純潔の剣豪
第39話「海路にて──」
くーくー。
くぁーくぁー……。
快晴の空を、海鳥が群れをなして飛んで行く。
彼らがキラキラと輝く太陽の光を一瞬だけ遮り、颯爽と飛び去っていく。
その様を甲板から見送ったヴァンプ。
元から細い細目をさらに細めて太陽ごとそれらを透かしながら見ている───。
「あー……いい天気っすね」
意気揚々と海を割る大型船舶は大きな揺れもなく、快適な風と柔らかな磯の香をもってヴァンプを迎えてくれていた。
魔王軍本拠地強襲部隊こと、勇者パーティを輸送する大型船舶の航行は今のところ順調そのもの。
船上では特にやることもなく、本来の間諜任務として観察だけを続けていればいいので楽なものだ。
いつもなら、勇者パーティのためにやれ偵察だ。やれ潜入だ。時には暗殺だ───で忙しいッたらありゃしない。
それが海の上ではなくなり、
まるで休暇のように突然、本当~にやることが激減した。
うむ、これを楽しまずに何を楽しめというのか。
「───たまにはこーゆーのもイっすね~」
ボケーっと、日光浴を楽しむヴァンプは久しぶりに伸び伸びとした気分だ。
ここ最近、ロクなことがなくって大変極まりない。
勇者に添い寝とか、神官ロリっ子にも添い寝とか、メンヘラ女の自爆とか……。
「ったく。ホントなんなんだよ……どいつもこいつも。どー考えても、俺っち悪くないっすよね?───ちゃんと仕事してますよー、だ」
それに……だ。
不満の種は尽きることがない。
「そろそろ有給使いたいスけどね~」
まったく……。先日も休暇申請したのに、未だ回答はない始末。
こっちはちゃんと報告連絡相談を欠かさないというのにこの仕打ちはいかがなものだろうか?
とはいえ、任務絶対。命令順守。
勇者パーティの
超ブラックな扱いを受けていようとも監査にチクるような真似はしない……。
うん、しない───。
それに今のところ平和極まりないのだ。
激戦続き(先日のは主にサオリのせい)でさすがにヴァンプも疲れてしまって、休暇が取りたいなんて思ってしまった。
だけど、船の上ではそんな騒動も起こることはなく───ない一つ心配もなければ、ストレスもない。
あー……船旅最高ッ!
なんだけど…………。
「あとは、コイツ等がいなければな~……」
途端にゲソっとした顔のヴァンプ。
さっきから体をピクリとも動かすことができない。
船の欄干に持たれるように座るヴァンプ。
その右の腿にはクリスティ。
「くーくー」と実に可愛らしい寝顔でお休み中だ。
時々、ちゅうちゅうと親指を吸っているので、まるで幼女みたい───年はアレだけど。はい、ロリBBAですね。
そして、左の腿。
そこにはだらしない恰好で、腿を枕にして寝るエルフの美女が一人。
「うへへへ……ヴァンプったら~」とかなんとかほざきつつ、顔を腿やらその上の方までずらして「くんかくんか」と匂いを嗅ぎつつご満悦。
うん……気持ち悪いからヤメテ?
これでこの人は多分、人類文化圏では最年長クラス……美人ババアやねん。
最後はこの人。
「う~ん……ヴァンプぅ、一緒に寝よ?」とかなんとか勝手な寝言───つーか、添い寝どころか人をベッド代わりにしてグースカ眠っている少女が一人。
彼女はナナミ。
膝枕どころか、敢然に体の上でマウントとってます。
もう、「人間ベッド」です。はい。魔族だけどね。
ナナミときたら、ヴァンプの腹の上で丸くなり、胸の上に頭を乗せて熟睡している。
でっかいネコかっちゅうねん!!
これでも、
そう。
それは、魔王軍の怨敵にして、魔族の天敵───。
魔王軍四天王隠密のヴァイパーにとっての調査対象者であり、最後に倒すべき仇──だった……。
そいつが超無防備な状態でヴァンプに体を預け、安心しきってグースカピースカ。涎をダラダラと垂らしてくれてます。
おっふ、くっさい…………。
「なんなんだよ……この状況───」
ゲンナリした顔のヴァンプ。
どうしてこうなった? と何度目になるか分からない自問を続ける。
「はぁ……疲れるぅ」
全く身動きができずに、ゲッソリとして空を見上げるのみ───……はぁ。
そこに、
「よ~。いい身分じゃねーか」
「あ、オーさん?」
からかい混じりの声でやってきたのは、勇者パーティの高火力剣士───剣聖のオーディだ。
さすがにオーディといえど船の上ではすることもなく、暇そうにブラブラとしているらしい。
もっとも、訓練は欠かさないのか、朝夕には剣を振り回している姿をよく見かけた。
「なんだ、なんだぁ? いつの間にサオリまで口説き落とした?」
「口説いてねーっす……替わりますか?」
若干、本気で替わってほしいヴァンプ。
「おぇ」
オーディはそれを舌を出して見事にスルー。
全身から御免蒙ると言わんばかり。
「好きでやってんじゃないッスよ……。俺ッチも仕事できなくてちょっと困ってるっス」
いや、マジで切実に……。
「はっは~。斥候なんて大したことしてねぇだろう? 敵は切ってナンボだぜ?」
「情報は『力』っスよ?……まぁ、オーさんほど強くはないので、確かに大したことはないッスけどね」
と、まぁここは謙遜しておく。
変にプライドの高そうなオーディのことだ。妙なことで絡まれても面倒くさい。
所詮は敵───そして、今は観察対象の一人にしか過ぎない。
「へ───……心にもない事言ってやがるな。俺はお前が本気を出していないことくらい知ってるぜ」
そう言うと、懐から酒瓶を取り出しグイグイとやりだす。
「ぷぅ……いるか?」
「遠慮しときます」
アンタが口をつけた物やないかい!
きったないわ~……。
「そうかい?───……で、だ」
それっきり何処かへ行くのかと思いきや、ヴァンプの横にドッカリと腰を下ろしたオーディ。
クリスティの鼻をピンと弾きながら、
「───……お前。何者だ?」
ドキッ……。
「ただの凄腕冒険者っすよ?」
「はッ───そんな凄腕が冒険者として、野にいたなんて信じられるかよ」
オーディは鼻で笑って見せる。
ヴァンプはヴァンプで内心、心臓バックバク。
先日のサオリの件もあってか、正体がいつバレてもおかしくはないのだ。
幸いにも、サオリはヴァンプが魔族だとは吹聴していないが、勇者パーティならいつ気付いてもおかしくはない。
ナナミやクリスティ程度のおバカな子ならともかく、オーディは見た目に反して頭もキレる。
一見して脳筋タイプだが、かつては戦場で部隊を指揮していた経験もあるというくらいには優秀なのだ。
部隊指揮は無能には務まらない……。
「そう言われても……。冒険者だって悪くはないッスよ? しがらみが少ないし……」
これは本当の話だ。
S級などと言われる凄腕冒険者は各地のギルドに登録されている。
そして彼らは時に正規軍や騎士団の歴戦の兵士よりも優れた能力を発揮することもある。
ゆえに、彼等を囲い込みたい国や私設軍事組織はこぞって勧誘するという。
好条件で自尊心も満たせるそれらの待遇は実に魅力的だという。
だが、冒険者のなかにはそうした誘惑を全て絶ったうえで、死ぬまで冒険者を続けるものもいるという。
そのため、ヴァンプもどこの国にも所属しない冒険者であるとして、言い訳ができるのである。
「どうだか……。素性が知れない凄腕冒険者───そして、その実力たるや未だ片鱗すら見せないと来た」
すぅー……と目を細めたオーディ。
なぜか、傍らに置いた剣に手をかけているではないか。
「えっと、何が言いたいんス?」
だが、ヴァンプは慌てない。
少なくとも自分からボロを出すような真似はしない。
カマかけにはもう騙されない───。
「決まってるだろう?」
そう言ってオーディは剣を取ると、
「…………模擬戦をしようぜ」
ニカッと笑って見せた。
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