第37話「病室ではお静かに(後編)」

「…………は?」


 ニッコリ。


 すごくいい笑顔をするシェイラさん。

 どーりで健康的な顔をしているわけだ。


「お陰でぐっすり眠れます」

「………………おう」


 良かったね。


「コホン。では簡潔に。まず───……新編成した軍は壊滅しました。ドラゴンなんかもほとんど死んじゃって、飛竜は一匹残らず消滅しちゃいました。なので、あと残っている仕事は残務処理くらいでっす」


 でっす、って君ね。

 つーか……。


「え…………ま、マジ?」


 つい先日まで意識不明でせっていた魔王。

 軍の被害については大雑把にしか聞いていない。


「本気とかいてマジです。………………詳細、聞きます?」


 どーでも良さそうにしつつも、シェイラは傍らに置いておいた書類ケースを取り出した。


「……お、お手柔らかにお願いします」


 ふぅ、とため息をついたシェイラ。

 そして、容赦のない現実を突きつけた。


「まず、魔王城は跡形もなく吹き飛びました。城内で勤務中の職員を含めて、ほぼ壊滅」


 ……おっふ。


「閲兵中の歩兵師団も壊滅。辛うじて生き残っていた者もほとんどが重傷で、現在ここ野戦病院で入院中です───まぁ半数は助からないそうです」


 …………はぁう。


「そして、機甲師団のドラゴン部隊も壊滅。それらを派遣していた、龍の巣ドラゴンネストにいる古手のドラゴンエルダードラゴンの連中が滅茶苦茶怒ってます。先日から抗議文が途絶えておりませんが、外交部が壊滅しているので、現在対応することが不可能です」


 ええええ?

 それヤバいんじゃ……!?


 古代竜エルダードラゴンのことだよね?

 メッチャ強いドラゴンさんたちの長老格……。


 え、放置ってヤバくね?


「あと、空中機動戦力の飛竜部隊ワイバーンズは消滅しました。……生き残った飛竜は一騎も降りません。ま、お陰で残務処理が超ラクチンでした。───こう、部隊の項目に二重線でシュシュっとね~」


 シュッシュッと、二重線で消しているジェスチャーのシェイラさん。

 笑顔が黒い……。


 「ほら」と、ペラリと見せられた軍再編計画の項目には、たしかに「新編成、飛竜部隊ワイバーンズ」が二重線で消されている。


 ……彼らは物理的に消滅し、ついには書類上からも消滅したのだった。


「───以上です。大まかではありますが、こんな感じですね。詳細が知りたければどうぞー」


 かるーい調子でシェイラさんはのたまってござる。


「いや…………あの、」

「あ! そうだ忘れてた!!」


 え。まだあんの?!


「───会計監査局からです。「飛竜部隊ワイバーンズ」の編成に使った資金があまりにも多いので、近々査察が入るそうです。書類の差し押さえ要求が来てます」


「アイツら生きてんの?!」


 城内にいた職員はほとんど壊滅したのに、会計監査局は健在らしい。

 しかも、近日に調査とか、アイツらちょっとおかしい……。


「えぇ、ピンピンしてましたよ。この文書差し出すときも生き生きとしてました」

「いや、生き生きって……」


 なんなんアイツ等?!


 え、敵?

 獅子身中の虫?!


「っていうか、「飛竜部隊ワイバーンズ」の編成って、ほとんどお前の案件じゃん!! いったいなにやったの?」


 そうだよ。


 シェイラたっての希望で編成した部隊じゃん!

 それを追及されると困るのシェイラさんだよね?!


「は?…………決済したのアンタじゃん」

「いや───!!………………………いや、そうだけどぉ!!」


 それ言う?!

 言っちゃうぅぅぅ??


 確かに、最終的な決定権は魔王だけどぉぉぉおおお!!


「それ言うたらおしまいじゃん!!」

「あはは。お終いも何も、始まりもしませんでしたよ」


 あははははー!

 やや壊れた笑い方のシェイラ。


 活躍前に消えちゃった飛竜部隊に思いを馳せることもできない。


 つーか、

「おまっ…………。っていうか、なんでそんな余裕なん?!」


 シェイラさんも追及されるのは間違いないというのに……!

 鬼の会計監査局。

 泣く子も黙る監査員に誤魔化しは効かぬ───……。




「証拠は全て消し飛びましたゆえ」




 ニッコリ。


 とてもいい顔で笑うシェイラさん。

 指さす先はICUの窓から見える魔王城の成れの果て───。


「あ、なーる……………………って、ばかーーーーーー!!」


 確かに、魔王城が吹っ飛んだので、証拠となる書類も何もかもが消し飛んだ。

 だけど、そうなるとネチッこく、口頭諮問となることは避けられない……。


「もう駄目だ…………。どうしよう」


 外も中も敵だらけ。

 魔王様、超つらい…… 。


「と、とりあえずできる事をしよう。な、なんとか、戦力を整えねば」

「え?」


 これには驚いたシェイラがビックリ。


「まだやるんですか?」


「いや、「え?」、「まだやるんですか?」ってオマエな……。ここで諦めた魔族終了だよ?」

「…………それしかないのでは?」


 はぃ?


「いや、だって、どーすんの? もう兵を集めようにも、死にかけの重傷者しかいないんですけど」

「ぐ…………」


 正論過ぎる正論に、言葉のない魔王であったが、

「───な、ならば、野戦病院の治療体制を万全にし、回復した者から戦力化を図ろう! それしかない!!」


「いや、無理ですって。体は治っても───心がね……」


「こ、心だぁ?」


 魔王には何のことだかわからない。


「…………戦闘ストレス反応シェルショックってわかります?」


 ───えっと、


「シェイラショック?」

「シェルショック!!」


 すかさず訂正。

 シェイラさんマジ切れ……。


「…………あ、はい。シェルショックっすね。知ってる知ってる……───いえ、なんですか、それ?」


 顔中に青筋を立てたシェイラを何とか宥めつつ、詳細を聞く魔王。


「ふーふー……。ちッ───要するに、戦闘時のストレスで戦えなくなった兵士のことですよ。今入院中の兵士はほぼ全員が心に傷を負っています。ちょっとした音でも過剰に反応してパニックを起こすため、兵士として使い物にならないんです」


 な、なんと?!


「ふ、ふがいない!! なんと不甲斐ない兵士であるか!! そんなものは仮病だ仮病!」

「いや、ちゃんと調査と診断してますから……」


 シェイラは呆れて言うが、魔王は古いタイプの考え方の持ち主らしく、最近の軍事研究にはとんと疎い。


「ええぃ、馬鹿者! 何が心の傷じゃ! そんなもんは気合が足りんからじゃー! その兵士どもはワシ自ら督戦してくれるわ。なにがシェルショックだ!」


 ふーふー! と荒い息をつく魔王。

 何と言ってわからせようかシェイラが悩んでいると───。


 バターン!


「ぎゃああああああああああ!」

「ひぇっぇええええええええ!」


 魔王もシェイラも突如の大きな音に飛び上がる。


「ば、ばばばばば、爆発するぅ!!」

「逃げて、逃げてぇぇぇエええ!!」


 魔王は布団をかぶってブルブルと、

 シェイラは床で丸くなり、虚ろな表情でブツブツと、


「あ、あのー……」


 ドアを開けて入ってきたのはいつもの少女。

 そして、布団にもぐる魔王と床に伏せるシェイラをみて、実に不思議そうな顔の少女。


 二人の様子をみた少女は、

「お、お医者様をお呼びしましょうか……?」


 そこで、ようやく我に返った二人。

 魔王は素早く、容疑を正すとピシリとベッドに腰かける。

 まさに魔王ここにあり気と───。


「………………何ようか? 少女よ───」


 威厳タップリに鷹揚に頷く魔王。

 そして、

「───いや、お前もシェルショックやん!」

「ちゃ、ちゃうわ! お前と一緒にすんなし!!」


 再びギャーギャー騒ぎ出した二人に、苦笑いを隠せない少女。


「え~っと……魔王様あての封書とお荷物が届きましたよ?」

 

 そういって、盆に封書を乗せて恭しく差し出してきた。


「へ? ワシあて? 誰から───?」


 トンと身に覚えのない魔王はシェイラと顔を見合わせる。


「えっと、封書は隠密のヴァイパー様から、お見舞い品は会計監査局からですね」


 ッ!!


 ガタンと音を立てて飛びのくシェイラ。

「会計監査局ですってッ?!」

 魔王もケガを押して後退り。

「ヴァイパーじゃと?!」


 封蝋から宛名を読み取ったらしい少女は全然気にした風もなく、その封書を無造作に魔王に差し出した。


「ちょ、ちょ、ちょちょちょ!! ヴ、ヴァイパーからだと? シェイラぁぁあ!」

「か、かかかかっか、会計監査局がここまで? うっそ、証拠なんてどこにも、あわわわわわ!!」


 二人して大パニック。


 シェイラは顔中から脂汗をダラダラと零し、

 魔王は布団を跳ねのけ臨戦態勢。


「…………………っていうか、シェイラ。おまッ、なんで会計監査にビビってんだよ!」

「び、ビビッてねーし! ビビってねーわ!! お、おおおお、お前こそ、ヴァイパーにビビり過ぎぃ!!」


「ビビッてないわ!! ほら、ビビッて無いからッ!」


 シュッシュ! とシャドーボクシングを始める魔王。

 誰がどう見ても強がりである。


 しかし、魔王の懸念ももっとも、

「───えっと、どうしますか? 手紙も見舞い品も、どちらも下げますか?」


 少女は状況が分からずキョトンとして首を傾げる。


「しぇ、シェイラ───この封書どう思う? あ、ああああ、開けていいかな?」

「いやいやいや、私に聞かないでくださいよ!! まだ、誰もチェックしてない封書ですよ、これ!!」


「「───と、ということは……」」


 二人は思い出す。


 先日のヴァイパーショックを。

 いや、正確には緊急連絡型爆弾・・・・・・・のことを……。


 あぁ……。

 フラッシュバックするあの光景。あの悪夢。


 コロンと転がり出るキラキラと光る魔法結晶───……。



 そして、全てを──────!!



「んっと~? 私が開けましょうかぁ?」


 二人が何を逡巡しているか分からず、少女は無造作に封書を取り出すと、開封しようと───。


「「ひ、ひええええええええ!!」」


 ヴァイパーから届く封書の危険性を知っている二人は大パニック。


「ま、待て!! ストップ! タンマ! ぐ、ぐぐぐぐ、軍を! 軍の爆発物処理班を!! はやーーーーーく!!」

「ぐ、軍は壊滅したって言ったでしょ?! あ、でも、民間ならまだ───りょ、了解! し、至急応援を!! めめめえええメディィィイイック衛生兵ぃぃぃい


 いや、衛生兵呼んでどないすんねん……。

 しかし、動揺している二人はもう何もわかっていない。


 目玉をグルグルまわして右往左往……。


 わーわー!

 ぎゃーぎゃー!


 魔王軍トップの二人が右往左往……。


「あ、っていうか、ちょ、ちょっとアンタ! その封書を早く床に起きなさい!! はやーーーーく!!」


 応援より先にまずは直接対処!!

 シェイラは泡を食いながらも、少女から封書を離そうとする。

 ついでに言えば逃げたい───超逃げたい……。


「え? 床だと汚れますよ? まず、中身だけ先に出しちゃいますね」


 そういうと、無造作に書類を取り出す少女。

 そして、中身を手元に、空の封筒は言われた通りに床へ…………───って、


「違う違う! 違う違う違う違う違ーーーーう! そうじゃない、そうじゃないからぁ!!」


「ば、ばかーーーーー! なに勝手に開けてんの?! バカなの? 死ぬの? 撤退ッフォールバックてったぁぁあいフォォオルバァァック!」


 だから、どこに撤退すんねん……。


「んにゅ…………? 変なお二人。───はい、どーぞ」


 ビリビリと封を破って、可愛らしくニコリとほほ笑む少女。

 そして、綺麗に折りたたまれた数枚の封書をそのまま差し出した。


「う」

「お?」


 しかし、無造作に渡されたものは通常の形式の書類のみ。

 タイトルからして、先の報告書の追記分らしい。


 たしか至急伝には違いないが、中身は本当に本当の書類のみ・・・・だった。

 ……間違っても変にキラキラする魔法結晶などは入っていない。


「──────しょ、書類のみ?」

「そ、そのようですね……」


 ダーラダラと、冷や汗だか脂汗だかを流した二人。

 一礼して去っていく少女から書類とお土産を受け取ると、バックンバックンと鳴りまくる心臓を押さえる。


「まったくヴァイパーの奴……! 驚かせおってからに」

「もう、アイツ解雇クビにしましょうよー」


 いや、ほんと。

 もう、それしかない気がする……。


 そして、愚痴りながらもシェイラは書類を受け取るとガサガサと広げる。

 つらつらと文面を目で追い一通り文面を読み終えると───。


 ふっ、と自嘲気味に笑う。


「ん? どうした? 何が書いてあった?」

「あー………………」


 笑っているのか、泣いているのか微妙な顔をしているシェイラ。

 その様子を訝しがった魔王。


 そこに、

「いいお知らせと、悪いお知らせがあります」

「え゛? また!?」


 ニッコリ。


「どっちを聞きますか? ちなみにどっちも同じ・・・・・・です」

「へ?」


 良いも悪いも、どっちも同じ話ッて───……?





「………………魔王軍、終了のお知らせです」

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