1ー5 新人指導は前途遼遠

「“オペレーション”」


 スカイスーツの電導ラインが白く発光する。静かに息を吐き出すと、すぅっと意識が研ぎ澄まされる。


 僅かの雑草も生えない荒野と抜けるような青空を背景に、人型のスクラップ・クリーチャーがわらわらと湧いている。シュカと同程度の体格で、鉄屑の怪物の中でも小型のものだ。


 それが一斉に、こちらへ接近してくる。

 シュカは肩に担いだ複合型電磁銃マルチレールガンをサブマシンガンモードで構え、トリガーを引き絞った。

 連続する小さな発射音と軽い反動。

 無慈悲に撃ち込まれる弾丸の雨が、人型たちの頭部をあやまたず撃ち抜く。コアを破壊されたそれらのものは、廃材を撒き散らしながら存在ごと掻き消える。


 瞬く間に数を減らしていく群勢。

 不意に、シュカの張り詰めた神経が、背後から接近する何かを捉えた。

 銃を収めつつ反射的に身を翻し、自分に向かって伸ばされた機械屑の腕を避ける。その腕を左手で掴んで引き寄せ、パワーグローブを装着した右の拳を相手の顔にあたる部分へとめり込ませる。瞬間、その個体は木っ端微塵に砕け散った。

 この大きさのクリーチャーは、打撃でもコアに致命傷を与えることができるのだ。


「次ィ!」


 続いて向かってきた個体の顎部分に右アッパーを喰らわせる。相手は軽々と宙を舞い、地に落ちる前に四散した。

 息つく間もなく、更なる一体にハイキックを叩き込む。蹴り飛ばされた頭は、回転しながら見事な放物線を描き、そして音もなく消滅した。


 間断なく襲い来る敵。よく訓練された身体は勝手に動く。

 数え切れぬほどいた個体を一掃すると、今度は今までの三倍くらいの大きさをした人型クリーチャーが出現する。ここのボスだ。

 不要物で構成された不恰好な巨躯が、陽光を鈍く弾きながらそびえ立っている。


 一瞬、見合うように対峙する。

 怪物の顔部分に、表情を作るパーツはない。ただの木偶人形だ。


 シュカは腰に差していたブレード・ウェポンを抜く。携帯時には柄のみで、掌に収まる程度の大きさだったそれは、折り畳まれていた刃がスイッチ一つでたちまち組み上がり、ロングソードの形を取った。


 相手が動くよりも先に、シュカは地面を蹴る。


 しなる鋼鉄の腕。すれすれで躱したその拳が、不毛の大地を穿うがつ。動きはさほど早くない。

 背中と両大腿にある電動ファンが瞬時に回転を始め、シュカの身体はふわりと浮き上がる。

 相手の頭の高さまで昇り着くや、二度、三度と斬り付ける。特殊強化合金で作られた刃が、錆びたスクラップの身体を削り取っていく。

 敵は若干ふらついたものの、まだ足取りはしっかりしている。さすがに雑魚とは違うのだ。


 再び迫る腕を真上に避け、相手の頭を飛び越えつつ空中で一回転。すっと背後に降り立ち、右膝の裏に体当たりすると、巨体はぐらりとバランスを崩す。間髪入れずに回し蹴りで足を払えば、怪物は堪らずその場に倒れ込んだ。


 相手にもならない。

 シュカは唇を歪めて笑い、低く言い放つ。


「さぁ、さよならの時間だよ」


 両手で握ったロングソードを大きく振りかぶる。そして、相手の頚椎にあたる部位へ容赦なく振り下ろす。

 金属の軋む、耳障りな咆哮。コアを砕かれたスクラップ・クリーチャーは、ばらばらと実体を失った。


 空中に浮かぶ『STAGE CLEAR』の文字。視界の右上に、ベストスコア更新の表示が出る。


「……“オペレーション終了”」


 電導ラインが消える。

 脈動する心臓を、深呼吸で落ち着ける。

 VRゴーグルを外すと目の前には一転、見慣れた殺風景な訓練場が現れた。


 週五日の勤務のうち一日は、ローテーションでトレーニングとメンテナンスに当てられる。そうした日には、事務所棟の地下にある訓練場とトレーニングジムにて研鑽を積むことになっているのだ。


「シュカさん、お疲れさまです! 新記録おめでとうございます!」


 広い訓練所の端でシュカの擬似オペレーションを見学していたエータが、タオル片手に駆け寄ってくる。

 彼はシュカのVR装置と自分の電脳チップ端末を同期させ、現実の彼女の姿と訓練教材の映像とを重ね合わせて見ていたのだ。


「一つひとつの動きに全然無駄がなくって、技のキレが見事でした! すごいなぁ……」


 人懐こい小型犬を彷彿とさせるきらきらした眼差しに、シュカは微苦笑する。

 タオルを受け取る代わりに、VRゴーグルとシミュレーション用の銃をエータに渡した。


「はい、次はエータくんの番ね」

「は、はいっ……」


 エータは三年ぶりの新人だ。陸軍入隊二年目の今年、このノース・リサイクルセンターへ出向してきた。陸軍時代の基礎訓練の成績は軒並み中の下だったが、射撃の腕前だけは抜きん出て優秀だったらしい。

 だが、臆病と言えるほど慎重な性格もあってか、ハンターとしての資質はゼロに等しい。陸軍でもこの調子だったのだとすると、恐らく厄介払いされてここへ来たのだろうとシュカは思っていた。

 何しろ、辺境の地での資源回収業務である。出向になるのは大概、陸軍内でのはみ出し者だ。当然、その時点で出世コースからは外れている。


 とは言え、そんなことはおくびにも出さずにシュカは笑みを作った。


「擬似戦闘だし、思い切って行こう。今、実戦で人型を見ることはほぼないけど、コアを捉える感覚はこのステージが一番シンプルで分かりやすいんだよ」

「小さめの人型、すごい群れで来てましたね。なかなか銃では倒しきれない……」

「そうだね。クリーチャーは熱感知で相手の位置を確認してると言われてる。だから銃での遠隔攻撃なら気付かれにくい。でも連射すればそれだけこっちの方向を教えることになるし、狙いを付けてるうちに不意打ちで接近されてたりするから、気を付ける必要があるね」

「なるほど……」

「ワーム相手だとなかなか使う機会ないけど、ブレード・ウェポンは自分の好きな形で作ってもらえるからね。大きめの敵に備えて、飛びながら戦う練習をした方がいいよ。電脳チップにBMIはインストールしてるでしょ?」

「あ、はい」


 スカイスーツの操作には、脳波によって装置を駆動させるためのBMI(ブレイン・マシン・インターフェイス)のシステムアプリを電脳チップにインストールする必要がある。

 だが、頭の中の動作イメージを実際の動きに反映させるためには、相応の訓練をしなければならない。


「僕、陸軍の時のスカイスーツ演習も苦手だったんです。時々業務後に練習してるんですけど、全然で……」

「コツさえ掴んじゃえば案外簡単だよ。戦闘シミュレーションの前に、飛ぶ練習をしようか。教えたげるからさ」

「あっ……はい、お願いします!」


 エータの表情がぱっと明るくなる。

 二人とも「“オペレーション”」と声紋認証でスカイスーツを起動させた。


「基本的には自分の手足を動かすのと同じ感覚で、飛行装置を動かすようにイメージするんだよ。そしたら脳波がスーツの内側に張り巡らされた人工神経回路に繋がって、電動ファンが回る」


 そう言って、シュカは身体の各部位に着いた飛行装置へ意識を向ける。するとそれらは瞬時に駆動し始め、足がふわりと地面から離れた。そのままエータの周りをくるりと一周して飛び、また正面に降り立つ。


「すごい、そんな簡単に……」

「エータくんもやってごらんよ」

「は、はい」


 エータが急に生真面目な顔をして、ぐっと眉根を寄せる。

 見守ること十数秒。

 彼の大腿部の電動ファンが低く唸りを上げ始め、二十センチほど身体が浮いた。

 しかし幾ばくも経たぬうちに、ぷすん、と気の抜けた音を立てて装置が静止し、エータの足は床についてしまった。

 基礎訓練クリアの最低ラインも怪しいレベルだ。


「これが限界です……」

「……うーん、ちょっとリキみ過ぎかな。身体に力を入れても動かないよ。大事なのはイメージだから。水の中に浮かんでるような感じを想像してみてよ」

「水の中……」

「さぁ、一回深呼吸。リラックスしてー。目も閉じちゃおうか」


 言われた通りに瞼を閉ざしたエータが、先ほどよりも幾分肩の力を抜いた状態で直立している。


「はい、エータくんは今、深いプールの中にいます。そこから上を目指して、水面に向かっていくんだよ。ゆっくりでいい」


 待つこと、更に十数秒。

 背中と大腿部のファンが滑らかに動き始め、その回転を早めていく。エータの身体はすっと自然に上昇し、そのまま空中に留まった。


「わっ!」


 目を開けて慌てたエータが手足をばたつかせると、飛行装置は急停止する。

 結果、彼は二メートルほどの高さから落下し、派手に尻餅をつくこととなった。


「痛てて……」

「あはは、大丈夫?」


 エータは勢いよく身を跳ね起こす。


「でっ……できた! すごい……シュカさん、僕も飛べました!」

「うん、大事な第一歩だよ。イメージが飛行装置の動きに繋がる感覚、なんとなく分かったでしょ」

「はい!」


 紅潮した頬。輝く瞳。ぱたぱたと振られる尻尾が見えるようだ。


「すごい……こんなに分かりやすく教えてくれる人、今までいなかった……『身体で覚えろ』とか言われて」

「まぁ、スカイスーツって特殊技能だからね。基本はこれの繰り返しだよ。慣れてこれば出力の調整とか噴射の方向とか、自由にできるようになってくるからね」

「分かりました!」


 エータは元気に返事をして再び練習にかかる。


 素直ないい子ではある。だが、彼が実戦に出られるのはいつの日なのか。

 気の遠くなる思いを微笑で誤魔化しつつ、シュカは指導を続けた。

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