5ー2 第三ゲート攻防戦
その日、シュカは有給を取っていた。イチの誕生日だったのだ。保育園もお休みである。
ランチにジェニーの店を予約していた。バースデーケーキを出してもらうようお願いして、こっそりプレゼントも用意した。本人の希望通り、『スカイソルジャー
「たんじょうび、たのしみだなぁ!」
イチは一週間も前からずっとそう言い続けていた。
我が子が嬉しいなら、自分も嬉しい。
そうして
しかし当日、ランチへ向かおうと家を出たその時、トバリから思念話メッセージが入った。
『シュカ、緊急招集だ。今から出て来られるか』
この日は息子の誕生日だからと、事情は話してあったはずだ。さすがに断ろうと思ったが、間髪入れず続きのメッセージが届く。
『街のすぐ外に巨大スクラップ・クリーチャーが出現。その他、多数の小型クリーチャーもいる模様。場所はJー6エリアの東端、第三ゲート付近』
「え?」
第三ゲートは、シュカもよく使っている出入り口である。こんな近くまでクリーチャーが来たのは、七年前の事件以来だ。
そのような状況で落ち着いて誕生パーティなどできるはずもない。万が一でもゲートを突破されたら、街や住人たちに多くの被害が出るのだ。
シュカはトバリに返信する。
『了解。すぐ行きます』
「ママ、どうしたの?」
シュカは不思議そうに見上げてくるイチの前に回り込み、しゃがんで目線の高さを合わせる。
「イチ、ごめん。誕生日、夜にしよう」
「えっ……?」
「ママ、急にお仕事行かなきゃいけなくなっちゃった」
楽しげに輝いていたその表情が、見る見るうちに曇っていく。
「だから、ごめんね。さっさと終わらせて早めに帰ってくるから——」
「イヤ!」
色白の頬は赤く染まり、小さな眉間に皺が寄っている。
「いまからいくの! ジェニーちゃんのおみせでケーキたべるの!」
「うん、だから、それは夜にしよう」
「イヤ! いまから! そういうやくそくだったでしょ!」
自分によく似た言い方だ。
シュカはイチの細い両肩に手を置いた。
「ごめんね、ママが悪かった。でも今、街のすぐ外に怖い怪物がいるの。それを退治しに行かないと、イチのところまで来ちゃうんだよ。だからお願い、ママのお仕事が終わるまで、保育園で待っててくれる?」
一瞬、『ジェニーズ・ダイナー』に置いていこうかとも考えたが、何時に終わるか分からない上、ジェニーとて仕事中なのだ。
イチは口を真一文字に引き結んでいたが、シュカがもう一度呼び掛けると、とうとう鼻をすすり始めた。
最初のうちはまだ堪えていたようだが、やがて声を上げる激しい泣き方に変わった。
「ごめん」
ぎゅっと抱き締めても、イチは泣き止まなかった。
一旦家に戻り、荷物を持ってバイクに乗り、保育園へと向かう。その間ずっとイチは何かを喚いていた。
いざ園に到着すると、いよいよ酷い暴れ方になった。
「いやだぁぁ! おたんじょうびするの! ほいくえんはだめぇぇ!」
抱き上げてもなお勢いよく跳ねるイチを保育士に預ける。
「ママのバカ! ママなんてきらい!」
背中でそれを聞きながら、断腸の思いで園を後にした。
思念話メッセージでジェニーに予約を夜に変更したい旨の連絡を入れ、次は職場へと赴く。
事務所棟地下の更衣室でスカイスーツに着替え、武器を携える。
『今からセンターを出て現場へ急行します』
『第三ゲートは開けるな。第二ゲートから回って来るように』
『了解』
トバリの指示通り、まずは第二ゲートを目指す。走り抜ける住宅街には、非常事態を知らせるサイレンが鳴り響く。辺りは通行人はおろか車の姿も見えず、いつも以上に閑散としている。
電脳チップに街の広報からのメッセージが届いていた。開封はしていないが、恐らく第三ゲートの外にいるスクラップ・クリーチャーのことだろう。外出禁止令が出されているのだ。
戦後に築かれた建物は頑丈にできている。非常時でも家や職場に閉じ籠ってさえいれば、命に危険の及ぶ事態を避けられる可能性は高い。
第二ゲートから街を出て、防護壁沿いを走って第三ゲートに向かう。
途中、一台のバイクが並走してきた。そのライダーが被った
そんな彼が軽く片手を上げて挨拶してくる。アンジもまた、リニア方面からこちらに呼ばれて来たらしい。
視線を前方へ戻す。
少し先の荒野に、大小さまざまのクリーチャーが群れなしているのが見えた。
中でも目立つのは、ひときわ大きな人型の個体だ。
全身が総毛立つ。
身の裡で蠢く獣を、確固たる意志で抑え込む。
敵の大群を相手取り、レアメタル・ハンターたちが総出で戦っていた。
シールド上の表示は、
巨人クリーチャーが、ハンターの一人を鷲掴みするのが目に入った。
憎まれ口屋のヒガシだ。
まずい。他のメンバーは眼前の敵に手一杯のようだ。急がねば、彼はこのまま握り潰されてしまうだろう。
そう思うが早いか、シュカはスロットルを限界まで回し切った。インホイールモーターが鋭く唸りを上げ、流線型の車体は瞬く間にトップスピードに乗る。
一気にターゲットへと接近しつつ、腹の底から叫ぶ。
「“オペレーション”!」
スカイスーツの電導ラインに光が灯り、リュック型バッテリーが展開して真紅の翼が広がる。
同時に計十六基の電動ファンが猛烈な回転を始め、バイクは更に速度を増した。
少し先の大地に、小さなコブが見える。
助走は十分。この勢いなら行けるはず。
シュカは身を低くし、両脚で強く愛車のボディを挟み込んだ。
——跳べ!
コブで跳ねた太いタイヤが地面を離れる。浮き上がった車体は、徐々に高度を上げていく。
バイクが、宙を駆けていた。
敵の手の位置は、高さ四メートル程度。目標まで残り僅か。
シュカは腰からブレード・ウェポンを抜き、ロングソードへと変形させる。
電光一閃。
逆手に持った刃が、巨人の手首を斬り裂いた。
『シュカさ……!』
無事に解放されたヒガシが、インカム越しに声を漏らした。
バイクは重力に引き寄せられて緩やかな弧を描き、滑るように着地する。
ピュウッ、と誰かが口笛を吹いた。
「あぁヒヤヒヤした! もう二度とやらない!」
そのまま少し流してから停車させ、シュカはすぐさま仲間たちの元へと駆け付けた。
手前にバイクを停めたらしいアンジは、既に戦いに加わっている。
指揮を執っているのは、漆黒の地に銀の鷹が描かれたヘルメットの人物だ。背中の翼は、揃いの黒。
『NIGHT HAWK』。やはり彼が現場にいると心強い。
「トバリさん、こいつらはいったいどこから?」
『もう少し街から離れたところに、巨大なワームの巣穴があった。恐らく、地下を通ってそこから這い出てきたのだろう』
改めて、巨人クリーチャーを見上げる。体長は七、八メートル程度。二年前の個体より小さいが、両目にあたる部分に一対のレンズが嵌っているのは同じだ。
『陸軍のヘリがセントラルからこちらへ向かっているらしいが、それを待つ余裕などない。あの大物を牽制しつつ、先に邪魔な小物を片付ける』
「了解」
シュカは短く答えながら、手近に寄ってきた
十余名ものハンターたちの手に掛かれば、小型クリーチャーの群れなど敵ではなかった。
暴れ回る巨人型の攻撃をそれぞれが絶妙に避けながら、周囲に蔓延る雑魚を蹴散らしていく。
ワーム以外の敵との実戦が初めてのエータも、
解体された大量のスクラップが、不毛の大地を埋めつつあった。
『こりゃあ今日の回収班は楽チンだな。ゲートすぐそこだし』
メタリックゴールドの翼で空を旋回して全景を見渡したアンジが、そんな軽口を叩く。
小物が着々と数を減らしていく中、巨人クリーチャーは自分の周囲で戦うハンターたちを見回すように、ぐるりとその首を巡らせた。
一対のレンズが、ちょうど中天に昇った太陽の光をちかりちかりと弾く。
その瞬間、ぴんと来た。
「トバリさん……私が例の任務の時に見た光なんですけど。あのレンズの目に反射した日光だったかもしれません」
人の形をした何かの、頭部にあたる部分が光っていたのだ。
『……あそこにこの個体もいた、と?』
「断定はできませんが、可能性はあります」
『分かった』
トバリが、張りのある声で全員に向けて告げる。
『ハンターチーム総員、念のためサイバー攻撃を警戒せよ。シュカとアンジを中心に攻撃を展開、可及的速やかに奴を滅する』
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