第2章 異変
2ー1 進むべきか、留まるべきか
一週間が過ぎた。
レアメタル・ハンターたちの担当エリアは、国防統括司令部からの正式な要請により、やはり見直されることとなった。
衛星画像による調査の結果、予想以上にスクラップ・ワームの出現区域が拡がっていることが判明したのである。
「この件について軍部より、街の防護壁地下部へワームの侵入対策を施す案を検討するとの回答があった。実際に対策がなされるまでは、出現したワームを駆逐することで進行を防ぐ他ない」
トバリのその報告で、ある者は露骨に、その他の者も内心で溜め息をついた。
第一会議室の正面モニターに投影された地図上の着色部分は、以前に比べて一割ほど面積が増加している。
ワームを狩るだけでなく、その後の廃材の回収作業や移動のことを考えると、とてもではないが仕事が回らない。
「あの、トバリさん……私たち十名だけでこの範囲を担当するのは、さすがに無理です。リニア支部にヘルプを頼めませんか。衛星画像を見る限り、リニア支部の担当エリアのワームは特段増えてないようです」
新しい担当の割り振りを決める定例ミーティングでそう発言したのは、他でもないシュカだ。ヒガシが物言いたげな顔をしていたが、無視した。
ノース・リサイクルセンター リニア支部には三名のレアメタル・ハンターが所属しており、街から南東へ伸びるリニア鉄道の線路周辺の地区を担当している。スクラップ投棄エリアから半径で三十五キロ以上の距離のある地区であり、ワームの数は元々さほど多くない。
とは言え、リニア鉄道はこの街と首都セントラル・シティとを結ぶ唯一の公共交通機関であるため、重要度は高い。同支部はリサイクル施設として以上に、防衛拠点としての役割が大きい。
そしてリニア支部と言えば、とある男の顔が思い浮かぶ。あまり会いたくもない相手だが、背に腹は変えられない。
「どうにかして人を回してもらえると助かります。リニアももちろん大切ですけど、街そのものが襲われたら元も子もありませんし」
「確かにその通りだ。今回の我がセンターの業務増大は、防衛を目的としたものであるわけだしな。支部は支部で本来の担当業務との兼ね合いもあるから、一応軍部に話を通してからだな」
かくして、トバリから国防統括司令部へ、新担当区分についての伺いが立てられた。
そして翌週より、リニア支部のメンバーがローテーションで本部のヘルプに入ることが決まったのである。
時を同じくして、ある一つの指令が軍から下った。
「特別任務、ですか?」
「そうだ」
定例ミーティングの翌日の夕方。
事務所棟二階、第三会議室。隣の部屋とはパーテーションで仕切られただけの小ぢんまりしたスペース。
この小部屋で、シュカはトバリと向き合っていた。
「また後で全員に向けて話をするが、シュカには先んじて伝えておく。国防統括司令部から連絡があった。スクラップ投棄エリアでの作業に、我がセンターの人員を貸してほしいと」
「作業? 何かあったんですか?」
「囲いの内側にある開閉扉の操作パネルから、異常を知らせる信号が発信されているそうだ」
「……故障ですか?」
「あぁ、どうやらパネルを覆う強化ガラスに亀裂が入ったらしい」
「強化ガラスに?」
「そうだ。衛星からの画像を確認したところ、エリア内の出入り口付近に大きな影があった。大型のスクラップ・ビーストだろうという見解だ。つまり、軍はこのビーストがパネル部分を傷付けた可能性があると踏んでいるのだ」
トバリは手にした携帯型マルチデバイスを操作し、軍から送られてきたらしい画像を空中に表示させる。電磁バリアの影響もあって些か不鮮明ではあるが、確かにビーストらしき影が見える。
「でも、クリーチャーって熱感知で物を識別するんですよね。パネルなんて攻撃しますかね。たまたま何かが当たったとかじゃなくて?」
「もちろんその可能性も大いにある。だが原因がどうであれ、もし何かの弾みで扉が開いてクリーチャーたちが外へ出てきて、万が一でも以前のように街の方まで来たら不味いだろう」
七年前の事件では、家屋や住民に多大な被害が出た。
尤も、当時のエリアの囲いはただの鉄格子であり、クリーチャーが外にいた人間を熱感知して、その囲いを食い破ったのが原因だった。加えて、まだ街の防護壁もなかったため、無防備な状態だったのだ。
だが、この手のことにはどれだけ念を入れても入れすぎということはない。
「軍の主導で、扉の操作パネルの修理と囲いやバリア装置の点検を行うことが決定された。投棄エリアの中に入る必要があるから、その際の警護をしてほしいということだ」
「……それで、あわよくばそのビーストを倒せ、と」
「いや、今回はそういう話ではない。あくまで設備業者を守る任務だ。何でも、それがその業者の要望らしい」
確かに、いくら国防統括司令部からの依頼であっても、安全が保証されなければ請け負う業者などいないだろう。
「でも、人手が足りないって報告を上げた直後に、そんな任務を下してくるって……それこそ軍部だけで何とかしてほしいですよね」
「私もそこは伝えたのだが……大型ビーストとかち合うかもしれない状況では、陸軍の兵士だけでは心許ないらしい。軍の連中も素人ではないが、クリーチャーを相手にするノウハウは我々の方が持っている。どうしてもということで、協力要請が来たのだ」
陸軍にもスカイスーツ部隊は存在するが、基本はVRによる擬似オペレーションの訓練ばかりだ。しかも想定している敵は歩兵や戦車である。
「だから、通常業務にできるだけ障りのないよう、大型ビーストに対処できる最小人数で任務に当たりたい。シュカ、君はチームのエースだ。君に参加してもらうのが最適であると、私自身は考えている」
「……なるほど」
トバリの判断であれば、納得はできる。
しかし、即座に返事をすることはできなかった。脳裏を掠めたある光景が、シュカを躊躇わせていた。
少しの間の後、トバリがどこか遠慮がちに口を開く。
「だが、二年前の件も踏まえて……配慮が必要なことであるとも思っている」
一瞬、息が止まりそうになった。
胸の最奥から暗いものが湧き出してきて、目の前の焦点があやふやになる。
何か答えなければと思ったが、何の言葉も出てこない。
この任務を受けるか否か。それはシュカにとって、前に進むべきかここに留まるべきか、という問題だった。
張り詰めた沈黙はしかし、やや語調を和らげたトバリによって破られた。
「それに作業の進行状況によっては、保育園のお迎えの時間をオーバーしてしまう可能性もある。難しければ、断ってくれても構わない」
それまでの話の流れからすると、拍子抜けするほど平和な話題だ。しかも常に厳格な雰囲気のトバリがそれを口にしているという、妙な可笑しさがある。たぶん、気を遣ってそう言ってくれたのだろう。
しかし、先日耳にした陰口のことが頭を過り、シュカは表情を強張らせた。
「いえ、あの……保育園のことは、お気になさらず。大丈夫です」
すっと現実に目を戻す。
できるだけ子供のことで仕事に支障を来したくはなかった。
ここでは自分が必要とされているのだ。
他でもない、シュカという個人の力が。
口元を引き締め、右手を額にかざす軍隊式の敬礼をした。自然と背筋が伸びる。
「
「……ありがとう。引き受けてくれて助かった。本件には私も参加するし、リニア支部からはアンジが来る予定だ」
「へっ? アンジも来るんですか?」
「そうだ。戦力的なことを考えると、このメンバーがベストだろう」
「まぁ、そうですけど……」
リニア支部からのヘルプを提案した時、真っ先に頭に浮かんだ男。
近々顔を合わせるだろうとは思っていたが、よもや同じ任務に当たることになるとは。
憂鬱のベクトルが別方向に増えたことで、気持ちの落ち着けどころがよく分からなくなり、最終的には開き直る他なくなった。
何にせよ、今回は積極的な戦闘の任務ではない。淡々と仕事をこなせばいい。
余程のことがなければ、何事もなく終わるはずだ、と。
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