6ー7 それぞれの決意

 午後四時。

 ハンターたちが招集され、臨時ミーティングが開かれる。

 トバリが諸々の事実を説明すると、第一会議室はにわかに騒がしくなった。


「あれが兵器だったなんて……」

「俺たちがやらされてた仕事は、いったい何だったんだ」


 戸惑いの表情と、憤りの声。ざわめく部下たちを制して、トバリが言った。


「マチダ室長に連絡を試みたが、多忙を理由に取り次いでもらえなかった。思念話メッセージも送ったが、細かい話は明後日以降にしてくれと返信が来て、それきりだ。私は今日これから国防統括司令部に出向き、直接抗議するつもりだ」


 ヒガシとニシクラが立ち上がる。


「どうせなら全員で殴り込みましょう」

「何なら例の新兵器も解体してやりましょうか。お披露目会なんざぶち壊しだ」


 血の気の多い連中が、そうだそうだと煽る。

 アンジは腕を組んだまま、仲間たちの様子をじっと静観している。


 トバリが声を張った。


「静粛に。まずは筋として、私が話をしてくる。兵器のことはもちろんだが、同時に我々レアメタル・ハンターの今後の処遇も問題だ。陸軍に戻されて戦地に送り込まれるか、はたまた退役か。欺かれて良いように利用された末にその二択というのは、あまりにも非情だろう」


 シュカが口を開く。


「せめて私たちの戦闘データを戦争に使うのをやめてもらうよう、申し入れできませんか」

「私もそれは考えていた。我々は兵器のAIの学習になど手を貸した覚えはない。くだんの兵器システムの運用中止を求めるつもりだ」


 トバリの眼光はいつにも増して鋭く、その声には凄みがあった。

 他でもない統括リーダーが怒っている。その事実に、熱くなっていた連中もすうっと静かになる。


「戦闘データを3Dモデリングと考えた場合の肖像権、という観点から切り込めるかもしれません。専門の人に相談する必要はありますが、現時点で調べられる限りの判例を挙げてみます」


 そう発言したのは、シュカの隣に座ったハスミだ。


「それから、例の防護プログラムが完成したので、ご自由にお使いいただいて構いません。一階のコンピュータから皆さんの端末にダウンロードできますよ」


 催眠の解除コードも、とシュカにだけ聞こえる声で言い添える。


「えっ、早い。ハスミさんすごい」

「テンプレートがありましたので。私にできるのはこれくらいです。元はと言えば、私が皆さんを巻き込んだようなものですから」


 ハスミが、トバリに視線を向ける。


「トバリさん、実は先ほどマチダ室長から思念話メッセージがありました。今どこにいるのかという内容でしたが、恐らく何か勘付かれたんだと思います。たぶん、投棄エリアの立ち入り申請のことで」

「それは……不味いな」

「もう逃げも隠れもしません。私もトバリさんにご一緒します。ハンターチームの皆さんと、運命を共にしたいと思います」


 だが、トバリは首を振った。


「いや、ハスミさんは我々と無関係であるていでいてください。私と一緒に行ったら、確実に命令違反で処分される。あなたは何も間違ったことなどしていない。我々からの臨時の立ち入り申請を許可しただけです」

「しかし……」

「マチダ室長にはそのことだけを報告してください。結局のところ、あなたは何も知らされていなかった身だ。上層部にとって不都合な動きをのだとしても、仕方のない話でしょう。非は彼らにある」


 しばらくトバリを見つめていたハスミは、しぶしぶ頷いた。


「なるほど……そうですね、分かりました。明日出勤したらあれこれ訊かれるかもしれませんが、上手く追及を切り抜けます。もし、また何か情報があれば、皆さんにお伝えしますね」

「無理はしないでください。ご自分の安全が第一です」

「えぇ、承知しました」


 そして、決意を新たにした表情で、すっと立ち上がる。


「ノース・リサイクルセンターの皆さん、おかげさまで弟の無実を証明できました。本当に、ありがとうございました」


 語尾が微かに震えていた。頭が深く下げられ、栗色の髪の先が華奢な肩からさらさらと滑り落ちる。

 その清廉で健気な姿に、軍の悪事をこのままにはしておけないという揺るぎない意志が、居合わせた男たちの胸に灯った。


 トバリがチームメンバーを見渡しながら言う。


「誰かの犠牲の上に立つ栄光など、遺された者の中に深い悔恨を刻むだけだ。市民生活の安寧のために行なってきた我々の仕事の結果が、人を殺すための兵器に利用されるのは道理に合わない。我々は、レアメタル・ハンターなのだ」


 二十年間、第一線に立ち続けた男の声が、一人ひとりの胸に届く。誰よりも高い矜持を抱き、誰よりも大きな責任を負う男の声が。


「新兵器の発表が明日に迫っているが、引き下がる訳にはいかない。どうか、皆の命運を私に託してほしい」


 一瞬の静寂。

 シュカは席を立ち、トバリに向けて敬礼した。それに他のメンバーも続く。


「……ありがとう」


 歴戦の統括リーダーは、力強い敬礼でそれに応えた。


 かくしてミーティングはお開きとなり、ノース・シティ駅へと向かうトバリをセンター管理棟の玄関口にて全員で見送った。


 解散後、皆がのろのろと移動する中、アンジは一人足早に去っていく。普段は口数の多い彼が、今日に限って一言も喋らなかった。

 追っていって声を掛けようか。

 そう思った矢先、後ろから呼び止められた。


「あの、シュカさん」


 エータだ。


「お疲れさまです」

「うん、お疲れさま」

「えっと……今日はありがとうございました」

「いや、それはこっちの台詞だよ」

「そ、そんなことありません。シュカさんたちがいたおかげで、僕も安心して任務に臨めたんです」


 くりくりした瞳が、あちこち動いている。


「あの、上手く言えないんですけど、僕、この職場が好きです。皆さんと、一緒に仕事ができるから……」


 あぁ、気を遣わせてしまっている。

 ぎこちなく笑顔を作ろうとしたその時、エータが強い眼差しでシュカを見た。


「それに、何があったとしても、シュカさんは僕のヒーローです」


 瞬きを、ぱちりと一つ。あまりに真剣なエータの表情に、思わず口元が綻んでしまう。


「『スーパーウーマン』じゃなかったの?」


 苦笑しながらそう言うと、エータの頬がかぁっと赤くなる。


「あっ、あの……シュカさん、僕……」

「……ありがとうね」


 シュカは赤茶色のショートボブの髪をがしがしと掻く。


「エータくんの言う通りだね。これからどうなるか分かんないけど、皆と一緒ならきっと何とかなるよ」

「そう、ですね……」


 今度こそ、きゅっと口角を上げる。


「私、これから子供の病院行ってくるよ。早く目覚めさせてあげなきゃ」

「あ……はい、お疲れさまでした」


 何があったとしても、自分の中の第一位にあるのはイチのことなのだ。

 シュカはエータに手を振り、病院へと向かった。




「イチ?」


 すっかりお馴染みとなった病室。点滴の薬液が落ちる音すら聞こえてきそうな静寂の中、固く閉ざされていた瞼が薄く開かれる。


「イチ、分かる? ママだよ」


 黒目がちの瞳が、シュカの姿を捉える。


「ママ……」


 その掠れた声を耳にした途端、止まっていた時間が動き出した。


「イチ、良かった……」


 シュカはイチの細い手を取り、自分の頬に当てる。緩い熱が愛おしい。


「おはよ、イチ。遅くなったけど、誕生日おめでとう。プレゼント、約束通りΖゼータの剣だよ。元気になったら一緒に遊ぼうね」


 長く濃い睫毛が、そっとしばたかれる。シュカにはそれが淡い微笑みに見えた。

 イチは安心したように瞼を下ろし、再びすぅっと寝入っていった。

 その寝顔に、シュカは小さく呟く。


「ママ、これからはできるだけイチと一緒にいられるようにするからね」

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