第43話「模擬戦決着……っす(後編)」

「ヴァンプー! すごいすごい!!」

「あぅ~……♪」

「惚れなおしたわー!」


 黄色い声援をキャイキャイ送られにこやかな笑みを返すヴァンプ。

 そして、見張り台に誰もいないこといいことに、


「黄色い声援送ってんじゃねーぞ、くそメス豚ども」


 と、表情をセリフが全然あっていない。


 眼下の甲板ではナナミたちが大騒ぎ。

 船員たちは散らばった甲板を片付けるものや、賭けに負けて悔し涙を浮かべているもの。


 士官がげきを飛ばして仕事に戻らせているなど、中々盛況だ。


「ふー……いい汗かいたッスね」


 ストンと見張り台の手すりに腰掛けると、ヴァンプはのんびりとした雰囲気で、懐の手紙を取り出す。


 それは、先日届いたばかりの魔王からの命令書だった。

 現在の魔王軍の近況も、簡単にではあるが書いてあるらしい。


 もちろん、命令を起草したのは魔王とシェイラ。

 そして、情報を精査し添付するのは情報部の仕事なのだろう。


 簡単な命令書と、

 緻密に書き込まれた文字と地図の一覧が、実に対照的であった。


 それをナナミたちに気づかれない様にそっと確認する。

 ちなみに休暇許可については何も書かれていない。


「────任務継続。……っと何々? なんだこりゃ暗号かな?」


 まるで殴り書きのように、書いてある命令文。

 これは新暗号だろうか?


 ヴァンプは何度となく読んで意味を理解しようとする。

 隠し持っている暗号書とも照合。


「うーん?…………現命令の順守──追加命令。「に隙があったらさっさと殺せ」って???」


 んー??


 女に隙なんてあったっけ?


 ナナミ最強。

 クリスティ強敵。

 サオリ狂人。


「隙なんかねぇよ……」

 あったら殺しとるわぃ。


「ったく……。ん? これは──」

 命令書の羊皮紙には殴り書きをしたせいで、元の分が透けて見える。


「なになにー……え~っと、」


『何を女3人とイチャイチャしとんねん!!──うらやまし……あ、げふん!! さっさと、殺して戦力を削れ? 女3人隙だらけやっちゅうねん!!』


 と、書かれているが……う~ん?????


 なぜか、病院の香りがする命令書。

 ヴァンプには状況が全く見えない。


 まさか、魔王様が病院にいるわけでもあるまいし──……。

 筆談をしながら書いたわけでもあるまいし……。


「手の込んだ悪戯かね?」


 まぁいいや。紙のリサイクルってとこだろう。

 それよりも……。


 え~っと、

 つまり、追加命令は二つ。


 現命令

 〇 いかなる理由があっても勇者パーティのメンバーであると偽れ

 〇 例え、魔王軍と戦うことがあっても味方と思うな、勇者に協力し信用を獲得せよ

 〇 ホウレンソウ《報告・連絡・相談》を確実に実施せよ

 〇 勇者を確実に殺せる隙があれば殺せ────

 〇 敵の弱点を最大限に利用せよ


 追加命令

 〇 女に隙があったら殺せ

 〇 変なものをいきなり送るな


「…………4番目の命令と被ってないかこれ? まぁ、魔王軍の正式命令だし、何か意味があるのだろうけど──女ねぇ……?」


 チラリと見張り台から見下ろすヴァンプ。


 未だキャーキャー言ってる女3人。


 勇者ナナミ

 大僧正クリスティ

 魔術師長サオリ


 うん。やっぱり────。


「……………………どこに隙があるねん?」


 いや、下手すると殺されますよ??


 …………え、死ねって??


「つーか、魔王軍、なんで壊滅状態なんだ?」

 ヴァンプは添付書類を矯めつ眇めつ確認して、首をかしげる。


 つい先日、再建のめどが立ったとか言ってたような気がするけど────…………。


「きゃー!! ヴァンプ!!」

「あ、あれ、やばいよ! ど、どーしよ?!」

「ちょ、マジ? え、うそ! 泳げないの?!」


 んだよ、うるせーなぁ……。


 ヴァンプはいまだ騒ぎ続ける女どもを鬱陶しそうに見下ろし、手紙を畳んで懐に隠す。

 すると──。


「ありゃ?」


 女3人は、ヴァンプではなく、海を盛んに指さしている。

 それに船員たちも、


「や、やばいぞ!! 救命胴衣は?」

「き、着てませんよ!! それより短艇カッターを!!」


「おーい!! 船を寄せろぉぉぉおお!! 急げぇぇえ!」


 え……?

 なんぞ?


「あ、ヴァンプ!! まずいの! あぶないの!! オーディが!」


 オーさん?


 ナナミが泣きそうな顔でヴァンプを見上げる。

 相変わらずきれいな瞳だが、コイツは勇者。魔族の天敵──……。


「オーディがおぼれそうなのー!!」


 は?


「オーディは泳げないのよ!!」


 んな?!


「誰か! 誰か助けにいってぇっぇええ!」




 ナナミたちの悲鳴が響く中、ヴァンプは冷や汗ダラダラだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る