第36話「生きているって素晴らしい」

 魔王城。

 野戦病院ICUにて───。


 コンコン

「どうぞー」


 簡易小屋の扉を叩けば、すぐさま反応があり、中から少女のような見た目の魔族が顔を出す。


「四天王が一人、シェイラ───入ります」

「あ、魔王様ーシェイラさまですよ」


 そう言って扉を大きく開け中へと誘導してくれる魔族に礼を言って入室するシェイラ。

 中は薄暗く、消毒液やら、よくわからない薬品の匂いが充満している。


 床にはおびただしい血が流れており、まるで家畜の屠殺場のような有様だった。


 そして、案内された先には巨大なベッドが一つ。

 そこに───。


「魔王様? おきてらっしゃいますか? シェイラ様がお見舞いに来てくださいましたよ」

 その声に僅かに反応する魔王。


「大丈夫みたいです。あまり長時間お話しされるとお身体に触りますので……」


 そう言って釘をさす魔族の少女。

 さらに、

「あと、お顔をかなり焼けで負傷されましたのでお話しできません。応答はこの筆談用の羊皮紙をお使いください」

「あ、どうも」


 そう言いて、数枚にまとめた羊皮紙を手渡されるシェイラ。


「それでは失礼します。何かありましたら枕元のベルを御鳴らし下さい」

 なるほど、確かに枕元にはハンドベルが一つ。


 それを確認しているうちに魔族の少女が一礼して退室していった。

 室内にはシェイラと負傷した魔王だけ。


「───で、何スか?」


 二人きりになったとたん、口が悪くなるシェイラさん。っぱねっす。

 ブルブル震える手で、羊皮紙に書き込む魔王様。


 半ッ端なく手が震えているのは負傷のためだけではないだろう。


 カリカリカリ……!

 しばらく、ペンを走らせる音が響いたかと思うと、


『口の聞き方ぁぁあ!!』


 ジトっと、その文面を呼んだシェイラはおもむろに立ち上がると、


 チリンチリ~ン♪


 躊躇なく、魔王の枕元にあったハンドベルを鳴らす。


 その様子をビックリした目で見ている魔王だが、

「は~い、お呼びですか?」

 件の魔族の少女がひょっこり顔を出す。

 大量の包帯や傷薬を運んでいる所を見るに、野戦病院は大忙しなのだろう。


「魔王様の頭が悪いようです。頭につける薬と、あとセクハラされました。アナタは大丈夫?」

 

 ガタン! と、勢いつけて起き上がる魔王。

 包帯だらけの顔でシェイラを睨んでいるようだが、迫力ゼロ。


「へ? いえ、バカにつける薬はちょっと……。あ、いえ、頭につける薬はちょっと……」


 カリカリカリ……!


『おい!!!』


 羊皮紙にデッカクかいてブンブン振り回す魔王。

 それを冷たい目で見る女性二人。


「薬、大至急ね」

「は~い。喜んで」

 

 テッテッテ~と軽やかな足取りで出ていく少女を見送ったシェイラは、

「えぇから、要件言えや」

『あ、はい』


 ションボリしちゃった魔王様。

 ちょっと可哀想……。


『ヴァイパーから新しい報告書が届いたそうだが?』


 さすがに学習したらしい魔王は、本当に用件のみ。

 シェイラは筆談を錯誤まで見ずとも、深くため息をついて、見舞客用の椅子に深々と座りなおした。


「はぁ………………」


 言われると思っていましたよとばかりに懐から報告書を取り出すシェイラ。

 報告書が出てきた瞬間、魔王がビクリと体を竦ませる。


「大丈夫ですよ。今回はちゃんと爆発物処理班に確認させました」


 シェイラは確認済み確認済みと何度も強調する。

 それはそうだろう。

 ヴァンプの爆弾直行便は誰しもがトラウマになるレベルの厄災。


 実際、魔王軍は大損害を被ったのだから……。


「で、今回の報告書なんですが───……」




 ※ ※

 拝啓、魔王様───。


 今回はまずお詫び申し上げねばなりません。

 先日、勇者パーティの知恵者、魔術師長ソーサラーのサオリに私めの正体が看破されそうになりました。

 しかしながら、私の巧みな話術をもって正体を隠蔽し、事なきを得ております。

 詳細は後述いたします。


 さて、

 現在の勇者パーティの動向ですが、先だって占領した魔王軍の補給処を完全に整備し、再利用中であります。

 補給態勢は整い、近隣の魔王軍部隊を駆逐。

 大陸における勢力拡大を推し進めており、じきに全部隊が殲滅されると思われます。

 勇者ナナミは精力的に活動し、ますます力をつけております。


 ときに、先に申し上げた通り、私めの正体が看破されそうになった際、魔術師長のサオリと勇者ナナミが激突。

 その理由は不明でありますが、以前申し上げたように、勇者ナナミが私めに感じているシンパシーゆえこの事態に至ったのではないかと思料しております。


 そして、激戦の最中、サオリの魔法能力の全容をほぼ解明、事後の作戦に役立つ情報を入手。

 また、勇者ナナミの能力についても一部が判明。後述する報告にて詳細を述べます。


 今後勇者パーティの動向がどうのようなものになるのか、定かではありませんが、至急調査しご報告します。


 詳報は以上になります。

 

 【重要】

 勇者パーティの情報について続報


 ・勇者ナナミ、

 戦闘力は未知数なるもすでに人外の化け物クラス。現状は全魔王軍をもってしても対応は困難と思料。

 聖剣と神剣は魔術師長サオリの放つブレスを無効化。鎧についても無傷。さらにナナミ自身もブレスの余波を受けたもののまったくの無傷でありました。

 さらに、攻撃力については天井知らず。魔術師長サオリの張った結界を聖剣によってたやすく破壊し、龍化魔法で強化した魔術師長の腕を両断せしめました。これは、魔術師長の項目で述べますが、件の結界は魔王城結界に匹敵するものであり、至急魔王城結界の改良が必要と進言します。


 また、生命力の自動回復を確認。サオリとの戦闘の際、強力な腐食攻撃を受けるもたちどころに回復し、ダメージをほぼ相殺


 現状での者を倒す手段は確認できず、引き続き調査を続行します。


 ・魔術師長ソーサラーサオリ、

 古代魔法、魔術結界リビティションの使用を確認。

 本人との会話で確認できたこととして、少なくとも数百年は生きていると思料。

 また、数々の図書館にて勤務歴あり、じ後の間諜作戦に多大な影響を及ぼすため、情報統制には特に注意が必要と推察します。


 さらに、当魔術師は禁忌魔法タブーマジックの使い手であることを確認しました。


 前述したとおり、当魔術師により正体が看破されそうになった際、乱入したナナミと魔術師長が交戦。

 激高した魔術師長は数々の禁忌魔法を乱発。その魔力の総量は底知れず。

 確認できた禁忌魔法として、

 位相差結界トワイライトバリア自動攻撃型ゴーレムファ〇ネル龍化魔法ドラゴニュート死霊の嘲笑ネクロマンシス魔力の暴走スーサイドアタック等々の多数の使用を確認。

 これらを、乱発しかつ高速詠唱で発動ロスはまったくなし、驚異的な魔術の使い手と再認識しました。


 最終的に魔力の暴走スーサイドアタックを意図的に発動し、ナナミとの相打ちを画策するも、私のとっさの判断により魔王城のバリアーとの対消滅を企図し直送便を送り事なきを得ました。


 現段階で確認できた情報です。


【追記】

 魔術師長のサオリにより正体を看破されました。

 しかしながら魔王軍の間諜であるとまでは秘匿に成功。現在サオリのみ、私の正体を魔族であると知り得ておりますが、魔王軍との関係性については完全否定しており、サオリもそれを信用している様子。念のため口止めを実施し、比較的効果ありと認めますが、不安要因としてご報告します。状況により、間諜任務を終了し帰還することも考慮願います。



 現命令の確認

 〇 いかなる理由があっても勇者パーティのメンバーであると偽れ

 〇 例え、魔王軍と戦うことがあっても味方と思うな、勇者に協力し信用を獲得せよ

 〇 ホウレンソウ《報告・連絡・相談》を確実に実施せよ

 〇 勇者を確実に殺せる隙があれば殺せ────

 〇 敵の弱点を最大限に利用せよ



 以上を順守しつつ、私は身分を隠して勇者パーティの一員として行動を継続中。

 今後も勇者たちの動向を逐次報告します。


 では、次は随時の報告指示まで、

 現在、勇者パーティの監視が強化されたため定期連絡は不可能。随時報告に切り替えます。


 魔王軍四天王、隠密のヴァイパーより、敬具。まる。



 追伸、

 現在の勇者パーティの監視体制が3名に増加。

 非常に厳重な監視体制となっております。

 勇者ナナミと大僧正クリスティとの同衾体制は変わらず、さらに魔術師長サオリが隙を見て飲酒喫煙に同行させるため報告書をしたためる時間が減少しております。

 今後も報告が遅れることが予想されますが、臨機かつ柔軟に対応し、報告を欠かなさいよう鋭意努力する次第です。


 また、魔力結晶の件、大変ご迷惑をおかけしました。

 魔王城結界に損傷が生じた場合は賠償担当に連絡願います。まる




 ※ ※




「………………まる、以上です」

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