6ー4 朽ちた管理棟の秘密
ひしゃげたスチールキャビネットに、塵の積もった事務机。足を踏み入れた管理棟の中は、大方の予想通りの有様だった。
事務机の上に、古めかしいノート型パソコンが置かれている。試しに電源ボタンを押してみたが、当然ながらうんともすんとも言わない。
「まさかこのパソコンからあのメッセージを送ったわけじゃないよね」
「他にもどこかにコンピュータがあるんでしょうか」
「おい、向こうにも部屋があるぜ」
奥の部屋に続く扉は、蝶番ごと外れて床に倒れていた。残されたドア枠も見るからに歪んでいる。
「もう完全に崩れかけてんじゃねぇか」
「この調子だと、ひと暴れしたら建物ごと倒壊するかもね」
「……あ、やっぱり何か聞こえますね」
足を止め、耳を澄ませる。
確かに、どこからか地鳴りのような音がする。
「下からかもしれねぇな」
「もしや、地下に何かある?」
「入り口がないか探してみましょう」
奥の部屋へ進み入ると、それはあっさり見つかった。
傾いだ衝立の向こう。ひび割れた床に、一メートル四方ほどの穴が空いていたのだ。音はそこから響いてきている。
「これ、どうやって降りればいいんだろうな」
「暗すぎて何も見えないね」
シュカがシールドを下ろし、暗視機能をオンにしようとした矢先。
「……えっ? わっ! 何?」
慌てて飛び退く。突然、穴の奥から何かが静かにせり上がってきたのだ。
穴と同じサイズの床板。その上に、ひと抱えほどの鋼鉄製の箱が載っている。よく見れば、足元は小型のキャタピラだ。
アンジが首を傾げる。
「まさかこれが宇宙人?」
「いや違うでしょ……」
「あっ、動き始めましたよ」
キャタピラが独りでに稼動し、床の凹凸や障害物を物ともせずに外へと向かっていく。
三人はそれを追って建物を出た。
謎の箱の足は案外速い。いつの間にか少し離れたスクラップの山と山の谷間で止まっている。
様子を物陰から静観していると、箱の蓋がぱかりと開いた。
その中から、大人が掌を広げたぐらいの大きさの双角錐と無数の粒状のものが飛び出し、広範囲に散らばった。
「何ですかね、あれ……」
「……ねぇ、見て」
地に転がる双角錐が赤みがかった光を纏い、ばちばちと音を立てて帯電し始める。途端、粒状のものが落下した付近のスクラップが、そこへ引き寄せられていく。
そして驚くべきことに、打ち棄てられていた不用品が徐々に一つに纏まっていき、獣のような形へと変じたのである。
見慣れたスクラップ・ビーストだ。
「うおお、マジか……」
「磁力かな? たぶん、あの粒みたいなやつに通電して、スクラップを引き付けて成形してるんだ」
「あっ……ターゲットマーク見てください。さっきの光ってたやつが
エータの言う通り、シールド上に表示されたターゲットマークは、球体から飛び出てきた双角錐があると思しき位置を示している。
あのキャタピラ付きの箱は、三人がクリーチャーの誕生に気を取られているうちに建物の中へと戻っていってしまったようだ。
「……なぁ、このビースト、ちょうどお
往路の半ばほどで見かけたドラゴンよりやや大柄、中型程度の大きさだ。
「あー、確かに。パパッとやっちゃおうか」
「えっ? あの、もしや、僕の卒業テストですか?」
「他に何があるってんだ」
「管理棟を調べるのに、邪魔されても嫌だしね」
言うなり、シュカとアンジの声が揃う。
「“オペレーション”!」
二人のスカイスーツの電導ラインに光が灯り、飛行装置が起動する。
二人同時にブレード・ウェポンを抜き、刃を振り出す。シュカはロングソード、アンジは
地を蹴って敵に向かいつつ、インカム越しに指示を飛ばす。
『俺ら二人で動きを止めるから、エータは
「銃でいいから、身体を削って!」
『は、はいっ!』
遅れたエータが、小さく「オペレーション」と呟いた。
シュカは右から、アンジは左から。間断なく繰り出す連撃に、中型ビーストごときが太刀打ちできるはずもない。
そもそも生まれたばかりで準備が整っていなかったのか、敵はロクな抵抗もできぬまま構成物を削り取られていく。
エータの放った弾丸がその身体を穿つ。対象が攻撃を受けて暴れているにも関わらず、
前脚が斬り落とされ、ビーストは地に倒れ伏す。
胴は抉れ、
『エータ!』
『はい!』
エータの最後の一発は、やはり過たず目標を貫いた。
オペレーション開始からおよそ三十秒。まさに瞬殺である。
シュカはエータの肩を叩いて労った。
「ナイス、エータくん!」
「いえ、お二人のおかげです。でも、卒業テストってこんなんでいいんですか?」
「うん、卒業テストは『中型クリーチャーの
一方で、クリーチャーの残骸を調べていたアンジが小さく唸った。
「うーん、結局、
「これまでの狩りでも、変わったものは出てこなかったもんね。こうやって形跡を残さないようにする仕様なのかも」
「そもそも、クリーチャーの原動力って何なんでしょうね。謎の隕石の力だと思ってたから、大して気にも留めてませんでしたけど。あれを運んできたキャタピラで動く箱なんか、明らかな人工物ですよね」
「そりゃあ……」
三人の視線が、管理棟へと向く。
「調べるっきゃねぇな」
建物内の、例の部屋に戻る。
四角い穴はまた口を開けている。恐らく、あの箱が地上と地下を行き来するエレベーターのようなものなのだろう。
「どっかに昇降スイッチみたいなのがあるかもしれねぇけど、探すの面倒だからこのまま降りようぜ」
「了解」
アンジ、シュカ、エータの順に、飛行装置で速度調整しながら穴の中へと降りていく。思いの
靴底の触れた床は鋼鉄製らしい。自分たちの装備からの発光で、周囲が朧げに照らし出されている。シールドの暗視機能とも相まって、辺りにあるものの輪郭が判別可能となった。
「何なんだ、ここは」
そこは学校の体育館程度の広さの空間だった。一般的な高さの天井に、地響きにも似た唸りと振動が反響している。
部屋の大部分を、巨大な複数の装置が占拠していた。耳障りな音はそれらの機械から出ている。
「結構うるせぇな。この機械で
「かもね。いったい誰が、何のために」
「あれ? あっちでゴリゴリって変な音がしませんか?」
エータはそう言って、一つの装置の奥へと回り込んだ。
が。
「うっ、うわぁぁぁぁぁ!」
「は?」
「何?」
只事ではない悲鳴に、シュカとアンジもそちらへ足を運ぶ。
「どうした?」
「あっ、あれ、あれをっ……ほ、ほほ、ほ」
「ほ?」
エータが指をさす方に視線を向ける。何か、壁からダクトのようなものが伸び、大型の機械に繋がっている。
そのダクトの半ば辺りに、覗き窓があった。
歩み寄って中身を覗き、そこにあるものを認識するや、シュカは思わずびくりとした。
「……えっ?」
ダクトの中を、コンベヤーで流れていく白っぽいもの。
その一つと、目が合う。
否、目があったであろう部分と。
「ほ、骨……?」
それは、紛れもなく、人間の頭蓋骨だった。
よく見れば頭部だけでなく、他の部位の骨もある。コンベヤーに載せられた人骨は、ダクトを通って機械の中へと吸い込まれていった。直後、ゴリゴリという破砕音が聞こえてくる。
「な、何ですかこれ……なんで、こんな……」
「なぁ、この壁の穴の奥って……スクラップ投棄エリアの隣ってさ……」
「うん……火葬場、だよね」
このエリアに入る前、火葬場へ向かうワゴン車を見た。
旧時代から稼働している古い施設。
大陸戦争中は処理が追い付かず、運ばれてきた遺体が山と積まれていたという。二十五年前に戦争が終わってからの数年間、その数は最も多かったらしい。
それらの遺体は、いったいどこへ消えたのか。
スクラップ・クリーチャーが出現し始めたのは、二十年前のことなのだ。
シュカは震える声で呟く。
「まさか、
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