6ー5 明かされる真実

 三人は機械の陰から出た。

 人骨が通ったダクトがあるのとは反対側の壁際まで移動すると、そこには大掛かりなコンピュータが設置されている。


「これかな、例のコンピュータ。いったい何がどうなってるのか、これを調べたら分かるかな……」

「目的のデータもあるかもな。ミオさんから預かったこれを使ってみようぜ」


 アンジがコンピュータの端にあるスロットにメモリーチップを挿し込む。

 このチップにはハスミの組んだプログラムが入っている。必要な情報を検索して、該当したものを取り込む仕組みらしい。


 シュカはコンピュータの中央にある操作パネルを覗き込んだ。すると自動で画面が立ち上がる。

 パネルに触れてみたところ、クリーチャーの設計図のようなものが表示された。人型、獣型、飛竜型。どれもよく見知ったものばかりだ。


 適当に操作を続けていると、メッセージが現れた。


【戦闘パターンデモA 書き込み中 プレビューしますか? Y/N】


「え、何これ」


 どうやら、現在の作業状況が出ているようだ。

 シュカは試しにパネル上の『Y』のボタンを押してみた。

 すぐに画面が切り替わり、【PLAYER-A】と表示される。映し出されたのは、のっぺらぼうの素体だ。背中と大腿部に飛行装置を装備し、剣を手にしている。

 その素体が、動き始めた。腕や脚をひらりひらりと翻し、空を飛んでいるようなモーションをしている。かと思えば、剣で何かを鋭く斬り付ける。


「シュカさんの動きに似てますね」

「そう?」


 続いて表示されたのは、【戦闘パターンデモB】の文字。これも先ほどと同じく『Y』を押下し、プレビューを見る。

 今度の素体【PLAYER-B】は両頭刃剣ツインブレードを装備していた。顔のない人形が刃を回転させるように振るい、腕をしならせて投擲する。


「これはアンジっぽいね。この剣の投げ方とかそっくりだよ」

「自分じゃよく分かんねぇな」


 次に出てきた【PLAYER-C】は、槍型の武器を構えていた。


「ヒガシさんのブレード・ウェポンがこんな感じのやつですよね」


 次も、その次も、出てくる『戦闘パターンデモ』は全てハンターチームの仲間の動きに酷似している。トバリやニシクラ、離脱してしまったメンバーのものもあった。

 初めは何となしに画面を眺めていた三人だったが、次第に表情が険しくなっていく。

 自分たちが見ているものは、いったい何なのか。


 そして。【戦闘パターンデモJ】のプレビューが始まると、シュカは思わず呼吸を止めた。

 その素体【PLAYER-J】は、巨大な斧を持っていた。

 豪快に得物を振り下ろす動作。力強い走行フォーム。

 間違いない。この挙動は——


 胸が騒いでいる。からからに乾いた口を、どうにか動かす。


「ねぇ、これは……何? 『書き込み中』って、何を、どこに?」


 その時。

 突然、頭上から声が響いてきた。


『やれやれ、誰かが設備を触っているという信号があったから覗いてみれば』


 びくり、と全身が跳ねる。


 聞き覚えのある声だった。

 操作パネルの手前に、軍服姿の男性のホログラフィが浮かび上がる。

 禿頭に、特徴的なぎょろりとした目元、腹の出た体型。

 驚愕のあまり、シュカは目を瞠った。


「……マチダ、室長」

『君たち、どうしてこんなところにいるの。勝手に入ったら駄目じゃないか』


 鼓動が早い。なぜ、マチダがここに出てくるのか。

 アンジが、予め用意していた建前を平らなトーンですらすら並べる。


「新人の見習い期間の卒業テストですよ。最近、業務が立て込んでてなかなか時間が取れないんで、急遽日曜にやることになったんです。申請もちゃんと出しましたよ」

『あぁ、その辺の雑務は事務官たちに任せてたからな。だが、これは困ったね。まさか君たちがこんな深部まで辿り着いてしまうとは』


 困ったと言いつつ、マチダの口調はあくまでいつも通りだ。

 シュカは思わず前のめりになる。


「な、何ですか、これは……スクラップ・クリーチャーは……コアは……あの人間の骨は……それから——」

『まぁまぁカンザキさん、そんな一気に訊かれても困っちゃうよ』


 隣に並び立ったアンジがシュカを制し、抑えた声で言う。


「じゃあマチダさん、一つずつ質問させてもらいますよ。まず、この施設は何なんです?」

『……隠し立てする意味はなさそうだな。まぁ、いいだろう。いずれ君たちには話さねばと思っていたことだ』


 心臓の鼓動が、軋みながら速度を上げていく。


『これは再生型新兵器を生成する施設だよ』


 それは、つまり。


「再生型新兵器とは……スクラップ・クリーチャーのことですか?」

『そうだ』

「あれは、軍部の主導で作られたってことですか」

『そういうことだ』


 アンジが軽く顔をしかめる。


「なんだってそんなことを」

『知っての通り、我が国には資源が少ない。何か新しいものを作り出すには、不用品のリサイクルが必要不可欠だ。それは兵器開発も例外ではない。積もりに積もったスクラップごみを再利用する計画は、実は戦時中からあってね。このエリアを巨大な実験場として使い始めたのが二十年前だよ』


 実験場、という言い方が引っ掛かる。自分たちは実験場に放り込まれていたのだ。


『再び戦争をするには、兵士の数が圧倒的に不足している。それを補うのが、再生型新兵器というわけだ。これの優れた点は、鉄屑さえあればどこでも瞬時に兵器が組み上がるという点だよ。必要なのはコアとコネクションチップだけ。持ち運びにも便利だ』


 つい四日前に対峙した巨大クリーチャーの姿が、シュカの頭をよぎった。


「まさか、明日お披露目予定の新兵器って……」

『あぁ、君たちには先立って見てもらったね。おかげでいい試運転になったよ。お披露目も上手くいきそうだ』


 は、とアンジが吐息だけで嗤う。


「そんなに凄ぇ兵器なら、隕石に含まれてた謎の物質が原因だなんてふざけた嘘で真実を隠してた理由は、いったい何なんだよ」

「……コアの、原料の関係ですか?」


 荒れ始めた相棒の言葉に、シュカが言い添えた。マチダが頷く。


『察しがいいね。あれの原料の一部は人骨だ。バッテリーの電極触媒に必要なレアメタルも入手困難だからな。人骨から抽出したある成分に特殊な加工を施して、代替合金のナノ粒子の担体つなぎとして使用すると、エネルギー効率が格段に上がるんだ。それを組み込んだ超小型バッテリー内蔵装置こそ、君たちがコアと呼んでいるものだよ』


 まるで賢者の石である。いつか世間から忘れられた研究は、実は秘密裏に進められていたのだ。


『大帝国は原油などのエネルギー資源も厳しく輸出制限している。巨大な兵器を動かすのに、全く新しい、特別なバッテリー機構が必要だったんだ』

「でも、なぜ敢えて人骨を?」

『当時、戦死者の遺体の処理が滞っていたからね。これも立派なリサイクルだ。エネルギー効率を上げるための技術も日々進歩している。今や人骨なしではこれほど高性能の電極触媒は作れない』


 ある可能性が脳裏を掠めていく。事実を知るのは恐ろしい。しかし、確かめずにはいられない。


「今日、このエリアに入る前、葬儀社のワゴンが火葬場へ向かうのを見ました。かつての戦死者だけじゃなくて、新たに死亡した人の骨も使っている……ということですよね?」


 ほんの一部しか戻ってこなかったレイの遺骨。総合庁舎敷地内の遺骨センターのスペースに限りがあるからと、一欠片だけを納骨する決まりに、シュカも従った。

 あの葬い方が通例となっているので疑問も持たなかった。

 だが、もし、街の全ての死者の骨が兵器に使われているのだとしたら。


 マチダは答えない。シュカは、それを肯定と受け取った。


「……死者を冒涜してる」

『そういう意見が出るであろうことは想定済みだよ。知らない方がいいこともある』


 今までに抱いたこともないような行き場のない感情で、脳が沸騰しそうだった。

 シュカが倒してきたクリーチャーの中に、レイだったものも含まれていたかもしれないのだ。


 ぽんと肩に手を置かれる。

 シールド越しに見上げたアンジの横顔は、先ほどより冷静さを取り戻しているように思えた。


「だがマチダさんよ、戦争するにはもっとたくさんの兵隊クリーチャーが必要だ。国中の死人を掻き集めても、とても間に合わない。たった十三人のレアメタル・ハンターを相手するのとは訳が違うんですよ」


 マチダが鼻で笑った。


『まぁ、よく考えたまえ。ならいくらでも調できるだろう。大量に入手できるのであれば、兵器以外にも使用できる』


 思わず言葉を失う。

 つまり、敵国の兵士、あるいは一般人を殺害して、レアメタルに代わる触媒の材料にすると言っているのだ。

 恐らく、この非人道性を見越しての極秘プロジェクトだったのだろう。


「……狂ってやがる」

『何とでも言えばいい。全ては我が国の安寧のためだ』


 シュカは込み上げる吐き気に耐えながら、次なる質問を紡ぐ。


「マチダ室長……四ヶ月前の任務時の爆発や、数日前のファイル付きメッセージの件も、兵器絡みですよね」

『そうだ。トバリくんから「クリーチャーを利用したテロの可能性」を指摘された時は正直少し驚いたよ』


 国防統括司令部が主導なら、陸軍兵たちやノース・シティ市民のアカウントにアクセスできたのも頷ける。


『今時、力押しだけじゃ戦争には勝てないからね。個人の電脳チップに働き掛けるサイバー攻撃ができないかと、同時並行的に実験をしていたんだ。敵兵の、芋づる式に敵国軍のネットワークへ介入できるはずだ。相手側の行動を操作することで、こちらの作戦も有利に運びやすくなるだろう』


 端末ごと喰われたレイの姿が脳裏を過り、酷い目眩を覚えた。

 クリーチャーたちの『噛み付く=喰う』という攻撃パターンは、骨や端末を回収するためなのだろう。


「あのメッセージに添付されたプログラムも?」

『そう。あれは対象を行動不能に陥らせるための、最もシンプルなプログラムだ。一度に多数の相手に送付できるかどうかの実験を行なった。も視野に入れているんだ』


 意識を失った大勢の敵国の人々を、一網打尽に——そんな光景を想像してしまう。


「……その割には、受信者が私たちのチームに固まってましたよね」

『再生型兵器のシステムを通して対象者をランダムに選ばせたら、直前に戦った君たちに偏ってしまったんだよ。戦場では目の前の敵に対して仕掛けるのが効果的だから、AIがそう判断したんだろう。この辺りは少し調整が必要だな』

「この件で公安が動いてますよね」

『公安が動けば、テロだとカムフラージュできる。昏睡したノース市民の皆さんには申し訳なかったが、命に別状はないよ。プログラムの有効期限が切れれば自然と目覚めるはずだ』


 ベッドに横たわったままのイチの姿を思い出し、「ふざけるなよ」と小さく呟く。


『このプログラムを使えば、味方の兵士たちの指揮も執りやすくなるだろう。何せ、直接的に個々人の意思へ働き掛けられるのだからな』

「兵士たちを傀儡くぐつにして、死地へ向かわせる気ですか」

『理不尽な暴力で無理やり命令に従わせるのに比べたら、よほどスマートだと思うがね』


 アンジが声に怒気を孕ませる。


「何にしたって、あの兵士たちを自爆させることはなかったでしょう」

『自身の命を害する命令であっても有効かどうかの確認だ。敵兵が自ら命を断ってくれれば、いちばん楽だろう。たまたまビーストが扉の開閉パネルを傷付けたんでね。修理でエリア内に入る機会を利用して実験を行なった』

「実験……」

『あれには多少、兵器自身のAIによるアレンジもあったがね。おかげで想定外に民間人一名を巻き込んでしまったが、実験の犠牲としては最小限で済んだと思うよ』

「AIによるアレンジってな……そういうのを暴走って言うんじゃねぇのかよ」

『まさか』


 マチダが大仰にかぶりを振る。


『ワーム型を始め、クリーチャーたちはエリア外へ出るようプログラムされている。市民の生活に影響を及ぼさない程度にな。敵の防御や包囲を突破する方法を、AIがさまざまな角度から自律的に判断する。そのための学習訓練だよ。AIは日々進化している』

「市民の生活に影響を及ぼさない程度って……」

『外に出た分は、君たちが解体してくれるだろう?』

「あんたな……」


 あまりに慇懃な物言いが、苛立ちを煽る。

 アンジが、マチダを睨み付けながら地を這うような声で言った。


「じゃあ、次の質問いいですかね。さっきここにプレビューが出てた、ハンターチームのメンバーそっくりの【戦闘パターンデモ】……あれはいったい何なんだ」

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