3ー4 共に歩む道
どうせ気持ちはバレていると思ったら、もう迷いはなかった。
「レイさん、って呼んでいいですか?」
「レイさん、今日は自主トレしていきます?」
「レイさん、ごはん行きましょう。こないだの定食屋さん、もう一回行きたいです」
「レイさん」
「レイさん」
はたから見ても分かりやすいアピールだった。いつの間にか職場内でも、気遣いと揶揄の合いの子のような公認めいた空気ができていく。
しかし、当のレイ本人がいまいち煮え切らない。
「まぁ、トバリさんからも下の名前で呼ばれてるしな……」
「自主トレな……一緒にやっても、もうあんまり教えられることもないぞ」
「え? あの定食屋? 別にいいが……あんな店でいいのか?」
「シュカ、ちょっと……」
「あの、距離が近い……」
業を煮やしたシュカがはっきりと想いを伝えてからも、レイはしばらく葛藤していたようだった。
「いや、これでも気を付けてたんだ。女性メンバーだからといって変な差別やセクハラをしないようにってな。だから、つまり、異性として見るのは、その辺のことが——」
「それとこれとは話が別です。そもそもレイさんは男とか女とかじゃなくて、私個人を見てくれてるじゃないですか」
「いや、だけどそれは結局——」
「もっと私を見てください。私も、レイさんを見てますから」
「えぇと……」
「……私じゃ駄目ですか?」
「いや、もちろん、そういうわけじゃないが——」
「もう、はっきりしてください」
「……ちょっ……と、気持ちを整理する時間をくれ……」
その後、何度かプライベートで一緒に出かけ、最終的にシュカが押し切る形で交際がスタートした。
例の彼とは、ずっと連絡を取っていなかった。二度ほど「会おうよ」という誘いがあったが、多忙を理由にそれを断ってからは梨の
そもそも、どうにも名状できないような関係になっていたのだ。伝え聞いた話によれば、また複数の女の子と同時並行的に遊んでいるらしい。
どういう因果か、彼がシュカと同じ所属先に赴任してくることになった。多少気まずくはあったが、日常で接する分には互いに普段通りだった。
だが、一応ひとこと断っておくべきだろうと、レイと付き合っていることを彼に告げた。
「そっか、良かったな」
そんなさらりとした反応だけが返ってきた。
きっと向こうも気にしていないのだと思った。だったらこちらとしても、何も問題はない。
これまでのことが嘘のように、充足した日々だった。
レイと一緒にいるだけで心が満たされた。寂しくなったり、虚しくなったり、孤独を感じたりすることもなくなった。
「シュカは時々とんでもない無茶を平気でするからな。放っておけない」
レイがきちんと自分を見てくれているのだと、はっきり感じることができた。
仕事の面でも、シュカは実力を伸ばしていった。仲間たちと自然に呼吸を合わせ、適切に状況判断できるようにもなった。
この頃、何もかもが順風満帆だった。
二人が付き合い始めてから二年ほどが経った頃。今から七年前のことだ。
大型のスクラップ・ビーストが投棄エリアの鉄格子を食い破り、クリーチャーの大群が街を襲う事件が発生した。
陸軍の協力を得て、ハンターチーム全員で総力を挙げて敵を殲滅した。数は多かったが、数体いた大型クリーチャーさえ倒せば残りは雑魚ばかりだった。
戦闘終了後には、陸軍と共に瓦礫の撤去作業に当たった。
被害に遭ったのは、第三居住区の一部だ。家屋が無惨に壊され、五十名を超える死者が出た。住民たちは避難所で不安の表情を浮かべて身を寄せ合っていた。
事件直後は物資がなかなか行き渡らず、現場は混乱気味だった。
めちゃくちゃになった街並みや家族を喪った人々を目にすると、シュカは子供時代のことを思い出した。
敵の空襲で、何もかもを失くした日。それまでの生活が一変してしまった記憶。突然、途切れたように見えた道。
あの時から続く道の上に、今、自分は立っている。
だけどもし、両親が死なず、あの懐かしい家で暮らし続ける道があったなら、それはどこに繋がっていたのだろう。
たぶん、陸軍になど入ることはなく、レアメタル・ハンターにもなっていなかったはずだ。
辛い思い出ではあるが、今こうして誰かの役に立っているのであれば、こちらの道も間違いではなかったのかもしれない。
そう考えたら、少しだけ寂しい気持ちになった。
物思いに耽っていると、不意に小さな声が耳に入った。
「パパ、ママ……」
一人の女の子が、両親を探して泣いていた。
その姿が、かつての自分と重なる。
「パパやママと、はぐれちゃったの? 一緒に探そうか」
シュカは片付け作業を一旦離れ、幼い少女の手を引いて、心当たりの人がいないか尋ねて回った。
ノース・シティの住民の多くが避難所に集まっていた。体育館や集会所はどこも満員だ。
幸いなことに、彼女の両親は小一時間ほどで見つかった。
「ありがとうございます! 良かった……本当に良かった……」
父親と母親が娘を抱き締める。
再会を喜び合う家族を見ていたら、知らず知らずに目の奥がじんと熱くなった。
繋がる道。
自分には、存在しなかった道だ。
物陰に入って、誰にも見られないように涙を拭う。
その時、声を掛けられた。
「シュカ、こんなところにいたのか」
レイだった。シュカの様子を認め、はっとした表情になる。
「シュカ……」
「あの……さ、さっきの子は、ほら、親が見つかったよ」
「あぁ……」
「ごめん、すぐに戻るから……」
「いや、大丈夫だ」
シュカが助けた少女とその両親を眺めながら、レイが呟く。
「良かったな。家族が別れ別れにならずに済んで」
「うん、そうだね……もし、帰る場所や、大事な人がいなくなったりしたらさ……」
迷子みたいだった、かつての自分。
また、ぐっと喉が狭くなる。
「……心細くて、どこに向かって進んでいったらいいか、分かんなくなっちゃうから……」
すん、と洟をすすった直後、大きくて温かなものが頭の上に置かれた。
見上げれば、レイが穏やかに微笑んでいる。
「シュカ、さっきからずっと考えてたことがあるんだ」
「何?」
「こういう局面になると、人の絆の大切さがよく分かる。手を取り合う人がいれば、前を向いて進んでいける」
「うん……」
「俺たちも——」
少しだけ、躊躇うような間があった。
その時レイからもらった言葉を、きっと一生忘れはしないだろう。
「この先もずっと同じ道を歩いていくだろ? だから、家族になろう」
こんな未来を、どうやって想像できただろう。
ありきたりな幸せが、だけど得難い幸せが、当たり前のように存在することを。
二人が結婚した翌年、イチが生まれた。
シュカにはそこでハンターを引退するという選択肢もあった。だが、その時点でチームの主力メンバーとなっていた彼女は、休職後に復帰することを選んだ。
妊娠初期から、約一年半のブランク。基礎トレーニングから再開し、擬似オペレーションで感覚を取り戻す。
ちょうど、投棄エリアの新しい壁の外にスクラップ・ワームが出現し始めた頃合いである。
エリア内のクリーチャーは年々凶暴化しており、怪我人も出ていた。
そのため、レアメタル・ハンターたちは狩りの場を投棄エリアから荒野へと変えた。
それまでとは比べ物にならないほど対象範囲が広い。また、ターゲットとするワームの性質とも相まって、チームではなく単独でのオペレーションを行うことになった。
「いくらワームが楽な相手とはいえ、チームじゃないのは少し大変だな。全部を一人でやらなきゃならない。非戦闘員のサポートメンバーはつけてもらえるけど、自分が負けたらそれで終わりだ」
「だったら、勝てば良いだけの話だよ。時間の調整はしやすいから、イチを送り迎えするにはむしろ都合いいかも」
夫婦ともにそれぞれ割り当てのエリアで獲物を狩り、仕事を早く終えた方がイチを迎えに行く。
交代で休み、年に一度は長期休暇を合わせて遠出もした。
ごく普通の、幸せに満ち溢れた、家族三人で進む道。
シュカもレイも、こんな日々が未来永劫続いていくものだと信じていた。
二年前の、あの日まで。
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