7ー2 暴走する脅威
第一会議室は騒然としていた。
「何が起きてるの?」
「この兵器、地上から出てしばらくは辺りをゆっくり駆け回ったり変形したりしてただけだったんですけど、急に様子がおかしくなって。突然吼えて、猛スピードでノース・シティに向かって走り始めたんです」
「……デモンストレーションの場所って、どこだった?」
「この街から南西に約五十五キロの地点だそうです」
エータからそう聞いて、シュカは唸る。
「まずいな。あれのスピードだと、三十分くらいで街に到達するよ」
何せあの時も、時速百キロメートルを超えていたのだ。
トバリがデスクの上にある通信装置を叩きながら苛立たしげに呟く。
「くそ……こんな時なのにマチダ室長に繋がらない。いや、こんな時だからこそなのか」
だが次の瞬間、着信を知らせる通知音が鳴った。
「はい、ノース・リサイクルセンター」
『おはようございます。国防統括司令部のハスミです』
スピーカーから耳触りの良いソプラノが響く。
「ハスミさん、昨日はどうも。あれから大丈夫でしたか」
『いえ、実は出勤早々事務官の同僚に捕まって、先ほどまで詰問されていました』
「あぁ、やはり……」
『でも大丈夫です。シラを切り通しています。今はトラブルが起きて皆ばたばたと出て行ってしまったので、抜け出してきました。ちょうど周りに誰もいないので、軍内部のネットワークで集められる情報を探しているところです』
「そ、そうですか」
ハスミの声は落ち着き払っている。結構、大胆だ。
『トバリさん、例の新兵器の生中継、ご覧になってますよね?』
「見ていますよ。これはいったい……」
『現在調査中のようですが、どうやら兵器の統制系統がAIに乗っ取られて暴走しているみたいです』
「何だって……?」
ハスミの説明で、シュカは思い出す。
「そう言えば昨日、スクラップ投棄エリアの管理棟地下で、マチダ室長が言ってたんです。兵士が自爆した件は『兵器自身のAIによるアレンジもあった』って」
「そもそもシステムが不完全だったのかもしれないな。ハスミさん、何か止める方法はありませんか」
『それが、完全に制御不能に陥ってるようなんです。あれを止めるには、
「そんな……」
生中継の立体映像には、遠くへ走り去っていく兵器に向かって軍用ヘリが機関銃を発射する様子が映っている。だが、弾丸が当たっても、鋼鉄のビーストには僅かのダメージも与えられない。
『新兵器の設計図があるのでお送りします。ボディの表面には電磁防護膜が施されているようですね。スカイスーツに使われている機構よりも強力なものです。まずはその発生装置を破壊する必要があります』
「あぁ、だから攻撃を受け付けなかったわけか」
『それから、あれにはメインの
「なるほど。そうやって小さくしていけば、勝算はありそうだ」
ハスミが転送してくれた兵器の設計図が、さっそく部屋の正面のモニターに映し出される。電磁防護膜の発生装置は腹部、サブの
『警備に当たっていた陸軍兵が兵器を追っているようですが、正直なところ彼らでは力不足です。急遽、空軍機の手配もなされていますが、手続きに少し時間が掛かるようで……現状、あれを壊せるとしたらハンターチームの皆さんだけだと思います』
「分かりました。必ず」
ヒガシとニシクラが調子よく通信装置に向かって叫ぶ。
「ハスミさーん! 俺ら頑張りますんで!」
「見ててくださいね!」
『はい、検討を祈っています。ノース・シティを……私の故郷を、守ってください』
やや笑み混じりの柔らかな、しかし凛とした芯のある声で、通信は終わった。
「よーし! そうと決まればさっそく出動だ!」
「俺らレアメタル・ハンターの底力を見せてやるぜ!」
血気盛んな者たちが今にも飛び出しそうな勢いで立ち上がった。
だが、それをトバリが制する。
「少し待て。その前にやるべきことがある」
「えっ、何をですか? 早くしないと——」
再び通信装置に着信が入る。トバリが通話ボタンを押し、冷静な声で応えた。
「はい、ノース・リサイクル——」
『おい、どういうことだ! 君たちであの兵器を止めるというのは』
マチダだ。どうやらトバリがマチダに何か思念話メッセージを送り、その返答として通信を入れてきたらしい。
「えぇ、先ほどメッセージにて申し上げた通りです。我々であれば、あれを止めることができる」
『生身の人間が太刀打ちできるものか』
「できますよ。防護を取り去り、
『あれにはサイバー攻撃がある。脳波を操られてはひとたまりも——』
そこでマチダは何かに気付いたように言葉を止めた。昨晩、トバリに仕掛けた洗脳プログラムが作動しなかった理由に思い当たったらしい。
「ご安心ください。それについても対策済みです」
『……うちの事務官か』
「何のことです? 我々はただ、任務の遂行に必要不可欠な対策を行なっただけです。我がチームには、あれに対抗する力がある」
トバリは一つ咳払いをする。
「だが、話はそう簡単ではありません。あれは軍部で運用されている兵器であり、それを壊すなど我々にとっては職務外の行為に他なりませんので」
『君たちは元々軍の人間だろう。そういうことは上層部が決めることだ。立場を弁えたまえ』
「弁えた上で申し上げています。我々の任務はスクラップ・クリーチャーを狩ることです。兵器を作る手伝いでも、ましてや敵国に赴いて相手の兵士を殺すことでもない」
『……君、何が言いたいんだね』
トバリはきっぱりと言い放つ。
「我々は今後一切、戦争には関わりません。我々の戦闘データで鍛えたAIを、兵器に使用しないでいただきたい。それをお約束いただけるのであれば、チーム一同、全身全霊を賭けてレアメタル・ハンターとしての任務を全ういたしましょう」
ピュウッ、とアンジが口笛を吹いた。
それは実質、再生型兵器を動かすなと言っているも同然だ。
統括リーダーの背中が大きく見える。
『何を勝手なことを……』
「AIが暴走しているのでしょう。まさかマチダ室長ともあろう方が、そのような欠陥システムに国の命運を預けるとでも?」
『ぐ……』
しかも暴走の様子は全国中継されている。兵器をこのまま運用することは、どのみち難しいだろう。
「現実に目を向けてください。陸軍の兵士たちにあれが解体できますか? それとも、我々の戦闘データを使った
マチダが押し黙る。
空白の時間は、たっぷり十秒ほど。
『……分かった、そちらの要望を受け容れよう。ただし、再生型兵器は我が国に必要な戦力だ。軍としては今後もあの機構を使って兵器を作る』
「構いません。我々には無関係のことです。なお、この会話は録音させていただいておりますので悪しからず」
小さな舌打ちが返ってくる。
『……では、改めてハンターチームに任務を下す。現在、街へ向かっている兵器——スクラップ・クリーチャーを、速やかに解体せよ』
「了解しました。吉報をお待ちください」
最後の一言が、皮肉めいた余韻を残す。
通信が切れると、トバリは部下たちを振り返った。猛禽類を思わせるその目には、激しい焔が宿っている。
そして、一瞬の静寂の後。
「ハンターチーム総員、出動準備。装備を整え、急ぎ第七ゲートへ向かえ!」
「了解!」
全員が声を揃え、一斉に動き出した。
スカイスーツを身に纏い、武器を携えたハンターたちは、バイクに跨り街の南西に位置する第七ゲートを目指す。
途中、街の北側へ向かっていく一般市民たちとすれ違った。恐らく、この地区に避難指示が出ているのだろう。
シュカは先頭を走るトバリに続いていた。
もちろん、イチのことを忘れた訳ではない。
だけどシュカは、イチの母親であるのと同時に、どうしようもなくレアメタル・ハンターだった。
血が滾っている。
獣の声は聞こえない。
胸の奥に、熱い想いがあるだけだ。仲間たちと分かち合った、強い信念が。
スクラップ・クリーチャーを食い止める。
イチを守る。自分のやり方で。
いよいよ第七ゲートをくぐり、防護壁の外へ出る。
総勢十三名のレアメタル・ハンター。十三台のバイクが、門を守るようにずらりと並ぶ。
程なくして、砂煙を巻き上げながら何かが接近してくるのが見えた。
そうしてゲートへ到着したのは、軍用トラックだ。荷台からぞろぞろと陸軍兵が出てくる。だが装備は一般歩兵のもので、どう見てもあのスクラップ・クリーチャーには太刀打ちできそうにない。
歩兵隊長と思しき人物がこちらに近づいてきたので、トバリはバイクから降り、前に進み出る。
「ノース・リサイクルセンターのハンターチームです。国防統括司令部 特定危険対策室のマチダ室長から任務を受けました。これより、再生型兵器に対するオペレーションを行います」
「リサイクルセンター……レアメタル・ハンターか!」
電脳チップ端末で指示を確認したらしい歩兵隊長は、ちらりと背後を見やった。
遥か遠くまで続く荒野の果てで、煙幕が上がっている。先ほどとは比べ物にならない量の塵芥。あれがターゲットだろう。
歩兵隊長が敬礼する。
「我々は街のゲートを守ります」
「了解。そちらは任せます」
門の前に隊列を組む陸軍兵と入れ替わるように、ハンターたちはバイクを降りて敵を待ち受ける。
空からは軍用ヘリがやってくる。もう無駄な攻撃は諦めたらしい。チュィィィィン……という甲高いモーター音が鼓膜に突き刺さる。ヘリはシュカたちの真上を行き過ぎると、街の上空を旋回し始めた。
やがて、怪物が姿を現わす。
リサイクルセンターの管理棟ほどもあろうかという、聳え立つ巨体。
晩夏の太陽の光を弾く、銀色の獣。
AIの暴走した再生型新兵器——否。
「ノース・リサイクルセンター ハンターチームに告ぐ。最後の戦いだ。総力を尽くし、あの超大型スクラップ・クリーチャーを滅する」
トバリはブレード・ウェポンを抜き、長刀へ変形させる。
そしてそれを、狩るべき獲物へと向けた。
「資源を、回収せよ!」
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