1ー2 退勤とお迎えと晩ごはん
「あっ、もうそんな時間ですか?」
ぱちくりと目を
「うん、今日はちょっとワームの数も多かったから、いつもより遅くなっちゃったよね……ごめん、一番面倒な作業なのに」
「いえいえ! あの、大丈夫です。僕一人いれば、後は回収班の人たちと手分けしてやりますから。早く息子さん迎えに行ってあげてください」
「ごめんね、ありがとう。あと、ついでで悪いんだけど、スカイスーツと武器、事務所に戻しといてもらっていい?」
「えっ……いいですけど、あの、どうやって……?」
エータが首を傾げると、シュカはつい先ほどまで彼が隠れていた岩を指さした。
「今からあそこの陰で着替えてくるから」
「えっ? あんなところで?」
「大丈夫大丈夫、誰もいないし」
「えっ……えぇ……?」
そこにはシュカのバイクも駐めてある。直帰できるようにと、着替えは荷物と一緒に積んであるのだ。
岩の向こう側まで行き、まずはリュック型バッテリーと計十二基の電動ファンを外して、専用ケースに収めた。
続いて、内部に特殊な配線の張り巡らされたボディスーツを脱いで下着姿になり、豊満な胸の谷間や腋の下に溜まった汗をタオルでさっと拭う。
そして私服のカットソーとジーンズを素早く身につけ、出動時に着てきた制服のジャケットを羽織った。黒地でがっしりした作りの、合わせ部分に真鍮のフック式バックルが四つ付いたものだ。
エータの元へ戻り、スカイスーツ一式と
「じゃあ申し訳ないけど、洗浄と充電よろしくね」
「あっ……はい、お疲れさまでした!」
「お疲れさま、また明日」
シュカは生真面目に敬礼するエータに別れを告げ、岩陰のバイクに跨った。トレードマークである朱い花の描かれたヘルメットを被り、スロットルを回して愛車を発進させる。
見渡す限りの荒野。二十五年前に焦土と化して以降、ここには草一本すらも生えない。
そんな不毛の大地を、大型バイクでかっ飛ばす。流線型・低重心のボディで風を切り、後輪で砂煙を巻き上げながら、東へ向かって疾駆する。
翳りゆく夕暮れを映す太陽光パネル群を行き過ぎ、何本もの鉄塔を追い越していくと、やがて遠目に小さく街の影が見えてくる。
ノース・シティ。人口約二十五万人が暮らす、国の北部に位置する辺境の都市である。
街を半囲いする鋼鉄製の壁のおかげで、城塞都市のような風体だ。以前、西の封鎖区域から脱走してきたスクラップ・ビーストの群れが街を襲ったことがきっかけで、防護のために建築されたものである。
ふと、地面にワームの巣と思しき穴を見つけ、シュカはバイクを停めた。
街まで約五キロの地点。今までこのエリアに巣穴はなかったはずだ。穴のサイズを見る限りでは小型の個体だろうが、奴らの活動範囲は徐々に拡がってきているのかもしれない。だとすれば報告する必要がある。
そのことを頭の片隅に置くと、シュカはバイクを再発進させた。
いつも使っている第三ゲートをようやく目視する。オペレーション中に見た薄橙の空は、今やすっかり夜の帳に覆われていた。
「まずいな……」
ヘルメットの中で独り言ち、シュカは愛車を更に加速させた。
第三ゲートをくぐって壁の内側へと入れば、自宅のある第三居住区に出る。
この都市の半分ほどは大陸戦争後に再建されたものだ。
ここはシュカが生まれた時から暮らしている土地だが、焼き落とされる前はどんな風景だったのか、当時八歳だった彼女にはほとんど思い出せない。
整然と区画された街並み。滑らかな道路を、等間隔に配置された街路灯が照らしている。似たような形の家や集合住宅ばかりが立ち並ぶ地区だ。
学校などの教育機関、食品や日用品を扱うマーケットも揃う、ファミリー層が多く暮らすエリアだが、この時間帯は人通りもなくひっそりしていた。
ここと隣接する第一工業区との境目付近に、子供を預けている保育園はある。
園に到着したのは十九時二十分。
テラスから園舎を覗くと、シュカに気付いた若い男性保育士が出てくる。
「カンザキさん、どうもお疲れさまです」
「こんばんは。すみません、遅くなりました」
「いえいえ。イチくん、ママが迎えに来たよ」
保育士が教室の中に声を掛けた。
広い部屋にぽつんと一人で遊んでいた水色のスモック姿の男の子が立ち上がり、こちらへ向かって駆けてくる。
シュカの息子、イチ。マイペースで気分屋な五歳児である。
「ママ!」
「イチ、遅くなってごめん」
「ママみて! すっごいのかんせいした!」
「ん? 何?」
「あれ!」
得意げに鼻の穴を膨らませるイチの指さす先には、複雑怪奇な形状に組まれたブロックの超大作がある。
「おぉ、おっきいね。何作ったの?」
「どうろ!」
道路。
「すごいじゃん! かっこいいのできたね」
「うん!」
自分によく似た赤茶色の柔らかな髪をわしゃわしゃと撫でる。良かった、今日はご機嫌の日だ。内心でほっと息をつく。
この保育園は十八時半を過ぎると延長料金が掛かる。だから、ほとんどの保護者はその時間までに子供を迎えに来る。
シュカもできるだけそうしているのだが、今日のように最後の一人となってしまう日も時々あった。場合によっては、保育園が閉まる二十時ギリギリになることも。
「ママ、おなかすいた」
「そうだね、早く帰ってごはん食べよう」
ブロックを片付け、保育士に別れの挨拶をして、門の外に駐めたバイクまで手を繋いでいく。
イチの頭にヘルメットを被せ、小さな身体をタンデムベルトで自分の腰に固定すると、シュカは家に向かって愛車を走らせた。
保育園から自宅までは、バイクで十分程度。今度は安全運転しながら、背中のイチに話し掛ける。
「イチ、今日の晩ごはん何がいい?」
「えっとねー、ジェニーちゃんのハンバーガー!」
「うーん、ジェニーちゃんとこ今日はお休みだからさ、それはまた別の日にしない? おうちで食べようよ。チャーハンはどう?」
「れいとうのやつ?」
「そうだよ」
「えー、このまえもそうだったじゃん」
「それじゃ、餃子も付けちゃう」
「やったー!」
いずれにせよ冷凍食品だが、今日は夕飯を自分で一から作る余力など残されてはいない。かと言って、幼児連れで寄り道するのも面倒である。
そもそも、ここ最近の経済情勢を反映してか、マーケットでも生鮮食料品は品薄だ。特にここは辺境の地であるため、価格もやたらと高い。
そんなわけで、家に買い置きしてあるのはインスタントや冷凍の調理済み食品ばかりだった。
自宅アパートメントに行き着き、バイクを駐輪場の充電ポートに繋ぐ。
共同部分の階段を上がり、行き着いた二階の部屋。玄関のネームプレートには『KANZAKI』の文字。扉を開けるや、荷物を放って夕飯の準備に取り掛かった。
「先に手ぇ洗ってきな」
「はーい」
冷凍チャーハンを器に出し、電子レンジで温める。冷凍餃子は油を引かずにフライパンに並べ、コンロの電源を入れた。
「パパのぶんもね」
「はいはい」
出来上がった料理を、二人分の大皿と、醤油差し程度の小皿に分ける。
大皿の方はダイニングテーブルに置き、小皿の方はキッチンカウンターの上にある写真立ての前に置いた。
差し向かいで座った
「それじゃあ、いただきます」
「いただきます! パパもね」
イチの言葉に、シュカは軽く笑って写真立てへと目を向けた。
そこにあるのは、白い歯を見せて笑う精悍な面差しの男性の写真。
そして、フレームにたすき掛けされた、傷だらけのひしゃげた
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