5ー4 見えない敵

 超大型スクラップ・クリーチャーが消えた穴の縁に、シュカとトバリは並び立った。ヘルメットのシールドを上げても、闇の奥には何も見えない。


「すみません……」


 また冷静さを欠いてしまった。どうしていつも後悔が先に立たないのだろう。

 シュカの心中を知ってか知らずか、トバリが穏やかな口調で応える。


「いや、仕方ない。あれに太刀打ちする手段を、我々は持ち合わせていなかったのだ」


 淡く光っていたコア。あれを砕けば、他のクリーチャーと同様に活動を停止させることができるはずだ。

 二年前はどうだっただろう。

 過去の記憶を探り始めて、シュカはあることに気付いた。


「あの、トバリさん。二年前の……例の任務の時の敵、さっきの最初の巨人型と似たやつでしたよね。あれってどうやって倒したんでしたっけ?」


 視線の合ったトバリが、小さく目を瞠った。しばしの沈黙の後、彼は口を開く。


「憶えていないのか」

「はい」

「そうか……無理もないな」

「……はい」

「倒してはいない。あのクリーチャーは、気付いたら消えていた」

「え?」


 てっきり自分が屠ったものだとばかり思っていた。

 にじり、と重くて濁った何かが胸の奥から浸み出してくる。


「シュカが小型の群れを狩る間に、スクラップの山に溶け込むように姿を消してしまったのだ。しばらく探したが、結局見つからなかった」

「そう、だったんですね」


 だとすれば。二年前のあれがまだ生きている可能性がある。

 いや、むしろ。


「さっきの奴……あの時のクリーチャーと同一個体っていう可能性は……」


 発した声は一層暗い。知らず知らず、顎が強張っている。


「さて、どうだろうな。何にしても我々の仕事は、あくまで資源の回収だ」

「……そうですね」


 トバリが僅かに目を細めた。その瞳に、シュカを気遣う色がある。


「シュカ、有給のところを申し訳なかった。息子さんの誕生日だったのだろう」

「いえ、こういう事態ですから」

「今日は終日出勤ということにしておく。有給は明日使いなさい」

「ありがとうございます」


 そこでようやく、シュカは少しだけ頬を緩めることができた。



 その後、ハンターチーム全員で街周辺の区域を索敵した。だが、あの大穴以外にワームの巣は見当たらず、スクラップ・クリーチャーの姿もなかった。

 時刻は十五時過ぎ。第三ゲート前に集合したハンターたちに向け、トバリは声を張った。


「皆、ご苦労だった。今回のことは国防統括司令部に報告する。街の防護対策を早める要請を行うと同時に、やはりクリーチャーそのものへの対応も検討してもらわねばと思っている。このままでは、我々の通常業務にも支障が出るからな」

「せっかくの資源も、全部あいつに持ってかれちまいましたしね」


 アンジが冗談めかしてそう付け加えると、場の空気が僅かに和む。

 その後は一旦解散し、各々でセンターへ戻ることとなった。


 帰り支度をしながら、シュカは先ほどの怪物と対峙した時のことを思い出していた。

 一瞬、脳裏に流れ込んできた思念。あれはいったい何だったのか。

 未だに止まない胸騒ぎが、いくつかの事実を紐付けていく。


 二年前のクリーチャーが、レイの身体を食ったこと。

 その個体を始末できなかったこと。

 あれに似た特徴を持つクリーチャーが現れたこと。

 そいつが他の個体の残骸を取り込んだこと。


 ——ころせ。


 獣が囁く。

 同時にさまざまな憶測が頭の中を飛び交い、思考がぐちゃぐちゃになる。今にも叫び出したい気分だ。


 不意に、声を掛けられた。


「あの、シュカさん」


 ヒガシだ。普段と違って真面目な表情をしている。


「さっきは、どうもありがとうございました」

「……え? あ、あぁ……いいよいいよ、そんなの。頑張ればバイクで飛べることも分かったしね」

「……俺、シュカさんに命を助けられました」

「大袈裟だね。まぁ、無事で良かったよ」


 無理やりに笑顔を作る。正直、ヒガシを助けたことも忘れていたくらいだ。恐縮して深く頭を下げる彼の肩を軽く叩き、片付けを進めた。


 ……何をいくら考えたところで、どうしようもない。

 とにかく今は一刻も早く帰って、イチの誕生日祝いをするべきだろう。



 だが、事件はここで終わらなかった。

 数人がバイクで出発し、シュカも自分のヘルメットを手に取ったその時。


「うっ……」


 突然、隣にいたエータがふらついた。


「エータくん? どうしたの?」


 シュカはうずくまるエータの背に手を当てる。エータは顔をしかめ、消え入りそうな声で言った。


「目が、変なものが、何か……」

「変なもの?」

「き、気持ち悪い……」


 一瞬で背筋が凍った。

 自爆した兵士たちは、頭を抱えたり首を傾げたりしていた。

 よもや、このタイミングでサイバー攻撃なのか。

 眉根を寄せるエータの頭と肩を抱き、身体は地面に横たわらせた。


「エータくん、楽にしてて。ちょっと覗くよ」


 シュカは自分の電脳チップ端末から、セキュリティソフト内のハンターチームのネットワークに入り、異常が検知されたエータの端末へのアクセス許可を求めた。

 すぐに『Accept』と表示される。承認者はトバリだ。

 エータの端末に介入すると、実際の風景と重なって映る自分の端末の拡張現実画面に、もう一画面が被って見えた。

 ちょっと目がおかしくなりそうだ。慌てて自分の方をオフにする。


「うわ、何これ」


 エータの端末では、いきなり妙なデータが展開していた。視界いっぱいに無数の英数字の羅列が広がり、それがあちこちで変化してチラチラ瞬いている。


「たぶん、原因はこれだよね。片付けるよ」


 セキュリティソフトの機能を利用して、そのデータを強制終了させる。途端、エータの表情と呼吸がすっと穏やかになる。

 そんな折、誰かが「あれ?」と声を発した。


「何だこれ、妙なメッセージが来てる」

「どんな?」

「なんか、変なファイルがくっついててさ」

「詐欺のやつかな。また古典的な。こんなの引っ掛かる奴いるのかな」


 トバリが口を挟む。


「あぁ、私のところにも来ているな」

「言われてみると俺のところにも」

「こっちは来てない」


 ハンターチーム内の三分の一程度に同じものが届いていたようだ。


「不特定多数に送られてるのかもしれませんね。こういうのって、ファイル開けた瞬間にウィルス感染して、操作不能になったりする——」


 話に加わったアンジがそんなことを言いながら、やおら視線をエータに向ける。


「おい、まさかとは思うがエータ、お前んとこにも変なメッセージ来てたか?」

「ん……あ、はい……オンラインゲームのキャンペーンの告知かと思って開いたら……急に、視界が」

「マジか……いたよ、引っ掛かる奴」


 シュカが、肩を抱いたままのエータを見下ろした。


「でも、さっき私がそのプログラムを止めたから、たぶんもう大丈夫だよ。あのセキュリティソフト、入れといて良かったね。気分はどう?」

「あ……はい、もう、たぶん、あの……」


 エータの目は虚ろだ。心なしか頬が紅潮している。


「まだ微妙?」

「いえ……あの……、……おっ……」

「お?」


 シュカは首を傾げた。エータの顔が、ますます赤みを増していく。


「……っぱい、が」

「……ん? あっ」


 言われてみると確かに、シュカの豊満な胸がエータの顔半分に押し当てられた状態である。


「ごめんごめん、つい」


 無意識に、イチを抱っこしているような気分だったのだ。あはは、と笑いつつ手を離す。


「あぁぁぁぁぁぁすいませんすいませんすいません……!」


 エータは勢いよく身を起こし、そのまま前屈みに突っ伏してしまった。そして、ふぅぅ、と深く大きな息をつく。


「うわーシュカさん、そういうの、セクハラっていうんだぜ」

「うん、本当だ。ごめん、エータくん」

「ぃ、ぃぇ……」

「エータよ、俺にはお前の気持ちがよーく分かる。できることなら代わってやりたかったくらいだ」


 アンジはやけに神妙な表情だ。もうこの男は無視していいだろう。

 トバリが苦笑している。


「ともあれ、無事で何よりだ。しかしこの特殊ファイル付きのメッセージがセキュリティソフトの警告対象になっていないのは少し気掛かりだな。未登録の新手なのかもしれない。一度調査してみるべきだろう」


 気を取り直し、それぞれが自分の愛車へと戻る。

 ヘルメットを被り、バイクに跨った時、今度はシュカの電脳チップにメッセージが届いた。何のことはない、普通の思念話メッセージである。保育園の先生からだ。

 だが、それを開封して、シュカは動きを止めた。


「……え?」


『カンザキさん、イチくんが倒れました。意識がありません。今、救急車を呼びました』

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