4ー3 ウィングフォーム
スカイスーツを借り、国防統括司令部の中庭で新装備を試すことになった。
ヘルメットも借り物で、色は真っ黒だ。鳥の頭のような形状とも相まって、何だかカラスのようである。
「バッテリーケースを改良し、飛行機のような翼を組み込みました。電動ファンを両翼に各二基ずつ搭載しています。もちろん従来のBMIアプリとも連動しており、思念による操作で出し入れ可能です」
マチダ特定危険対策室室長の専任事務官であるハスミから、そんな説明を受けた。
二人は新しいリュック型バッテリーを背負う。見た目には然程の差異はないが、多少重くなった気がする。
「じゃあ、とりあえずやってみますね。“オペレーション”」
シュカのスカイスーツの電導ラインに光が灯る。
背中に意識を向けると、バッテリーケースに折り畳まれて収納されていた黒い翼が大きく広がった。ちょうど両腕を真横に伸ばしたぐらいの長さのものだ。
ほぼ同時に、翼、背中、大腿部にある計十六基の電動ファンが回り始めた。シュカの身体は、ごく自然にふわりと浮き上がる。そのまま五メートルほどの高さまで昇り、辺りをぐるりと旋回してから、芝生の生え揃った地面へ降りた。
「操作は問題ないね。飛行姿勢に安定感があるし、スピードも前より出せるかも」
「おっ、俺やってみるわ」
アンジはファンを一斉に駆動させつつ、地を蹴って飛び立った。真上へ向けて猛スピードで推進する長身が、瞬く間に小さくなっていく。それを視線で追うと、まだ高い位置にある太陽の光に目が眩んだ。
「あんまり太陽に近づき過ぎると翼が溶けるよ」
『大丈夫大丈夫。俺にはシュカさんっていう心強い友がついてるから』
「は? 人違いだけど」
『えー、酷ぇな』
ヘルメットの内蔵インカムで軽口を叩き合う。
やがて急降下してきたアンジは、地表すれすれで方向転換して水平飛行に切り替え、シュカの腰の位置程度の高さでしばらく飛び回ってから着地した。シールドを上げ、機嫌よく笑みを零す。
「いいな、これ。上手いこと風に乗ったらもっと高く速く飛べそう。ただ、この翼の分の身幅をちゃんと意識しておかないと、どっかに引っ掛けて事故になるな」
「それは確かに。ワームの巣にダイブする時なんかは収納しといた方が良さそうだね」
二人が空を飛ぶ様子を携帯用マルチデバイスで撮影していたハスミが、感心したように言う。
「すごいですね、一瞬で使いこなすなんて。噂に聞いていた通りです」
美しくカールした長い睫毛の下から、きらきらした瞳がじっとシュカを見つめている。その眼差しに何らかの機微を感じ、シュカは軽く首を傾げた。
その時ふと、彼女の『ハスミ』という名前を最近どこかで耳にしたような気がした。しかし、それがいつのことだったのかを思い出すより先に、アンジが口を挟んでくる。
「コツさえ掴めばどうってことないさ。ハスミさんもやってみる? 良かったら俺が教えてあげるよ。空飛ぶの楽しいよ」
「えっ?」
「阿呆か!」
アンジの側頭部をヘルメット越しに思い切り叩く。マチダ室長直属の部下をナンパするとは、命知らずにも程がある。万が一愛人だったらどうする。
シュカはハスミに向き直り、慌てて頭を下げた。
「大変失礼しました。この新装備、ぜひ使いたいので手配をお願いできますか?」
「承知いたしました。気に入っていただけて良かったです」
苦笑混じりでハスミは答える。真面目そうに見えるが、さらっと流してくれるタイプの女性で良かった。
業務の忙しい時期に遠路はるばるやってきたわけだが、少なくとも収穫はあった。仕事を抜けた分、他のメンバーへのリターンもできたということに、シュカはほっとしていた。
「なぁ、シュカさんよ。今日のマチダさんの話、どう思う?」
帰りの列車に揺られながら、アンジがそう問うてきた。
行きに比べて乗客の数は多い。そのため、今回は隣同士の席で肩を並べて座っている。
「あの……例のこと? さすがにちょっとショックだよね。内密にってのも分かるけど」
「それももちろんそうだが……クリーチャーから採れるレアメタルをリサイクルしなくても良くなるって話だよ」
「あぁ……レアメタル・ハンターとしての仕事がなくなったら、また陸軍に戻ることになるのかな。戦争とか嫌だね、本当にやるのかな。そうなったら私はさすがに無理だな……」
「いや、そういうことじゃなくてさ。あの大帝国相手に戦争仕掛けて、勝つ気でいるんだなってことだよ」
「それは……初めから負ける気で戦争しようとは思わないんじゃないの?」
「どこにそんな勝算があるんだ?」
思わず、アンジの顔を見る。そこにいつものヘラヘラした笑みはない。
「俺らハンターも人手不足だが、そもそも軍隊の人数が減ってきてる。 大陸戦争開戦時の半分程度って話だろ。それでどうしてあんなに強気でいられる?」
「うーん……何かすごい兵器があるとか?」
「だったら報道されてそうなもんだけどな。ミサイルとか作ってるって話は聞かねぇじゃん」
大幅に増額されているらしい軍事費用。その使い途については、現時点で何の情報もない。
「俺らに支給されてる装備を見ると、確かに技術そのものは進化してると思うよ。だがエネルギー資源の輸入も侭ならない状況じゃ、兵器やら何やらの動力も
「レアメタルの代わりになる合金の開発も、一進一退みたいだしね」
「むかーし、ちょろっとだけ話題になったよな。死んだ家畜なんかの骨に含まれる成分をどうこうして、代用合金の粒子の繋ぎに使う研究の話。その後ぱったり聞かなくなったけど」
「骨、ね。結局、実用化はしなかったんだよね」
「そう、動物とか無縁仏とかの骨な。エネルギー効率がめちゃくちゃ上がるみたいな話だったけどな」
「えー……エグいね、そりゃないわ」
例え身寄りのない人だとしても、人骨をそんなことに使うなんて、想像しただけでぞっとする。
「まぁ、そんなもんは数に限りもあるし、現実的じゃねぇよ。何にしても戦争は無謀すぎる。天然資源産出国の占領に拘らずに、上手いこと外交して貿易でもすりゃいいんだ。クリーチャーくらい俺がいくらでも狩ってやるのに」
正面を向いたままのアンジは、いつも以上に饒舌で、声に棘があった。
「珍しいね、アンジがそんな風に怒ってるの」
「……いや、何つーかさ……お上の都合で好き勝手振り回されるのは、俺としちゃ全然面白くねぇわけよ。こちとら命賭けて真剣にやってるっつぅのに」
「まぁ、ね。あんな風に言われちゃうとね」
——今まで通りスクラップ・ワームを狩っていてくれればいいよ。
いつも不真面目に見えるが、アンジはクリーチャー狩りに手を抜かない。周囲の状況や仲間の動きをよく見て的確な判断を行い、最短の手数で確実に敵を仕留める。だからこそリニア支部のチーフに抜擢されたのだ。
そして、こんな時ははっきりと分かる。戦いへ向かう姿勢が、自分と彼とではっきり違うということが。
「うーん、なんかごめん」
「ん? 別にシュカさんには怒ってねぇよ」
「うん、そうなんだけど……何となく?」
「何、どうしたの。シュカさんはいつも真面目に仕事してんじゃん」
いつの間にか、アンジの表情は緩んでいる。
「何だかんだ言っても、上からの指示には逆らえねぇのが辛いところだよな。隣にシュカさんいなかったら、俺、あの場でマチダさんに楯突いてたかも」
「それこそ本当に戦場の最前線に送られるとこだったね……」
そう言って、軽く笑い合った。
二人を乗せた列車は、極めて静かに大地を滑っていく。窓の外を流れる風景も、次第にその色彩を減らしていく。
見慣れた薄茶色の、荒れた大地。
その只中にある、鋼鉄の防壁に守られた街ノース・シティ。
ここに、シュカの日常はある。自宅と職場と保育園を行き来し、ワームを狩る日常が。
それ以外の生活を、上手く想像することができない。
——否。
それ以外の生活は、想像したくもなかった。
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