第6章 真実
6ー1 そこに潜むもの
病院から一旦自宅へ戻ったシュカは、制服のジャケットを羽織り、ノース・リサイクルセンターへと赴いた。
時刻は十八時過ぎ。
事務所棟二階の第一会議室に顔を出すと、そこには既に仲間たちが集まっていた。リニア支部のメンバーを含めたハンターたち十三名と補佐のスタッフ八名、総勢二十一名が揃っている。
シュカは部屋の奥にいたトバリに頭を下げた。
「お休みをいただいて、ご迷惑をお掛けしています」
「いや、こちらのことは気にしなくていい。大丈夫だったのか?」
「はい、とりあえず容態は安定してますので」
一様に気遣いの視線を向けてくる面々の中に、一つ珍しい顔があることに気付く。
肩までの栗色の髪の、細身の美人。およそひと月前にも会った彼女は、前回と同様にお手本のような立礼をした。だが前と違って、今日は制服姿だ。
「カンザキさん、こんばんは。お邪魔しております」
「ハスミさん、こんばんは。あの……?」
「えぇ、テロ関連のことで、ちょっと。この週末、帰省がてらこちらへ参りました」
シュカの曖昧な問い掛けを汲み取ったハスミの返答に、心がざわめいた。
今さら気付いたが、本日は土曜日である。思った以上に日付の感覚が鈍っている。
全員が席に着く。ハスミがいるせいか、心持ち男性陣の背筋が伸びている気がする。
そうして、土曜の夕方に緊急招集された臨時ミーティングは始まった。
「シュカにはまず、ここ数日のことを説明した方がいいな」
トバリが、これまでの経緯を掻い摘んで話してくれた。
三日前の業務後、あのクリーチャーのことをすぐに国防統括司令部のマチダ室長へ報告し、スクラップ・クリーチャー自体の生態について調査すべきであると強く提言したこと。
街側の防衛対策の強化や投棄エリアの封鎖の徹底についても、再度要請したこと。
「前者に関しては、再び同様の個体が現れたら映像記録を取っておくように、との指示があった」
「映像記録……」
「後者に関しては、街の防衛壁付近に電磁バリア装置を建設する案を検討中との回答だった」
「検討って……それじゃあ、いつ施工が始まるのか分かりませんよね」
「あぁ。いずれにせよすぐに対応できるのは我々ハンターチームだけなので、応援が来るまでクリーチャーを食い止めておくように、とのことだ」
「結局、自分たちでどうにかするしかないってことですか」
「そういうことだ」
苦々しい声のトーンからも、トバリがマチダから相当おざなりな対応を受けたことが伺えた。
そこへハスミが口を挟む。
「今、例の兵器のお披露目に向けて、司令部全体が動いているんです。こちらへの対応が十分にできず、申し訳ありません」
「例の兵器って?」
「あれ、シュカさん、ネット見てない? 二日くらい前に国内メディアで発表があったんだよ。週明け、新兵器の試運転をするとかで。今、ニュースはほぼその話題で持ち切りだぜ」
そう言ったのはアンジだ。
「あ、そうなの? このところ全然ニュースとかチェックできてなくて」
「まぁ、そりゃ仕方ねぇよ。ともあれ、やっぱり軍部は兵器を開発してたんだな。ノースの荒野地帯でテストするとか何とか」
トバリが話を戻す。
「さて、一方でノース・シティの住人の不特定多数に送り付けられたファイル付きメッセージについてだ。これに関しては、無差別テロの可能性ありとして、警察公安部で調査中とのことだった」
シュカは僅かに息を止め、無言で話の続きを待った。
「あのメッセージが送信されたのは、巨大クリーチャーが出現した後のことだっただろう。今回も何らかテロと絡んでいる可能性があると、マチダ室長に申し伝えた。だが、返答はこうだった。『例えそうであったとしても、今はクリーチャーの調査へ回す手がない』と」
「……なるほど」
「しかし、こちらとてシュカの息子さんが被害に遭っている。参考情報として、テロに関する捜査の進展があったら教えて欲しいと食い下がり、それについては承諾いただいた」
一瞬、胸が詰まる。
「……ありがとうございます」
「いや。何かクリーチャーに関連する事実が分かるかもしれないからな」
ハスミが後を受ける。
「今回のテロ関連のことは、私が窓口なんです。マチダ室長直属の事務官は私を含めて三人いるんですが、他の二人は新兵器関連の業務に掛かりきりなので、その他業務や雑用は一番下っ端の私が引き受けています」
「公安からの情報をこちらにもらうのは大丈夫なんですか?」
「誰もが被害者になる恐れのあるケースなので、注意喚起のためにいずれ一般開示される予定の情報です。それであれば問題ないと、マチダ室長も了承済みです」
ハスミは「資料の持ち出しは禁止なので、口頭でお伝えするだけなんですが」と前置きした上で、話を始めた。
「まず、例の添付ファイル。あれを細かに解析した結果、プログラムの中に特殊な脳波刺激を発生させるコードが組み込まれていることが分かったそうです」
「特殊な脳波刺激、ですか」
「えぇ。あのプログラムには、睡眠そのものではなく、睡眠への欲求を促す信号が含まれていました。それにより、被害者は暗示に掛けられたような状態に陥っていると思われます。謂わば催眠術ですね」
「睡眠への欲求……自分の意思で眠り続けてるってことですか?」
「恐らく。見たことない形式のファイルでしたので、セキュリティ未登録ですり抜けてしまったようです」
そこでシュカはふと気付く。
「あの、もしかしたら……弟さんもあの時、同じような方法で……?」
「えぇ。コードの書き方によっては、行動の実行機能や意思決定を司る大脳前頭前野に、具体的な指示として働きかける信号を出すことも可能だと思います。今回は添付ファイルという形でしたが、あの時は強制的にプログラムを送り込まれたのだと考えれば。……あくまで私個人の見解ですが」
アンジが得意げな表情をする。
「まさに『指示された動きをしたくなっちまうようなプログラム』だな。ほら、俺の言った通りだったじゃねぇか」
あの兵士たちは、自らの意思で躊躇なく手榴弾のピンを抜いていたように見えた。そう行動するように、脳波刺激を与えられていたのだろう。
ハスミは強張った表情で話を再開する。
「それから、これはここだけの話なんですが……メッセージの送信元に関して、ちょっと信じられないことが判明したんです」
「……と、言うと?」
「まず、あのメッセージそのものは、無関係の企業のサーバーを踏み台にしてばら撒かれていたことが分かりました。そこからさらにログを辿っていったところ……」
ハスミがちらりとトバリを見やる。彼は頷き、続きを促す。
「送信元は、旧産業廃棄物集積地区——つまり現在のスクラップ投棄エリアの、管理棟にあるコンピュータでした」
ハンターたちがざわめき始める。
やはりと思うと同時に、驚きもあった。管理棟とはつまり、あのエリアの最奥にある朽ちかけた建物のことである。
「あの管理棟が、まだ生きてるってこと? コンピュータが稼働してるんですか? しかもそこが送信元? 中継地点でもなく?」
「はい、送信元で間違いありません。そのコンピュータは特殊な防壁プログラムで保護されているらしく、侵入できないそうです」
トバリが低い声で言う。
「やはり、あのエリアには何かがあるということだ。管理棟にあったシステムごと、何者かに乗っ取られている可能性がある」
ハスミが、言いづらそうにそっと付け加えた。
「実はマチダ室長から、このことをハンターチームの皆さんにお伝えするのは一連の業務に区切りがついて落ち着いた後にしろ、と言われたんです」
「それは……」
一同、黙り込む。完全に煙たがられているということだ。
アンジが小さく肩をすくめた。
「まぁ、お偉方は頼りにならねぇってことで。何にしてもやっぱり、あのテロはクリーチャーが関係してるってことだな」
シュカはこれまでの情報から考えを巡らせてみた。
メッセージを送り付けられたのは、ハンターチームのメンバーのうち三分の一程度と、ノース・シティの住民約二千人——つまり人口全体の一パーセントに満たない数だ。
不特定多数にばら撒かれたという割には、現場にいた仲間に集中している。
これはいったいなぜなのか。
そして三日前の戦闘時には、巨大クリーチャーの顔面に嵌った一対のレンズが太陽光を反射していた。
どちらも恐らく、あの『目』があったのだ。
「……あ」
「どうした、シュカ」
「いえ、ちょっとした憶測なんですけど……」
チームの仲間たちが、じっとシュカに注目している。
「あのクリーチャーの目みたいなやつ。あれはまさしくカメラのレンズで、あそこに映った人間を特定して、狙ってファイルを送り付けた可能性はありませんか。三日前の戦闘時、あの目は私の姿を捉えていたように感じました」
「確かにシュカの言う通り、メッセージを受け取ったのも、あの場にいた我々に集中しているからな」
アンジが無精髭の顎をさすりながら唸る。
「でも、それにしたって、やっぱり相手の端末のアカウントやアドレスの情報がなきゃ、メッセージやら何やらも送ることができないんじゃないですかね? まさか人相を含む個人情報がどっかから流出してて、それを敵さんが握ってる可能性とかってあります?」
トバリが頷く。
「そもそも、三日前の一件の目的が全く分からない。あのクリーチャーは何をしに出てきたのか、そしてあの催眠プログラムは何のために送信されたのか。『自爆』のケースと違って、クリーチャーに絡めたテロと言うには奴らの動きとサイバー攻撃がちぐはぐだ」
未だ正体の見えぬ敵。ただひたすらに不気味である。
「何にしても、クリーチャーに視認されることで標的にされるのなら、我々ハンターが最も危ないということになりますね」
「もっと有効な対策ができれば良いんだけど……」
「あのセキュリティソフトは、クラッキングされた後にしか対応できないからな」
「次にまたああいう個体とエンカウントしたら……」
不安な呟きがそこかしこから漏れる。
その澱んだ空気を揺らしたのは、ハスミの澄んだ声だった。
「それに関して、皆さんに一つご提案があります。私が今日ここを訪れたのはそのためです」
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