1ー6 一触即発の定例ミーティング

 その日の夕方五時過ぎ、事務所棟二階、第一会議室。

 斜陽の射し込むこの部屋で、週に一度のハンターチームの定例ミーティングが行われていた。

 ロの字型に並べられた長机に、十名のレアメタル・ハンターたちとその補佐六名の、合計十六名が座っている。ハンターたちは黒の制服ジャケット姿、補佐メンバーは揃いの作業着姿だ。シュカは紅一点である。


 ミーティングを仕切るのは、チームの統括リーダーであるトバリという男だ。

 年の頃は四十代後半。撫で付けた黒髪に白いものが多少混じるが、猛禽類を思わせる鋭い目付きと鋼のような肉体は、彼がまだ筋金入りの現役ハンターであることを示している。


「明日からのそれぞれの持ち場については、データを送った通りだ」


 正面のモニターに地図が表示される。この街を東端として、そこから西へ五十キロほど離れたスクラップ投棄エリアまでが、東西に十、南北に十二の区画で分けられたものだ。

 色分けされた区画ごとに担当するハンターの名前が入っている。同じものが、先んじてチームメンバーの電脳チップに送られていた。


 トバリが、よく通る低音の声で続ける。


「このところワームの数が増えている。それに従って割り当ても多くなっているが、了承してほしい。何かこれについて質問や意見のある者は?」


 シュカがさっと右手を挙げた。


「あの、ワームの出現区域、もっと拡がってませんか? 昨日のオペレーションの帰りにI—8エリアで巣穴を見かけました。担当エリアの分け方、少し変えた方がいいんじゃないですか?」


 シュカの思念が電脳チップを介し、モニター上のI—8エリアが赤くマークされる。街まで約五から十キロの地点。誰も担当していない場所だ。


「なるほど。こちら方面へ行動範囲を伸ばしてきているわけだな」

「そうですね。ここしばらく奴らの出現区域は限定されてましたが、他にも新たに巣穴ができてるかもしれません。保安の面から見ても、あんまり街に近づかれると危険です。早めに調査して——」

「シュカさん、ちょっと待ってください」


 シュカの発言を遮ったのは、彼女より四期後輩のヒガシという中堅ハンターの男だ。


「ただでさえ人手不足で手一杯なんすよ? これ以上仕事増やしてどうすんですか。だいたい、出現区域の調査とか保安の話なんてのは、軍部に任せるべきことっすよ。俺らの仕事はレアメタルを回収することなんだから」

「でも、どのみちやるなら街の安全も守れるようにできれば一石二鳥でしょ。ワーム狩りしてるのは私たちだけなんだし。というか、私たちだって軍からの出向でここにいるわけだしさ」

「いや、そもそもこんだけワームが蔓延ってんのも、軍部の奴らがもっと対策しろって話っすよ。俺らばっか割食うのはおかしいでしょ」

「それは確かにそうだけど」

「だったら、適当なこと言わないでくださいよ」

「……は?」


 さすがにカチンと来た。


「あのね、別に適当なことなんて言ってないでしょ。私は今あの区域にワームが出てるって話をしてるんだ」

「分かってますよ」

「いいや、分かってないね。そりゃ確かに軍部の方の対策は進めてもらうべきだと思うけど、こっちでも対応しなきゃ。少なくとも、これ以上街に近づかれたらまずいわけだしさ」

「だからって——」

「その辺りにしておけ」


 どこまでもヒートしそうな二人の議論を、トバリの硬質な声が静止する。

 シュカははっと口を噤んだ。今のは少し大人気おとなげなかった。後から身体が熱くなってくる。それを誤魔化すために、さっとジャケットを脱いだ。


「この件については、まず国防統括司令部に相談する。ちょうど今からセントラル・シティへ行く用事があるのでな。まずはワームの出現区域を特定すべきだろうが、我々が行うよりも軍の衛星画像で確認した方が効率的だ。それも合わせて進言してくる」


 国防統括司令部は、陸・海・空軍を統べる組織であり、軍事作戦の指揮や軍事活動の計画・統制を担っている。

 スクラップ・クリーチャーに関わる事案は戦闘行為の一環と見做されるため、基本的に全て軍部の管轄なのだ。


 ヒガシが勝ち誇ったような視線を寄越してくるのを、シュカは肩をすくめて躱す。


「……だが恐らく、シュカの言う通り担当区域も見直す必要があるだろう。各エリアのワーム討伐数とレアメタル回収量を改めて確認し、各人の業務量を割り出しておくように。それを基にして、新たな担当を決める」


 補佐の面々が、まばらに返事をする。

 ヒガシは苦虫を噛み潰したような表情になった。対するシュカは静かに瞬きをしただけだ。

 ちょうどその時、業務終了のベルが鳴る。五時半だ。


「では、本日のミーティングはここまでとする。明日はとりあえず予定通りの担当エリアでオペレーションを行うように」


 お疲れさまです、とそれぞれ口にする。

 トバリが会議室から出ていくと、場の雰囲気がふっと弛緩した。

 席を立つ者、雑談を始める者。辺りがにわかにざわざわし始める。この後、ハンターたちは装備品の後片付けや明日の準備をするだろうし、補佐の者は事務仕事にかかるのだろう。

 だが、もう定時を過ぎている。自分がやるべきことは既に終わらせているし、今日はイチと「ジェニーちゃんの店に夕飯を食べに行く」と約束したのだ。早く保育園へ迎えに行かねばならない。


 荷物を手に、腰を上げる。いつもこの瞬間、少しだけ気が重い。先ほどのようにカッとしてしまった直後は、余計にそうだ。後悔はいつも後からやってくる。

 小さく息をついて、思い切って口を開いた。


「すみません、私もお先に失礼します」


 目には見えない空気。たぶん気にさえしなければ、どうということはないのだろう。

 ぱらぱらと「お疲れさま」の声が返ってきて、人知れずほっとした。



 忘れ物をしたことに気付いたのは、バイクを置いてある駐輪場に到着した時だった。

 先ほどの部屋に、ジャケットを置いてきてしまったのだ。仕方なく来た道を引き返す。

 しかし、第一会議室のドアノブに手を掛けようとしたその瞬間。


「ほんと、シュカさんには参るわー」

「お前、よくあの場で喧嘩売ったな」


 扉の向こうから聞こえた会話に、シュカはぴたりと動きを止めた。

 ヒガシと、もう一人。ニシクラという、彼とよくつるんでいる同僚の声だ。


「何なのあの人? なんで新しいワーム穴とか見つけちゃってんの? 全く、余計なことしやがって。振り回されるこっちの身にもなってみろっつうの」

「確かに、これ以上に担当エリアを増やされたら身が保たないな。オペレーションのエリアが拡がったら、むしろその後の片付け作業が大変になるわけだし。補佐メンバーもこないだ一人辞めたばっかなのに」

「だろ? だいたいあの人、狩るだけ狩って面倒臭い雑用はやらずに帰るじゃん。子供の迎えだか何だか知らねぇけどさ」

「まぁ……シングルだし、仕方ないところもあるだろ」


 仕方ない。そう思われても仕方ない。

 だが心臓は嫌な軋み方をして、鼓動が足を速める。


「子供育てながらハンターしてる時点で、ナメてる気がすんだよ。片手間にやれる仕事じゃねぇだろ。危険なことも多いわけだしさ、無茶なんだよ。こっちに本腰入れてねぇから、後先考えず無責任に適当なこと言えんだ」

「割り当て増えても、今までみたいにさっさと退勤するつもりなのかな。それはちょっと釈然としないな」

「だろ?」


 ふん、と鼻を鳴らす音。


「だいたい、があったのに未だにハンター続けてるなんて、ちょっと神経疑うわ」


 ドアノブから手を離し、そっと後退あとじさる。胸を満たすわだかまりを溜め息と共に吐き出そうとしたが、失敗した。

 頭をがしがしと掻く。そして何食わぬ顔をして、再び駐輪場へと赴いた。



 仕事をナメてなんかない。

 あのワーム穴に関しても、シュカが見つけなくとも別の誰かがいずれ見つけて、同じようなことになったはずだ。何も間違ったことはしていない。

 そう思おうとしたが、同時に後ろめたさが湧き立つ。

 昨日だって、オペレーション後の片付けや雑務をエータに丸投げしてしまった。やるべき仕事をやり切れていないのは事実だ。ヒガシもニシクラも、つまりはそこが不満なのだろう。

 それに、突っ掛かられたとはいえミーティングの場であんな風に応戦してしまったのはまずかった。他にいくらでも言い方はあったはずなのに。

 いつもこうだ。全然成長していない。


 努めて無心でバイクを駆る。薄手の長袖シャツでは、身を切る風に対してあまりに心許ない。だいぶ陽が長くなってきたが、この時間帯ともなるとまだ冷え込む。


 ——片手間にやれる仕事じゃねぇだろ。危険なことも多いわけだしさ、無茶なんだよ。


 それを考えたことが、ないわけがなかった。一歩間違えれば死に直結する仕事だ。


 ——だいたい、があったのに未だにハンター続けてるなんて、ちょっと神経疑うわ。


 その言葉が、ぐるぐると頭の中で渦を巻いている。


 赤信号で停止する。左右に行き交う車を眺めながら、ふっと自嘲気味の笑みが漏れる。

 信号が青に変わり、再発進した。


 そんなこと、嫌というほど分かっている。

 でも。

 自分には、この道しかないから。


 保育園の門の前にバイクを停め、ヘルメットを外す。シールドに映る、歪んだ自分の顔。

 切り替えろ。

 シュカは勢いよく息をついて、無理やりに口角を上げると、園の中へと入っていった。

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