4ー2 動かぬ事実と届かぬ嘆願

 人の頭の高さにスキャナーの設置された中央改札口を通る。ここでうなじに埋め込まれた電脳チップが読み取られ、運賃の精算ができる仕組みだ。

 同時に、いつ、誰が、どこの出口を通ったかという記録もなされるため、犯罪捜査などにも利用されている。こうしたところにも、IoH(IDEA-net of Human)は活かされているのだ。


 シュカとアンジは駅を出て自動運転のタクシーを拾い、国防統括司令部へと向かう。

 窓の外を流れていく街並みは、以前ここを訪れた時と比べても、大きく変わったようには思えない。極めて普通の、平穏な風景だ。ましてや、この国が戦争へ向かっているなどとは。


 やがて目的地が見えてくる。

 広い敷地の中心にどっしりと鎮座するような、全面ガラス張りの壁面を持つ建造物。陸軍からノース・リサイクルセンターへの出向を命じられた時に入ったきりの場所だ。


 建物に入る前に、アンジの着崩した制服を正してやった。対面に立ち、合わせを閉じてバックルを留める。そんなシュカをニヤニヤしながら眺めるアンジに、仕上げとばかりに腹パンチを喰らわせた。


「うぐっ……ひ、酷くない?」

「やかましいわ」


 玄関の守衛二名に一礼して、電脳チップ認証ゲートを通過する。エントランスホールの正面にある受付パネルに、シュカは要件を告げる。


「ノース・リサイクルセンター本部のカンザキと、リニア支部のキドです。特定危険対策室のマチダ室長のお呼び立てで参りました」

『どうぞ、正面のエレベーターで四階にお上がりください』


 スピーカーから女性の声でそう案内され、二人はエレベーターに乗り込んだ。

 四階で降り、廊下を進んだ突き当たりに『特定危険対策室』はあった。ガラス扉の向こうに、数人の事務官が入力作業を行なっているのが見える。

 インターホンで用件を告げると、その部屋の隣の応接室に通された。


 滑らかなベルベット生地の、やたら身が沈み込むソファに腰を下ろしてすぐ、事務官の制服を着た女性が茶を運んでくる。アンジが彼女にへらりと愛想を振り撒いた。

 肩までの栗色の髪の、細身で可愛らしい女性だった。よく見ると、襟元に室長付事務官であることを示すバッチが付いている。


 女性が下がって数分後、再び扉が開き、恰幅のいい人物が入ってきた。

 左胸にずらりと並んだ勲章。綺麗に禿げ上がった頭部に、ぎょろりとした特徴的な目をした五十代後半の男。陸軍大将を務め上げた後に今の地位に就いた、マチダ特定危険対策室室長その人である。


 二人揃って立ち上がり、機敏な動作で敬礼する。


「ノース・リサイクルセンター本部、カンザキ・シュカです」

「同リニア支部、キド・アンジです」

「あぁ、楽に」


 そう促され、一礼して腰を下ろす。


「二人とも、遠いところを済まなかったね。カンザキさんは二年ぶりだったかな」

「えぇ、その節は」

「息子さんは? 大きくなっただろうね」

「五歳になりました」

「そうか、早いねぇ」

「えぇ、お陰さまで」


 マチダはその地位や見た目の厳つさに反してかなり気さくな人柄である。前に会ったのは、レイの葬儀の時だ。


「さて、さっそく本題だが……先日のスクラップ投棄エリアでの爆破事件のことだ。まず先に言っておくと、本件についてはここだけの話ということにしてほしい。もちろん、トバリくんには改めて話をするが」

「……分かりました」


 にわかに緊張感が高まる。

 マチダは、姿勢を正した二人を順に見てから、再び口を開いた。


「あの爆発の原因は、自爆テロだ。それも軍内部の者による」


 シュカはぱちりと瞬きをする。


「内部犯による自爆テロ、ですか?」

「そうだ。説明するより、映像を見てもらった方が早いだろう」


 マチダが懐から携帯用マルチデバイスを取り出した。装置に電源が入れられ、空中に静止状態の映像が投影される。


 鋼鉄の壁。作業服姿の民間設備業者の男性。そして、三人の兵士。それを、斜め上からのアングルで見たものである。


「当時の状況を映した、監視カメラの映像記録だ」


 それは確かに、見覚えのある風景だった。持ち場を守る兵士たちの姿も、表示された日時も、当時と一致している。


 映像が再生されると、ほどなくして異変は始まった。それまでぴしりと隙なく辺りを警戒していた三人が、突然姿勢を崩したのだ。

 三人揃ってどうしたのだろうと、シュカは一瞬思った。一人はヘルメットに手を添え、残る二人は首を捻るような動作をしている。

 だが、そうこうするうちに、驚くべきことが起こった。

 彼らが一様に、腰ベルトから何かを外して手に取ったのだ。

 手榴弾である。


「あ……」


 その状況を理解し、そしてこれから何が起こるのかを察した瞬間、シュカは思わず声を漏らした。


 兵士たちは一切の躊躇もなく手榴弾のピンを抜き去る。そして、迷いのない足取りで操作パネルに近づいていく。彼らに背を向けて仕事を続ける作業員が、それに気付く様子はない。

 兵士の一人がパネルに手を伸ばして扉の開閉スイッチを押したことで、不審に思ったらしい作業員が振り返る。


 刹那。

 画面が、真っ白な閃光で塗り潰された。

 この眩い光は、シュカの記憶にも残っている。同時にこの身を襲った轟音と爆風も。


 それは、ほんの五秒程度の間の出来事だった。

 やがて、空中に浮かぶ白い長方形の中に、ぼんやりした輪郭が戻り始める。

 そうして映し出されたのは、黒く焦げた鋼鉄の壁と、そこから放射状に散らばる男たちの残骸だ。意図せず、煙たい空気に混じった蛋白質の焼ける臭いを思い出す。

 そこで映像の再生は終わった。


「以上だ」


 装置が切られ、部屋に静寂が戻ってくる。

 シュカもアンジも、しばらく無言だった。

 今しがた目にしたものが、シュカにはどうにも信じられなかった。


 ——じ、自分、シュカさんの立体写真ホログラビア持ってますッ!


 あの三人のうちの一人とは会話もしたが、至って普通の青年に見えたのに。

 だが、こうして監視カメラに記録されている以上、紛れもない事実なのだ。


「彼らがなぜそんなことをしたのか、今となっては訊く術もないが、反戦を掲げる組織と関係があった可能性を警察公安部にて調査中だ。仮にそうであった場合、事実を公表するのは不味い。君たちにも分かるね?」

「……軍内部に反体制派が入り込んでいたことを大々的に認めると、国民へ不安を与えかねないから、ということですかね」


 要は軍の失態を隠すためだ。

 アンジの選んだ返答に、マチダは深く頷く。


「その通り。今のところ犯行声明などは出されていないが、慎重に動く必要がある。それゆえ、世間的には爆発事故そのものを公表しないことにする。あの民間の設備業者にも口止めした」


 そこまで言うと、マチダは表情と口調を僅かに緩めた。


「犠牲者が四人も出たでしょ、この件。居合わせた君たちにはきちんと説明しておかないとと思ってね。爆発のせいではないが、トバリくんも重傷を負ったわけだしね」

「そうですね……」

「君たちを信用してのことだ。この件はどうか内密に願いたい」


 穏やかな口ぶりではあるが、有無を言わさぬ圧力を感じる。マチダから直々にこう告げられては、首を縦に振るほかないだろう。

 二人が了承の意を示すと、マチダは腰を浮かせかけた。それを、シュカが引き止める。


「すみません、マチダ室長。少しよろしいでしょうか。スクラップ・クリーチャーのことで」

「あぁ、どうぞ」

くだんの任務時のクリーチャーたちに、いささか気になる点がありました。奴らが意思を持って動いてるように見えたというか……前と比べて進化してるように思えるんですが」

「進化?」


 大型ビーストが雑魚を従えていたこと。コアを示すターゲットマークが消えた後でもクリーチャーが襲ってきたこと。

 アンジがあの時の様子を説明すると、マチダは嘆息して頷いた。


「なるほど、それは確かに気になるね。二年前のこともあるし……スクラップ投棄エリアは今後も厳重に封鎖するべきだな。余程のことがない限り、もうあのエリア内での任務は実施しないようにしよう」


 やはり、積極的な対策は行わないらしい。


「エリア外に出現するワームはどうだ? 何か変化があるのであれば、教えてほしい」

「ワームそのものには、目立った変化はないですね。出現範囲が拡がったことは大いに問題ですが」


 そこで、シュカとアンジはどちらからともなく目配せした。二人して居住まいを正し、マチダに向き直る。


「……マチダ室長。我々ハンターチームは現在、トバリ統括リーダーの負傷により、人手の面でますます厳しい状態に陥っています。どうか人員補填をお願いできませんでしょうか」

「もしくは、クリーチャー発生数増加の原因を調査し、何らかの対策をしていただければと思います」


 二人が口々にそう言うと、うーん、とマチダは唸る。


「君たちの状況が厳しいのは、もちろんよく知っているよ。いつも苦労をかけて申し訳ない。しかし、国防統括司令部、ひいては国政全体の方針として、現在そちらに手を割くことが難しいのだ。私としても心苦しいが、どうか理解してほしい」

「そうですか……」


 ダメ元ではあったが、はっきりそう告げられてしまうと消沈せざるを得ない。


「ただ、先ほど報告してもらったターゲットマークのことは、日々クリーチャーと戦う君たちにとっては死活問題だろう。エネルギー感知の精度を上げるよう、取り急ぎ開発部門に話をしておこう」

「……ありがとうございます」


「こんな状況も、あと少しの辛抱だ。当面は無理のない範囲で、


「……当面、と言いますと」

「ほら、いずれレアメタルも、クリーチャーから回収する分なんかに頼らなくても良くなる時が来るから」


 世間話のようなトーンだが、その言葉の意味するものに、背筋が薄ら寒くなった。

 磨りガラスの向こうにあるもの。日常の流れるこちら側からは見通せなくとも、確かに何かが変化しつつあるのだ。


「しかし現状のままでと言うのは、さすがに厳しいだろう。そこで多少なりとも助力になるように、君たちには新しい装備を用意した。今日来てもらったのは、その試運転をしてもらう目的でもあるんだよ。おーい、ハスミさーん」


 マチダの呼び掛けに応じ、先ほどの女性が顔を見せる。


「彼らに例のものを。中庭でシミュレーションするといいかな。案内してあげて」

「分かりました」

「じゃあカンザキさんとキドくん、新装備よろしくね。良かったら人数分用意するから。短時間で申し訳ないが、私はこれで」

「はい、ありがとうございます。失礼いたします」

「……失礼いたします」


 敬礼してマチダを見送る。忙しい身なのだろう。

 その場に残ったハスミという名の事務官が、淡々と言った。


「ではお二方、ご案内します」

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