第33話「困ったときは上司に頼ろう!」

「とぅ!!」

 ヴァンプは結界が割れるのを最後まで待つことなく、ナナミが切り裂いた裂け目から飛び出すようにして跳躍。


 パリィィィイインという音を背後に危機、結界の欠片を体に纏わせながら大きく、高く跳躍───……。



 高空で懐から報告書と魔道具・・・を取り出す。




 そして、ペン構えると慣れた手つきで報告書を引き延ばし空中で高速記入!!


「うおおぉおおおおお!」


 間諜報告第…………以下省略!



『拝啓、魔王様──────








 …………何とかして!!!!! まる』




 そう書きなぐると、魔道具の使い魔───高速通信の『隠密バード』を呼び出すと、魔王府に向けて飛ばした!!

 普段からこれを使って通信しているのだが、こういう使い方もある!!



 報告書と……………………………………爆発寸前の魔法結晶を乗せて!!



「いっけぇぇぇええええ!!」






 キュゴ─────────!!






 恐ろしい速度で飛んでいく隠密バード。

 普段は巻物状に収納されているが、一度魔力を籠めれば鳥の形を成し、主人の言う事を聞く。


 もとは魔法生物のそれ。

 役目は単純明快───登録地に高速かつコッソリと物資などを運ぶことができる代物である。


 非常に高価で、希少品。

 魔王軍の秘密兵器でもある。


 特に登録地へ送る場合は、地点登録が容易なため一瞬で送り届けることが可能なのだ。

 かわりに、魔王からヴァンプに送る場合は居場所の特定が難しいため、捜索しつつの通信になるため遅れがちなのが珠に傷である。


 他にもモンスターに伝令を頼む場合もあるが、時間がかかるうえ不確実である。

 隠密バードなら緊急連絡も可能であるし、なにより早い!!



 だから、こんな時に使うのである。



「よし!!」


 グっとガッツポーズを決めたヴァンプ!

 これで任務が継続できると───。


 途中で爆発しても良し───。

 よしんば、魔王城まで到達しても、あそこには侵入者を防ぐための結界バリアーがある。

 それはサオリの結界にも引けを取らない強力なもの!



(魔王様───後は頼みます!!)




 高空をカッ飛んでいく隠密バードを見送りながら満足げに微笑んでいた。

 


 それを茫然と見ていたサオリ。

 彼女はガクリと膝をつく。


 魔法結晶を失ったことにより、一時的に魔力を失ったのだろう。

 龍化魔法が解け、元の姿に戻っていた。


 シュウシュウと湯気が出た先には一糸まとわぬサオリの姿。



「ヴぁ……ヴァンプ───アタシ」


 ようやくとんでもないことをしでかしたことに気付いたのか、手を見てワナワナと震えている。

 そこにスタン!! と意味もなく一回転してから着地したヴァンプが、


「やっちゃったスね───サオリさん」


 周辺には被害がないものの、勇者ナナミに切りかかったことは事実。

 明確な背任行為である。


 それを追及されればサオリとて重罪に問われかねない。


 いくら激高していたとはいえ、とても許される事ではない。

 しかし、悠久の時を過ごす仲間が見つかったことで舞い上がっていたのも事実……。


 生娘じゃあるまいしと、自嘲気味に俯くサオリであったが、ヴァンプが傍に立ったことでビクリと震える。


「あ、アタシは……アタシは───」

「………………そんな格好じゃ風邪ひくっスよ」


 ニッと、笑うヴァンプ。

 そっと上着をかけられ思わずその顔を見上げたサオリ。

 しかし、ヴァンプはやけにいい顔をしていて、サオリを責める色がまったくなかったので、逆にが唖然としてしまった。


「ば、バカな……。アタシは……アタシはアナタとナナミを───」


 自らの体を抱きしめガタガタと震えるサオリは、本当に今さらながら恐ろしいことをしでかしたと理解したのだろう。

 本当にさっきまでに自分はどうかしていたと───……。


「なんの話ッスか? ん、ね。ナナミっち」

「え? あ……うん……。っていうか上着……」


 ナナミがサオリが貰った上着を羨ましそうに見ている。

 そういえば、ナナミも鎧は無事だが、下に来ていた服は全焼。


 中々際どい恰好になっている。


「ん? ナナミっち、隠す程立派なもん───ほぐわっ!」


 ドス───と、思いっきり鳩尾を殴られ、体をくの字にしてのたうつヴァンプ。


「れ、レバーが……レバーがぁぁぁあ」


 ジタバタと暴れるヴァンプから、肌着を召し取っていくサオリ。


「ふんだ! 乙女心をわからない奴には鉄槌なんだから、くんかくんか」


 ヴァンプの肌着を嗅ぎつつ去っていくサオリ。


「おっふ……。それ、俺ッチの武器が仕込んでるんだからあとで返してね、プリーズ」


 服を剥ぎ取られ上半身裸のヴァンプ。

 その引き締まった体躯を見て、思いがけずサオリは顔を真っ赤にして俯いてしまった。


「ひゃ……!」

「どうしたんス? サオリさん」


 あわあわと脂汗をかくサオリ。

 そして、ヴァンプの服から香る彼の匂いに脳髄が解かされるような想いに、顔を直視できずに後退りする。


「く、来るな! 見るな! あっち行け!」

 そして、今更ながら自分が裸でいることを思い出し、さらに顔を真っ赤に染める。


「いや、そーいわれても……。ナナミっちがいない今だからちょうどいいかなと思って───」


 な?!


「ちょ、ちょうどいいだと?! な、何をするつもりだ! ナニか? ナニするつもりか?!」


 きゃー!


「いや、サオリsなんが何を言っているかさっぱりわからないッス」

「う、うううう、うるさい! あっちいけバーカ!」


 小娘のように取り乱すサオリに疲れた顔のヴァンプ。


「はぁ……。取りあえず、今回の件は誤魔化してあげるッス。ナナミっちにもあとで言っておくから、サオリさんは忘れてください」

「え? ええ?…………だけど、アタシは───」


 サオリは分かっていた。

 自分にしでかしたことが許される事ではないと───。


「おあいこってことで、ほら、自分……その、」


 ポリポリと頬を掻くヴァンプ。

 はっきりと魔族のことは黙っていて欲しいと、言いたいのだが、自分で正体をばらすわけにもいかない。


 だが、サオリは聡明な女性だ。

 言わずとも理解してくれるだろう。


「あ……あぁ。そういうことね。───……大丈夫ですよ」


 サオリも表情を穏やかにすると、


「……なにか事情があるのでしょう? ヴァンプの働きを見ていて、魔王軍だとは思っていません……。アナタは、ただの一族だというだけの、無頼の戦士……」


 勇者パーティ。斥候スカウトのヴァンプ。


「そうでしょう?」

「あ、はい」


 いや、まぁ……魔王軍なんだけどね。

 なんかいい感じに勘違いしてくれたから、ほっとこう。

 

「そして、ナナミやクリスティを見て、そしてアナタを知ってようやく理解しました。彼女たちがアナタを慕う理由……」

「はぁ?」


 ポッと頬を染めたサオリ。


「優しく、聡明で…………強く、そして情熱的───」


 ヴァンプ。


「───アナタをお慕いしております」

「いや、なんで?」


 なんでそーなるの?

 意味わかんない……。


 潤んだ瞳でヴァンプを見上げるサオリ。

 

 …………うん。超迷惑。

 だって、メンヘラさんはちょっと……というか、かなりヤダ。


 メンヘラじゃなくても、勇者パーティは絶対ヤダ。


「いいのです。アナタがナナミやクリスティを好いていたとしても───アタシには時間がある」


 そう、ハイエルフには悠久の時間が……。


「無限の時間があります───ですから、待ちますよ。彼女らが想いを遂げ───……アナタと添い遂げようとも、そのあとにはいくらでも時間があります。今さら、百年、二百年どうということじゃありません。アタシは、」


 そう、サオリは───。


「初めて、悠久に時があることを感謝します…………」


 そう言って体を掻き抱くちょっとあれなハイエルフのお姉さん。

 ちなみにヴァンプさん、どん引きしてました。


「あのー……俺ッチの言葉、誰も聞いてくれないの、なんで?」

 ほんと、なんで?


 ナナミとクリスティだけでもうんざりしてるのに、この人何言ってんの?


 ねぇ、

 ねぇ、


 ねぇぇええええ!!



「ありがとう…………ヴァンプ」



 そう言って、晴れやかな顔をしたサオリ。

 この日より、更に一層美しく、聡明な魔術師としてサオリは精力的に働いていくことになる。


 もはや、厭世めいたことを言わず、全力で事に臨み───禁忌魔法すら惜しまずに使う最強の魔術師として。


 勇者パーティの超火力、サオリが覚悟を決めたのは、そんな何でもない日のことであった。

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