4ー6 繋がる記憶
「え、と……どうしてハスミさんがここに?」
「あの、私、実家がこっちで。第二居住区なんですけど。今は所用で帰省してるんです」
「あ、そうなんですね」
「アンジさんには、いろいろと相談に乗っていただいていまして」
「あ、そうなんですね」
いったい、いつの間に連絡先を交換していたのか。
「ごめん、急なことで。シュカさんにも話を聞いてもらった方がいいって、俺がミオさんに勧めたんだ」
「へぇ?」
『ミオ』というのが彼女の下の名前のようだ。
アンジがハスミに目配せをする。彼女は小さく頷き、シュカに向き直ると、控え目なトーンで言った。
「カンザキさん、お食事中のところを申し訳ありません。実は折り入って、カンザキさんにお訊ねしたいことがあるんです」
思い詰めたような表情。
シュカの頭上には未だ大量のハテナマークが浮かんでいたが、そんな彼女の様子を見ると、あまり無碍にもできない。
「えぇと、私で良ければ伺いますが……場所とか、ここでも大丈夫そうなお話ですか?」
「うーん、そうですね……」
店内に視線を巡らせて、ハスミが口ごもる。たぶん、あまり他には聞かれたくない話なのだろう。いつ客が来るか分からないし、ジェニーもいる。
「あ、うちにでも来ます?」
「いや、でもそうすると坊主がなぁ……」
イチを見ながらそう口を挟んだアンジは、ジェニーに顔を向けた。
「おネエさんはシュカさんの友達?」
「そうよ、高校の時からのね」
「そっか。そしたら悪いんだけどさ、もし良かったら、どっか小部屋みたいなとこ借りらんねぇかな。急に押し掛けてこんなお願い、ほんと申し訳ないんだけど。ちょっと機密に関することなんだ。ほんの十分くらいでいいからさ」
「……店のバックヤードくらいしかないわよ」
「ありがとう、助かるよ」
アンジが人好きのする笑みを浮かべると、ジェニーは満更でもなさそうに肩をすくめた。
「ごめんね、ジェニーちゃん。イチも見ててもらっていい?」
「いいわよ、なんかワケありみたいだしね」
カウンターの奥に案内され、扉を閉め切ると、店内のBGMが遠くなる。
薄暗いバックヤードには、大型冷蔵庫や食品の入った段ボールが置かれていた。それぞれ、事務椅子や逆さにしたビール瓶のカゴに腰を下ろす。
ハスミが遠慮がちに話し始める。
「まず、今からお話することは、軍上層部の機密事項に関わることです。つまり、私のしていることは服務規律に抵触します。それにカンザキさんを巻き込む形になるのは、私としては心苦しいんですが……」
「だが、俺たちの任務に関係することでもある。シュカさんも一緒に話を聞いてもらえると、俺も助かるよ」
「……どういうこと?」
少しの間の後、彼女は意を決したように口を開いた。
「例の、二ヶ月半前にあったスクラップ投棄エリアでの自爆テロのことです」
その眼差しは真摯そのものだ。大きな瞳の奥に、一縷の望みに縋るような切実さがある。
だが、それ以上に、彼女が今から何を打ち明けようとしているのかが気になった。
「……分かりました、お伺いします」
「あ、ありがとうございます……!」
ハスミは深く頭を下げ、姿勢を正した。
「カンザキさん、例の内部犯とされている兵士たちのことを、覚えていらっしゃいますか?」
「うーん、覚えてると言っても……マチダ室長から見せられたあの映像のインパクトが強すぎて……」
今でもありありと思い出せる。
警戒姿勢を解き、腰ベルトから手榴弾を取った三人。躊躇なく抜かれたピン。
真白く塗り潰された画面。
そして最後に映る、黒く焦げた鋼鉄の壁と、焼け焦げた遺体の残骸。
記憶に刻まれた臭いや衝撃も。
視線を落としたハスミが、抑揚のない声で言った。
「あの三人のうち、扉の一番近くにいた兵士。あれ、私の弟なんです……」
「え? ……あっ!」
ようやく思い出した。
二ヶ月前、国防統括司令部で初めてハスミに会った時、その名前をどこかで聞いたような気がしたのだ。
「私の弟は、サウス・シティ駐屯地の所属でした。あの日は駐屯地内の一部隊が例の任務に当たっていて、その中に弟もいたんです」
サウス・シティは、ノースよりも更に僻地である。セントラルから遠く離れたその街の駐屯地には、問題を起こして出世コースから外れた士官や素行の良くない者なども多い。
ハスミは携帯用マルチデバイスを取り出し、電源を入れた。小部屋の中がにわかに明るく照らされる。
空中に展開されたのは、その兵士の個人データだ。
ハスミ・リュウヤ、二十四歳。殉職による二階級特進で、伍長になっている。
——おい、ハスミ! 何やってんだ!
——すっ、すいません、あとちょっとだけ!
あの時シュカに話し掛けてきた兵士で間違いない。シュカの高校の後輩の。確かに彼は『ハスミ』と呼び掛けられていた。どうしてすぐにピンとこなかったのだろう。
「姉の私から見ても、弟はテロを起こすような人物ではありませんでした。元々、何か政治的思想があるタイプでもなく、独身寮の部屋にあった遺品を見ても、それらしいことを裏付けるようなものだって何も出てこなかったんです」
ハスミは淡々とそう言って、マルチデバイスの電源を切った。
バックヤードは再び薄闇に飲まれる。心なしか、先ほどよりも濃度を増した闇に。
遠くから聴こえる店のBGMが、あやふやな現実感を伴って意識に滑り込んでくる。
彼は、シュカの
あらゆる媒体がデータ化されている今の時代、個人的な嗜好や思想に関わるものはむしろデータで持っている人の方が多いだろう。
「電脳チップ端末のデータは、どうだったんですか?」
「えっと……端末そのものが残っていなくて」
「あぁ……」
「そこなんだよな。あの爆発でチップもろとも木っ端微塵になっちまったわけだろ。IoHで管理されてる情報やネット上の共同データベースは見られても、個人の端末に保存されてたデータまでは確認できない」
「なるほど、死人に口なしってことね……」
聞けば、他の二人も同様であったと言う。
「弟があんなことになって、私も聴取を受けました。交友関係も洗ったようですが、やはりそういった過激派組織等との繋がりは未だ何も見つかっていなくて。ですが上層部は弟をテロ犯と頭から決め付け、容疑者死亡の案件として処理しました。表沙汰にはしないことが決定された案件ですので、上層部にとってはむしろ隠蔽工作の方が重要みたいで……軍内部でも、この件は単なる作業中の『事故』として共有されています」
ハスミは俯く。
「マチダ室長が気を遣って、こっそり両親にお見舞い金をくださったようです。だから、あまり軍内部では大っぴらに言えないんですが……私、あの子がそんなことをしたなんて、どうしても信じられなくて」
そして、震えた声で呟く。
「私、ただ知りたいんです……なぜ、弟が、死ななくてはいけなかったのか」
アンジが無言のまま、そっと彼女の背中に手を置いた。
原型すらも留めない遺体。そんな形で喪った弟をテロの犯人と断定され、それを『事実』として隠蔽されたのだ。ハスミの心境は想像にも及ばない。
軍の外部の所属であり、あの作戦に参加していたアンジから声を掛けられたことが、彼女にとってただ一つの希望の光に思えたのかもしれない。
「ごめんなさい、カンザキさん……唐突にお邪魔して、こんな話をしてしまって……」
「いえ、お気持ちは分かります。大事な家族を喪った理由に納得できなきゃ、きちんとした弔いもできませんからね」
長い睫毛に縁取られた瞳が、シュカに向けられる。それが濡れているように見えるのは、気のせいではないだろう。
「ありがとうございます。覚えていらっしゃる範囲で結構なんですが……あの任務の時、弟たちの様子に変わったことはありませんでしたか? 何でも、ちょっとしたことでもいいので、教えてください」
「あの時シュカさん、割と入り口近くにいただろ。何か気付いてねぇかなと思ってさ」
「あぁ……うん」
国防統括司令部であの監視映像を見た時にも、違和感はあった。だが、マチダから秘密の保持を約束させられ、呑み込んでしまったのだ。
腹の中に仕舞い込んでいたものの形を確かめるように、シュカは口を開いた。
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