第34話「便りがないのは元気な証拠」
魔王城エーベルンシュタット。
魔王府に属する、魔王の居城である。
そこでは魔王軍の頭脳となる高位の魔物たちが詰めており、常に研鑽を詰み、常に人類を滅ぼさんと日々勢力に働く不夜城であった。
今日も今日とて、新たな軍団の創設とそして訓練が行われており、先だって大損害を出した魔王軍も徐々にではあるが勢力を回復しつつあった。
ドラゴンの住む高山へ派遣した部下が多数のドラゴンの幼竜との契約に成功したこともあり、装甲戦力も充実しつつあり、
飛竜の大規模な繁殖に成功したことで航空戦力も整いつつあった。
そして、繁殖力の強いゴブリンやオークを中心として地上軍も着々と軍団編成を進め、前にもまして強力な軍が生まれていく。
それというのも、魔王デスラードの陣頭指揮と、不眠不休で働く彼の優秀の部下あってこそであった。
ザッザッザッザッザ!!
今も、魔王デスラードが閲兵する中、堂々たる軍団が意気揚々と進軍し、部隊の精強さをこれでもかと内外に示している所であった。
指揮官の養成が少々問題ではあったが、前線から引き揚げてきた負傷者を治療することで、実戦経験のある彼らを促成栽培でッ幹部教育を施し何とか員数を合わせることに成功した。
その成果がこの閲兵行進である。
指揮官の号令に従い、新兵が堂々と一糸乱れぬ様子で行進するのだ。
これすらできぬ軍隊は弱い。
一見無駄に見える基本教練であっても、部隊として行動する基本としてなくてはならない訓練である。
「うむ、うむ、うむ!」
魔王城の前庭。
広大な敷地の奥に設えられた閲兵台から、満足気に部隊を見下ろす魔王デスラード。
「はっはっは! 圧倒的ではないか我が軍は!」
「…………」
その横に従うのは魔王軍四天王サキュバスのシェイラ。
色欲と色気の権化───……お色気担当である。
「誰がお色気担当じゃ!」
「は?」
急に大声を出したシェイラにビックリする魔王。
「ど、どうしたん? 急に───」
「あ゛? 今、お色気担当とか言っただろ?」
「いや、言ってねぇし」
「言った、聞いた。録音した。はい、セクハラ───」
「言ってねぇっつってんだろ!!」
顔中に青筋を浮かべて怒り狂う魔王。
「うっせぇ! セクハラってのは訴えたもん勝ちじゃい! 男は不利なんですぅぅ。はい、慰謝料───」
「あ! あ! あー!! そういうの脅迫っていうんだぜぇ。俺、専属弁護士いるもんね~。やれるもんならやってみろ!」
ベロベロバーとシェイラを煽る魔王。
彼の顔色も──……もともと顔色すごいけど、さらに凄いことになっている。
「んだと、この野郎!! セクハラ染みた顔しやがって!! テメェがジロジロ胸と見てんの知ってんだからな!」
「あんっだ、てめぇ!! だったらそんな恰好してくんなや!! なにそれ? 水着、レオタード? バッカじゃね? 魔王領、北国にあるんですけどぉ?」
へっへっへ~。
と、あからさまに挑発する魔王デスラード。
対するサキュバスのシェイラは土気色の顔をして、頬がげっそりこけている。
ちなみにさっきは立ったまま居眠りをしていて、幻聴を聞いていただけだったりする。魔王───濡れ衣でした。
「あ゛? てめぇ、部下の服に一々文句つけるとか、最低上司ですか? パワハラですか?」
「あ゛? 職場にふざけた格好で出勤してくるとか、モンスター社員ですか? 逆パワハラですか?」
あ゛
お゛
「「やんのがごるぁぁあああ!!」」
二人してゼロ距離で額をぶつけて睨み合い。
最近の情勢悪化につれ、魔王府では徹夜連勤代休無しが常態化していた。
その上残業代据え置き、余りの超過勤務の連続に魔王府の産業医から勧告が入る始末。
しかし、休め休めと「上」は言うものの、仕事は消えてなくならぬ。
仕方なしに、魔王軍では一度帰宅したふりをしてコッソリ戻って勤務再開。
そのうえ残業代を請求するとバレるので、サービス残業が当たり前となっていた。
ついには魔王も、残業残業徹夜徹夜で余裕をなくし、部下に当たり散らす始末。
しかも、このクソ忙しい中、閲兵式に出てくれと軍部に言われて渋々出ていたのだった。
……シェイラさんはこれ幸いと居眠りしていたようだけど……。
『あ、あー……ご覧ください、ただいま入場してきたのは新鋭機甲師団、ドラゴン第一師団です!』
わーパチパチパチパチパチ!!
拡声魔法でアナウンスが入り、軍部の司会進行が閲兵台でワチャワチャともめている魔王に注意を促した。
そこでようやく兵士達に見られている事を思い出したのか、魔王がわざとらしく咳をして居直る。
皆、ばっちり見てたけど……。
「ん。んー! 素晴らしい……これほどのドラゴンをよくぞここまで」
ズンズンズン!! と地響きを立てながらドラゴンが群れを成して魔王城の城門を潜りゴブリンやオークの部隊と同じく整列する。
彼等は幼竜のため、古代竜などに比べれば小型ではあるが、それでも強靭な鱗を持ち、知性ある瞳をした最強の生物である。
それを駆るのは、精鋭中の精鋭───ドラゴンライダーたちである。
魔王軍の中でもトップシークレットと言われる特殊部隊。
それまでは秘匿されてきた部隊であったが、魔王軍に再建に合わせて遂に表舞台に出てきたのだ。
「ほんっと、苦労しました。ドラゴンどもはがめついので、大金とかなりの生贄を用意しましたよ。はぁ」
シェイラは本当に疲れた顔だ。
軍事も内政も渉外もこなせるシェイラさん、じつは超優秀であちこちに引っ張りだこなのです。
「うむうむ。その代わりにこの威容よ。これならば小癪な勇者も、人類の兵も鎧袖一触よ」
「へーへー。まぁ、これで我が軍は、もうあとがないんですけどね」
ん?
「どゆこと?」
部下に丸投げ気味の再編成。
以前は安上がりなアンデッドを使おうとしていたがとん挫してしまったので、魔王領中から人材をかき集めたのだが……。
「ドラゴンを使役するため、国庫はほぼ空っぽです。捕虜交換用の騎士たちや、ゴブリン等の繁殖用の雌も根こそぎドラゴンにくれてやりました」
「え? マジ?」
「あと、歩兵ですが、」
「うん! よく揃えたね! 魔王感激ぃ」
「徴兵年齢を下げました」
「へー、徴兵年齢をね──────え?」
「あと、満期除隊を撤廃しました」
「はいぃ?」
えっと、
「つ、つまり──────……」
「あれ、老人と子供です」
んなっ?!
「え、うそ!? え?! あれ、子供ぉぉぉおお?!」
「はい。他にも、優秀な子弟たちも一時的に学校を休学させてます」
そ、それ、
「が、学徒動員したの!? え? いいの?」
「さぁ?…………負けるよりはいいのでは?」
いやいやいやいやいやいや!!
教育は大事なのよ?
それ、戦争終わった後に重要になる人材よ!?
驚愕の余り開いた口が塞がらない魔王。
そして、たしかによくよく見れば───……。
居並ぶ兵士たちの、あどけない顔よ……。
一方で隣り合う部隊は腰が曲がった兵も目立つ。
「えええええええええええ?!」
どうりで数が揃うわけだよ。
どーりで最近食堂のメニューが貧相になるわけだよ!
どおおおおおりで、街の人口激減しているわけだよ!!
「ヤバイじゃん!! 我が軍やばいじゃん!!」
「何今さら言ってんだよ。ち……、しょうがねぇ爺だな」
いや、おい。
「お前、いい加減口に聞き方気をつけろよ?」
「あ゛?」
「「あ゛?」じゃねぇ! 寛大な魔王様だから、黙ってるけど、そろそろ激おこですよ! ぷんぷんですよ!!」
「だったら、テメェが仕事しろやーーーーーーー!! ハンコ押すだけが仕事じゃねーぞ、ボケぇ!!」
もう、閲兵式そっちのけ。
軍部の司会もドン引き───。
ドラゴンもドン引き。
学生も子供も老人もドン引き──────。
わーわーわーわー!
ぎゃーぎゃーぎゃー!
『え、え~………………。ご、ご覧ください!! ただいま上空に参りましたのは
どうしようかと迷っていた軍部の司会に空から天使が舞い降りた。
否───飛竜である。
微妙な空気を払拭せんとばかりに絶妙なタイミングで飛来!
これ幸いと、ことさら声をあげて全員に示す!
そして、飛竜部隊も気分よく閲兵会場を飛び回り兵士達の注目を浴びていた。
「「「「おおおおー!!」」」」
歓声が沸き起こり、どよどよと轟くような音がこだまする
それを煽り立てるように、
上空をビュンビュンとび、否応なしに地上の者の目を引く飛竜部隊。
当然、魔王もシェイラも罵り合いを止めて空を仰ぐ。
「おぉ! これが飛竜部隊か!!」
「はい! この部隊が一番金食い虫です───ですが!」
バサッ!
バサッ!!
羽根音も高らかに飛竜が何百と舞う!
「───機動力は随一、人類の文化圏を神速で略奪し、部隊を後方に送り込む
シェイラがでっかい胸を張って誇らしげに語る。ブルルン
彼女は以前よりこの空中機動戦力の導入を進言していた。
しかし、軍部を始め魔王も新兵科の導入に懐疑的でなかなか実現しなかったのだが、魔王軍の壊滅的な被害を受け。
ついでとばかりに新編成に組み込んでいた。
夢の部隊の実現に胸を膨らませるシェイラ。
そして、魔王も諍いを忘れて、大空を舞う勇壮な部隊に感動していた。
「す、素晴らしいじゃないか───!」
「えぇ、私の言った通りでしょう! ほら、…………って、」
「どうした?……って、んん?」
空を見上げる二人の下に何かが高速で突っ込んでくる。
それは見覚えのあるもので───……隠密バード??
「あれ、ヴァンパーの報告書か?」
「で、ですね……。いつも結界の外で係の者が回収していたので、私も見るのは初めてですが───……」
そう。本日は閲兵式。
ドラゴンや飛竜が外部から来るため結界を解除中なのだが……。
キーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!
そのため、いつも魔王城郊外に着陸するはずの隠密バードが直接やって来たらしい。
そのまま物凄い速度で飛んでくる隠密バード。
そして、飛竜の舞う空を隠密バードはあり得ないくらいの軌道をみせ、軽やかに飛竜たちを躱すと魔王の下へ。
「……あー。ワシさぁ、最近ヴァイパーの報告書読むの憂鬱なんだよね」
「……わかります」
ただでさえげっそりと痩せこけている二人が、さらにゲソっとする。
そして、
シュタ!!
と、黒い大型の鳥が舞い降りると、咥えていた丸めた紙をポイっと魔王の下に放り出す。
「あ、どうも」
律義にお礼を言う魔王に、黒い鳥もぺこりとお辞儀をして、ポン♪ と軽やかな音を立てて元に巻物状の魔道具に戻った。
「ヴァンプの報告書ですね。いつもは通信筒に入れていると聞きますが剥き出しとは……防諜状よろしくありませんね」
普段は魔王城の郊外に着陸する隠密バードだ。
ほおっておけば、誰に見られるか分かったものじゃない。
普段のヴァンプなら封蝋でしっかりと封印した文書を送るはずなのだが……。
それをしていないということは───。
つまり、よほど慌てていた??
「───緊急報告でしょうか」
シェイラは紙を拾うと、妙に重くて少し驚く。
報告書だってクシャクシャ~と丸めてあるし、これじゃゴミと見間違えてもおかしくはない。
「貸せ」
「ほらよッ」
シェイラがぶっきらぼうに投げ寄越すと、ジト目で睨み返しつつ魔王は受け取った。
「え~、何なに?」
ガサガサと報告書を開封していく魔王。
それを興味深そうに横から覗き込むシェイラ。
「───……えっと、」
『拝啓、魔王様──────
…………何とかして!!!!! まる』
「「は……………?」」
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