1ー4 レアメタル・ハンターとスクラップ・クリーチャー

 カンザキ・シュカは、ノース・リサイクルセンター所属のレアメタル・ハンターである。


 勤め人としてのシュカの一日は、第一工業区の端にある職場の正面ゲートをバイクで通り抜けた瞬間から始まる。

 まるでスイッチが切り替わるように。

 『イチの母親』の自分はさっと鳴りを潜め、『カンザキ・シュカ』という一人の労働者になるのだ。


 リサイクルセンターは、各都市にある公益施設だ。プラスチックや金属類、ビンや缶などの回収と再生成事業を行なっている。

 正面ゲートを通ってすぐ左。モルタル塗りの薄灰色の壁に、電脳チップ認証の必要な電子錠付きの玄関を備えた、地上二階建ての建物がある。

 施設内の設備を一手に管理する統括センターと、監視カメラの映像を確認するための警備室、それに応接室と三つの会議室の入った事務所棟だ。


 玄関をくぐって中へと入ると、各工場内の装置の稼働状況を示すモニターと事務用のコンピュータがずらりと並んでいる。


「おはようございます」


 シュカが軽く背筋を伸ばして挨拶すれば、五名いる事務員や出動準備前のハンター仲間からぱらぱらと声が返ってくる。

 シュカはメインコンピュータに触れて管理画面を開いた。昨日の狩りの成果を確認するためである。


「うん、まずまずだな」

「おはようございます、シュカさん!」


 横から声を掛けてきたのは、ぴしりと立礼りつれいしているエータだ。彼はまだの時の癖が抜けていないらしい。


「エータくん、おはよ。昨日はごめん、大変だったよね」

「いえいえ! 僕、まだそのくらいしかできませんから。ハント数、またトップですね! 昨日シュカさんの倒した分だけでも、結構な量のレアメタルが回収できたみたいですよ」


 レアメタルとは、希少価値の高い金属の総称だ。

 その用途は多岐に渡る。ステンレス鋼や合金などの構造材、半導体レーザーや燃料電池などの電子材料、光触媒や蛍光灯などの機能性材料。人々の生活や事業に必要不可欠な、さまざまなものに利用されているのだ。



 残り僅かとなったこの星の天然資源を巡る大陸戦争が始まったのが、およそ三十五年前。その終戦協定が締結されてから、二十五年が経つ。

 海の向こうの大帝国と同盟を結んでいた我が国は、一応の戦勝国であった。


 この戦争により、原油や天然ガス、そしてレアメタルの産出国の多くが大帝国の支配下に入った。

 終戦直後こそ均等になされていた資源配分は、数年も経たぬうちに大帝国から同盟国への輸出制限が始まり、偏りが生じた。

 浮き彫りとなった国家間の力関係。武力でも財力でも太刀打ちできない。それゆえ、大帝国の不条理な決定も飲まざるを得なかった。

 そうして、我が国が貿易で得られる天然資源は僅少となった。


 以来、使用されるエネルギー資源は太陽光が中心となり、レアメタルに関しては必要量の八割ほどを国内でのリサイクルで賄っている。

 供給は潤沢とは言い難いものの、発電効率を高める装置の開発や、リサイクル技術の向上により、国民の生活はどうにか回っていた。


 リサイクルによって得られるレアメタルのうちの約九割は、各家庭や事業所より回収された電子廃棄物・不用家電などから抽出される。

 それに加えてもう一つ。残りの約一割を担う部分。

 全国のリサイクルセンターの中でも、ここノース・シティのセンターのみに存在する、『ハンターチーム』の狩りによる回収分である。



「エータくん、今朝のニュース見た?」

「見ました。いよいよ天然レアメタルの輸入がなくなるんですね。今ですら供給がギリギリなのに」

「狩っても狩ってもワームが湧いてくるってのは、ある意味好都合なのかもね。そういう事態になるとさ」


 エータは首を傾げる。


「スクラップ・クリーチャーって、大陸戦争前後の十年ちょっとの期間に放置されてた旧時代の廃棄物からできてるんですよね。ずっと疑問に思ってたんですけど、あんな大きなもの、どうやって動いてるんですか?」

「それがね、実は私にもよく分かんないんだよ。二十年前にスクラップ投棄エリアに落ちた巨大隕石が原因だって言われてるけど。それに未確認の鉱物が含まれてて、そこから出た謎のエネルギーの影響で、動きを止めてた機械類が息を吹き返した……ってのが有力な説みたいだね」

「あぁ、だからOA機器とか、乗用車や戦闘機の残骸とかが、クリーチャーの身体のメインになってるんですね」

「そうそう、ああいうものの基盤の中にあるレアメタルの量、馬鹿にできないからね。私たちはひたすらあいつらのコアを砕いて、資源回収するだけだよ」


 スクラップ・クリーチャーを狩るのに、大型兵器は使用できない。資源もろとも吹き飛ばしてしまっては、本末転倒だからだ。

 構成物へのダメージを最小限に留めながら、活動を停止させ、解体する。そのためには生身の人間が空を飛び、然るべき武器を使用してとどめを刺さなければならない。


 高い身体能力と、飛行装置を自在に操る特殊な技能が要される特別職。

 故に、ハンターチームはで構成されている。

 クリーチャーが出現し始めた当初は、廃材回収にスクラップ投棄エリアへ赴くノース・リサイクルセンター職員の警護のために軍から派遣されていただけだった。それがいつしか出向という形でセンター直属となり、積極的に狩りをする任務が与えられたのである。

 貴重な資源を回収する、戦う公務員。それが、レアメタル・ハンターなのだ。


「しかし、こうも地面を掘り進んでくるワームの数が多いと、投棄エリアの囲いもあんまり意味なくなってくるなぁ」

「もしかすると、そのうち獣型ビースト翼竜型ドラゴンも外に出てくるかもしれませんね」

「ドラゴンはたぶん大丈夫。エリア上空に電磁バリア張ってるし。でもビーストはどうだろうね、ワームが掘った穴を通って来られたらどうしようもないよ」


 そこでシュカはふと思い出す。


「そうだ。昨日さ、今まで何もなかった街の近接区域に巣穴を見つけたんだよ。穴から頭出してるだけのワームならまだいいけど……」

「七年前でしたっけ。ビーストの群れが投棄エリアを脱出して、街を襲撃した事件……」

「うん、あれで街の方に防護壁が作られて、投棄エリアの囲いも補強されたんだよ。でも、たったの三年ぽっちで芋虫が外に出てくるとは思わなかったよね。ビーストが穴を通ってくるよりも、ワームが街の壁の内側に侵入してくる可能性の方が高いかも」


 エータは軽く目を瞠る。


「それはあり得そうで怖いですね……でも、シュカさんがいるなら心強いです」

「いやー、さすがに私たちだけじゃ、やれることは限られてるよ。荒野でワーム狩ってレアメタル回収してるだけで手一杯なんだから。対象区域が広すぎるんだよ」


 以前は、ハンターたちの狩り場はスクラップ投棄エリア内のみだった。

 だが、地中を掘り進むように進化を遂げた芋虫型ワームがエリア外に出現し始めた四年前から、彼らは荒野地帯でオペレーションを行なっているのだ。


「ずっと人員補填を要請してて、やっと陸軍から来てくれたのが、君、エータくんだよ。期待の新人」

「うっ……頑張ります……」

「そうとなれば、さっそくトレーニングだね。さぁ行くよ」

「はっ、はいっ!」


 シュカはエータを引き連れ、建物の地下へと向かった。

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