5ー3 メタモルフォーゼ

 シュカとアンジは、雑魚の残骸を挟んで巨人クリーチャーと対峙する。


『こういうデカブツにはセオリー通りだな。シュカさん、どっち攻める?』

「上」

『了解。そう来ると思ったぜ』


 直後、二人は同時に地を蹴った。


 シュカが宙に舞い上がる一方で、アンジは地上を疾駆する。

 スクラップの散乱する足場の悪さを物ともしない、長い手足と鍛え抜かれた筋肉。両頭刃剣ツインブレードを手にした彼は、約三十メートル離れた位置にいた巨人の元へ、僅か数秒のうちに到達した。

 ひときわ強く踏み込み、上体の捻りに勢いを乗せる。二つの刃が、回転しながら巨人の脚を連撃する。

 金属同士が激しくかち合う耳障りな音が間断なく続く。だが、大したダメージにはなっていない。

 繰り出された相手の蹴りを、アンジはさっと後退して避ける。


かってぇなオイ!』


 その間、シュカは巨人の頭の高さまで上昇していた。背中の翼はバッテリー内に収納している。掴まれやすい部位を少しでも減らすためだ。

 相手の正面に回ると、一対の目がシュカの姿を捉える。


 こいつ、見えてるんだ。

 直感的にそう思った。


 錆鉄の腕が伸びてくる。それをシュカは、真上へ飛んで難なく躱す。敵のリーチの届かぬ位置で背を大きく逸らして一回転し、巨大な顔の真横をすり抜ける。そして今度は背中に沿って飛び、腋の下を潜った。


 普通の巨人型であれば、これまでの手数でバランスを崩して倒れることが多い。だが足元への攻撃が効いていないこともあり、この個体は未だしっかりと立っていた。


 巨人は視界から消えたシュカを探して、両腕を出鱈目に振り回している。

 シュカはそれをひらりひらりと掻いくぐり、なおも相手を翻弄する。


『すごい……』


 地上で見守るエータが、ぽつりと呟いた。

 シュカの背中と大腿部にある計十二基の電動ファンは忙しなく動き、それぞれが細やかに角度を変えながら、強く、あるいは弱く、空気を吐き出している。何気なくやっているように見えるが、並みの芸当ではない。


 シュカはようやく敵の眼前に戻った。レンズの目が再び自分を捕捉したことを確信すると、さっと後退する。

 真下にいるアンジが、同じように巨人から距離を取ったのが見えた。


「行くよ」

『おうよ』


 アンジは再び軽く助走を付け、強く踏み込んで一撃、さらに切り返して一撃と、敵の足首と膝裏を抉る。

 するとようやく構成物が削れて膝が折れ、巨体がかくんとぐらついた。


 シュカはレンズの視線を誘導するように、そしてアンジが攻撃した方の脚が軸になるように、相手の目の高さで旋回する。

 それを追って、巨大な首と上体が動く。足元へのダメージとも相まって、鋼鉄の巨躯がゆらりと傾く。

 シュカが追い討ちで肩を打ち据えると、巨人はとうとうバランスを失い、けたたましい音を立てて地に崩折れた。


 それを機に、雑魚を一掃したハンターチームが総攻撃を仕掛ける。

 響き渡る金属音と、辺りに舞い散る砂埃。銃器で、ブレード・ウェポンで、地上から、上空から。誰一人とて容赦はない。

 妙に頑丈な個体ではあるが、これだけの人数で攻めればさして怖い敵ではないはずだ。


『ところで、こいつのコアってどこだ? ターゲットマークが出ない』

「口の中……頭の中、かな。みんな気を付けて。こいつ、たぶん変形するよ」


 これは、普通のスクラップ・クリーチャーとは違う。

 あの時の——レイがやられた時の光景を思い出しそうになり、シュカは短く息を吐いてロングソードを握り直した。


 突如。

 周辺を埋めていた雑魚クリーチャーたちの残骸が波打ち始めた。それは倒れた巨人の身体に吸い寄せられるようにしてうねり、一つに収束していく。


『何……?』


 誰かが驚愕の声を漏らした。

 今や見上げるほど大きな山となったその塊から、今度は大量の鉄屑がハンターたち目掛けて降り注ぐ。


『まずい! 全員、私の後ろに下がれ!』


 鋭く号令を発したトバリは、戸惑う部下たちの最前列へと進み出る。そして金属製の左手を上方へと翳す。

 掌から空中に向けて電磁バリアが発生し、半球状に展開してメンバー全員をすっぽり覆う盾となった。

 次々と叩き付ける鉄屑の豪雨は、ひと欠片も漏れることなくバリアの傘に弾かれていく。


『え?! トバリさん、何すかその腕! 武器は仕込んでないって言ってませんでしたっけ』

『これは武器ではないだろう。だが、妻には黙っておいてもらえると助かる』


 撒き散らされたスクラップが、再び何かを形作ろうと集まり出す。

 その時、シュカは見た。

 無数の廃材の間にある、淡い光を放つコアを。

 あの時と同じものに思える。

 シュカを取り込もうと、グロテスクな花のように開いた巨人の頭部の、その奥にあったものと。

 しかしそれは、赤く錆びた鉄屑に固く守られ、すぐに見えなくなってしまった。


 塊は、聳え立つように巨大なスクラップ・ビーストとなっていた。ノース・リサイクルセンターの管理棟よりも一回り大きいぐらいの、破格サイズのクリーチャーである。目の部分にレンズが嵌っていることを除けば、先ほどとは全く違う形状だ。


『何だ、このデカさは……』

『雑魚の残骸を取り込んで、見たこともねぇサイズになってんな』


 チーム全員が、警戒して距離を取りつつ、今一度武器を構え直す。

 せっかく破壊したクリーチャーたちを再利用されたという徒労感。各々が自分の身の内に蓄積された疲労を意識し始める。

 それでも、止めなければならない。


 自ら複合型電磁銃マルチレールガンを構えながら、トバリが声を張り上げる。


『ハンターチーム、一斉攻撃! これ以上、街に近づかせるな!』


 全員がグレネードランチャーモードでてき弾を発射する。一瞬遅れて、凄まじい爆風と炸裂音が駆け抜けていく。

 しかし辺りを覆う煙幕が切れて姿を見せたのは、先ほどと寸分違わぬ敵の姿だった。


『街から引き離せ!』


 号令を受け、シュカはビーストの眼前へと進み出る。先ほどと同じようにレンズで自分を捕捉させ、誘導する作戦だ。


 相手の目がこちらの姿を認めたその刹那、シュカの脳裏に何らかの思念が流れ込んできた。


『…………——カ』


「え?」


 心を掻き立てるような情動に触れた気がした。

 ほんの僅かな思念の切れ端は、シュカがその正体を掴む前に頭の中から跡形もなく消え去ってしまった。


 一瞬、サイバー攻撃を疑って背筋がひやりとする。しかし、特に身体に異常はない。

 我に返ったシュカは、敵の視線を引き付けるべく身構えた。

 だが、しばらく待っても、なぜか反応がない。


「おーい?」


 ロングソードで頭部を叩く。かきん、と硬い音がして、刃が弾かれたが、やはり相手は微動だにしない。

 仲間の数人が入れ替わり立ち替わり敵の目の前を横切り、さまざまな攻撃を仕掛けるも、その鉄屑の怪物は電源でも切れたかのように静止している。


「ほら、こっち見なよ……!」


 至近距離からサブマシンガンモードの銃を乱射する。全弾命中、ダメージは皆無、敵の反応もなし。


「何、何なのこいつ……」

『止まっちゃったんですかね?』


 ハンターたちの間に動揺が拡がり、警戒心が高まっていく。


 不意に、巨大ビーストが顔を背け、後方を顧みた。そちらに何かあるのかと一瞥してみたが、ただ荒野が広がっているだけだ。

 次の瞬間。

 ビーストは突然、踵を返して駆け出した。街とは反対の方向——スクラップ投棄エリアのある方角へ向けて。

 巨体に似合わぬ凄まじい速度だった。強く大地を掻く四肢が、激しい砂埃を巻き起こす。

 先ほどまで視界を塞いでいた怪物は、気付けば米粒ほどとなってしまっている。


「待て!」


 シュカは再び赤い翼を広げて計十六基の電動ファンをフル回転させ、塵芥の舞い散る空気を切り裂くように猛進する。


『シュカ、深追いしなくていい!』


 トバリが叫んでいる。だが、シュカはほとんど衝動的に飛んでいた。

 全速力のはずだった。しかし、なかなか距離を縮めることができない。シールド上のスピードメーターは時速百三キロを示している。新装備を導入する前の最高時速は八十キロ程度だったので驚いたが、相手も百キロ近い速度で走っているということだ。


 ようやく、ビーストの尻が銃の射程距離に入った頃合い。

 急に、相手が減速し始めた。

 勢い余ったシュカは、壁のようなスクラップの身体に激突する寸前でどうにか軌道修正し、ビーストの前へと躍り出る。

 真下を見れば、大きなワームの巣穴が口を開けていた。

 その縁で停止した怪物は、何やら胴体の表面を波立たせている。


 こいつ、また変形するのか。


 シュカは肩に担いでいた複合型電磁銃マルチレールガンを咄嗟に構え、サブマシンガンモードで素早く連射した。

 電磁誘導で超加速した弾丸はしかし、ドリルのように捻れて尖った形となったクリーチャーの表皮で、全て弾かれてしまう。


 そうこうするうち、その尖頭がぐにゃりと下向きに曲がり、穴の中へと雪崩れ込んだ。

 少し遅れて追い付いてきた仲間たちが、一斉に射撃を開始する。だが、最終的にワーム型となったクリーチャーはそれを意に介すこともなく、全身を巣穴の奥深くへと潜り込ませてしまった。


 銃声が止み、辺りに静寂が訪れる。

 後に残されたのは、標的を取り逃がして立ち尽くすハンターチームの面々と、底の知れない大穴だけだった。

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