第4章 疑惑
4ー1 快楽主義の男
スクラップ投棄エリアでの一件は、ノース地方局でも一切報道されず、世間があの爆発事件について知ることのないまま一週間が過ぎ去った。
一方、メディアでは専門家がスクラップ・クリーチャーや当該エリアの危険性を指摘し、レアメタル資源奪還の必要性を説いていた。
『今の時代、レアメタルを旧時代のスクラップのリサイクルに頼るのはあまりに非効率です。例の怪物がいつ街へ襲い掛かってくるかも分からない。潤沢な天然資源を得られるようになれば、あのような危険物と同居してまで過去の遺物に固執することもなくなるはずです』
どうあっても、この国は戦争へ向かいたいらしい。
レアメタル・ハンターとしてスクラップ・クリーチャーを狩る立場にも関わらず、そうした意見を耳にするたび、シュカには他人事のようにしか思えなかった。
まるで磨りガラスの向こう側のことのようだ、と。
そして、特別任務から十日後。
シュカはアンジと共に国防統括司令部から呼び出しを受けた。例の爆発事故のことで話があると言う。
トバリはまだ入院中だ。現在はシュカが統括リーダー代理となっている。非常事態ということもあり、センターの誰しもが淡々と目の前の仕事をこなしていた。
ただでさえ人手の欠けたところへ、二人の出張によって更に穴を開けてしまうことになったが、あのヒガシやニシクラの文句を聞いている暇もなかった。
国防統括司令部があるセントラル・シティは、ノース・シティからリニア鉄道で約一時間。久々の遠出である。
最高時速六〇五キロ。車窓からの景色が瞬時に流れていく。徐々に緑の割合が増えてきて、時々遠目に海も見える。
車内には空席が目立っていた。
ノース・シティは辺境の街だが、市内だけで生活に必要なほとんどが事足りるため、そもそも鉄道の利用者は多くない。
加えて、セントラル市内では現在、戦争推進派の演説やら反戦デモやらが連日のように行われているらしい。ピリピリしたこの時期に敢えて首都へ赴く人は少ないのだろう。
ふと、向かいに座った男がニヤついた顔で自分を眺めていることに、シュカは気付いた。
「……何?」
「いや、シュカさんがしっかり化粧してるの珍しいなと思ってさ」
今日は普段より丁寧にメイクをした。ショートボブの髪も珍しくちゃんとブローしてある。きっちり着込んだジャケットは、ノース・リサイクルセンターのハンターチームの制服だ。
「いつも適当で悪かったな」
「……ほら、ギャップがアリってこともある」
「ちょっと、何のフォローにもなってないんだけど。そう言うアンジは今日も相変わらずだらしないね。その髪と髭で大丈夫なの?」
アンジは普段通り、緩く癖のあるアッシュグレーの長髪を後ろで一つに結い、顎に無精髭を生やし、制服を着崩している。とても軍の呼び出しに応じる格好とは思えない。
「わざわざこのために髪切るの面倒臭ぇし、髭は剃り忘れた」
「出向の身とは言え、もし本当に戦争が始まったら出戻りもあるかもしれないんだからさ。目ぇ付けられて最前線に送られるよ」
「あんのかな。うわー最悪。そういうのが嫌で出向の希望を出したのに」
「おい、そもそも何で軍に入った……?」
アンジは口の片端を上げる。
「んー……俺、小さい頃から正義のヒーローに憧れててさ。兵士になったらカッコよく人助けできると思ってたんだよ。でも実際やったことって言ったら、人殺しの訓練ばっかだった」
「あぁ……」
陸軍の戦闘訓練で使われるVR映像には、敵として他国の兵士が登場する。敵兵を見たら躊躇うことなく引き金を引けと教えられた。
「その点、レアメタル・ハンターは人の暮らしに役立つ仕事だろ。そっちのがいいに決まってるよ。出世の道から外れたとしてもな」
「まぁ、ね」
思いのほか真面目な答えが返ってきて、内心驚いた。
「と、いうのは理由の半分で」
「半分かい」
「軍隊のお堅い雰囲気が、俺には合わなかったんだよ。シュカさん見てたら、ハンター楽しそうだったし。やっぱ、楽しく生きて楽しく死にたいじゃねぇか」
アンジとは同期ではあるが、彼がノース・リサイクルセンターにやってきたのはシュカより二年後だ。
それなのに、今やアンジはリニア支部のチーフを務めている。いくらシュカが途中で育児休暇を取っていたとはいえ、役職を追い抜かされてしまった事実にはあまり釈然としない。
それにしても、楽しく死ぬ、とは。
「アンジはさ……怖いと思うことってないの?」
「怖い? 何が?」
「いや、だから、戦うことがだよ。人殺しが嫌ってのは分かったけど。自分が死ぬかもしれない、誰かが死ぬかもしれない。そういうことについて、怖いとは思わないの?」
「うーん、よく分かんねぇんだよな、そういうの。……あ、でも俺、シュカさんが死ぬのは嫌だな」
ぐらりと、カーブに差し掛かった列車が揺れる。
アンジが長い脚をゆったりと組み、やたらと甘い視線を寄越してくる。
シュカは無の表情になった。
「いや、そういうのいいから」
「はは、やっぱ駄目か」
すぐに本心をはぐらかし、何を考えているのか分からない。微かに苛立ちが湧き立つ。
「あのね、戦いが怖いかどうかって話をしてんの。アンジは割といつも冷静でいるように見えるから」
「そう? でも戦いの時にテンパってたら面白くねぇだろ。楽しいか楽しくないか。俺にとっちゃ、それだけなんだよ」
この男は根っからの快楽主義者なのだ。
時々、ほんの少し、それが羨ましくなる。
「やっぱりムカつくわ、あんた」
シュカが小さく毒付くと、アンジは軽く笑った。
「まぁ何にせよ、俺には正義のヒーローなんて向いちゃいねぇってことだ」
「そんなの誰だってそうでしょ。実際、戦争なんて始まっちゃったら、正義も悪もないよ」
「そうかもな。でもシュカさんはある意味じゃ正義の人だろ。養護施設の援助とかしてたよな、確か」
「昔の話ね。援助なんて、そんな大層なことじゃない。結局お世話になった分も返せてないから。今はもう、自分の生活で手一杯だよ」
シュカが高校卒業まで暮らしていた、ノース・シティの児童養護施設。八歳で戦争孤児となり、一時はショックで口もきけなくなっていたシュカの心を受け止め、癒し、前を向かせてくれたのは、施設の先生や仲間たちだった。
大切な人たちを守りたいと、そもそも志した道だった。陸軍への入隊当初、シュカは恩返しのつもりで給金の一部を施設に寄付していた。だが結婚して子供が生まれてからは、そんな余裕もなくなった。現在のような状況であれば尚更のことだ。
歳を重ねるごとに自分の無力を実感するのはなぜだろう。世の中には、できることの方がずっと少ない。
「それこそ、誰だってそうだろ。みんな自分の手の届く範囲でしか動けねぇんだ。それ以上のことをやろうとすると、どうしてもどっかで無理が出てくる。逆に言えば、必要最低限のとこだけでもしっかり責任持ってやれてるんならいいんじゃねぇの」
他意のない、むしろこちらを慮るその言葉は、しかしシュカの胸の奥をちくりと刺した。
シュカは独り言のように口を開く。
「子供を育てながらってことを考えるとさ、本当はもっと安全な仕事を選んだ方がいいんだよね。自分でも分かってるんだよ」
「……普段のワーム狩りだったら、ただの単純作業だ。あれでヘマするようなシュカさんじゃねぇだろ」
「そうだけど……」
静かに瞬きを繰り返す。二度、三度。そこにあるはずのない何かを探すように、自分の膝の上に目を落としたままで。
列車がトンネルに入った。闇に塗られた窓ガラスに、差し向かいで座る二人が映っている。そうでありながら、互いの視線が交わることはない。
最高時速に近いスピードで走る列車はあっという間にトンネルを抜け、外は再び明るくなった。
「今度また特別任務があったとしても、俺や他の奴らに任せとけって。もちろんエース不在のチームは戦力的に心許ないが、母ちゃんのいない家はもっと心許ないだろ。しょうがねぇから、シュカさんのことはカンザキジュニアに譲るぜ」
「何ポジションの人なの、あんたは」
一瞬の間。
「俺はただの自由人だよ」
「……それは知ってた」
アンジは空っぽの両手を広げ、肩をすくめた。
「まぁ、俺は本部にヘルプで入ってるだけだから、好き勝手に何とでも言えるみたいなとこはあるけどな」
「ううん、それでも……ありがとう、ちょっと気が楽になった」
「なら良かった。何にせよ人手不足が一番の問題だし、今日ついでに相談してみようぜ。クリーチャーの進化のことも気になるしな」
無精髭の散った口元がにぃっと笑みの形になったので、シュカもつられて頬を緩める。
重たい気持ちの上澄みだけ、さっとどこかへ流れていった。
程なくして、車内アナウンスが掛かる。間もなく到着だ。
列車が徐々に速度を落とし、外を行き過ぎる景色も視認しやすくなってくる。乱立するビルの合間を縫うように、二人の乗る車両も巨大な駅のホームへ滑り込んでいく。
「久々の都会だな。昼メシ何食おうかな」
「ごはんは爆発事件の真相を聞いてからね」
揃って席を立つ。
一歩列車を降りれば、そこはこの国の中枢機関が集まる街、セントラル・シティだ。
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