って味方の部隊が一方的にやられるのは面白くない。
それも、浄化魔法であっという間というのでは、ナナミ達が美味しすぎる。
少なくともちょっとは苦戦してもらわねば、これから滅ぼされる彼らが哀れに過ぎる……。
近傍の機動旅団が救援に来るまでもなく、補給処は破壊しつくされこの地方での魔王軍の活動領域は一気に後退するだろう。
魔王軍の滅びが一歩大きく近づくのだ。
……ほかならぬヴァンプの手引きによって──。
(とはいえ、どうしようもないッスね……。せめて、こっそりと救援要請を増援部隊に出すくらいっスかね。それもリスクが高いッスけど……。)
浄化魔法の存在は知っていたが、クリスティの強さについては計算外だった。
何か策を講じないとあっという間に補給処は落ちる。
さりとて、妙案もなく────。
「ん? そういえば───ヴァンプお前さっき何か言いかけたな?」
ん?
さっきて……どのさっきよ?
「なんだっけ? 白骨宮殿の兵站部隊がどうの───」
あー。それか。
「あーうん。そうッス。白骨宮殿の名の通り、ここの補給処の魔王軍は疲れ知らずのアンデッド──とくにスケルトン系が荷役を担うのでそう呼ばれてるそうッス」───「そ、そんな……?!」
ヴァンプの発言に被せるように、ちびっ子のクリスティがビクリと体を震わせる。
……なんぞ、なんぞ??
さっきからこの子どーしたん?
「クリスちゃん、さっきからどうしたっス?」
「ヴァ、……ヴァンプ───その……。スケルトンって言った?」
「言ったスよ? 歩哨も兵站部隊も全部アンデッドっス。あ、クリスちゃん神官だから楽勝───」
「む……無理無理!!」
えぁ?
何言ってんのこの子……。
「クリス?」
「どうした? お前の浄化魔法なら一気に仕留められるんじゃないのか?」
サオリもオーディも疑問顔だ。
対アンデッドの要と言えば神官職だろう。
ドワーフ族の秘蔵っ子である大僧正のクリスティならば、アンデッド相手に無双できるに違いないと───。
「い、いやだ!───僕にはできないよ! む、むむむ、無理なの、無理無理無理だから、やーなのーーー!!」
突然子供の様に叫びだすと、泣き顔を隠しもしないでその場にへたり込む───。
一体何が……?
「クリスちゃん落ち着くっス。どーしたん───」
「ぼ、僕───アンデッドが、……動く人骨が苦手なんだよッ!」
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