3ー5 そして、二年前
それは、鈍色の雲の垂れ込めた空からちらちら小雪が舞い落ちる、ある寒い日のことだった。
シュカはレイやトバリを含む仲間と共に、久しぶりにスクラップ投棄エリアを訪れていた。
国防統括司令部から特別な指令が下ったのだ。目的は、飛翔型クリーチャーの殲滅だ。
投棄エリア内の怪物たちは、日々進化を遂げていた。せいぜい低空飛行しかできなかったスクラップ・ドラゴンの中から、二十メートルある鋼鉄製の塀より高く飛ぶものが出現し始めたらしい。
対策として、エリアをぐるりと囲んだ壁の上部に電磁バリアの発生装置を取り付け、蓋をすることになった。
それを設置する業者の安全確保のため、その作戦は決行されたのである。
陸軍のスカイスーツ部隊十名に加え、ハンターチームの選抜メンバー七名での任務だった。
分厚い扉をくぐり、旧時代の鉄屑ゴミで溢れる投棄エリアに足を踏み入れる。
『相変わらず、ここは足場が悪いですね。このところ平坦な荒野ばっかりだったから、足腰にガタが来そうだ』
『情報によれば、衛星画像で確認されたドラゴンは全部で五体だ。気を引き締めて捜索に当たれ』
ヘルメットの内蔵インカム越しに会話しながら、全員で警戒しつつターゲットを探す。
少し進むなり、大量のスクラップ・ビーストに遭遇する。それを倒し切らぬうちに、今度は人型クリーチャーの群れが襲ってきた。かつてよりもエンカウント数がかなり多く、シュカは内心驚いていた。
久々の集団でのオペレーションとはいえ、チームワークは健在だった。以前と比べればクリーチャーの数や凶暴性は増していたが、歴戦のハンターたちの敵ではない。
陸軍の兵士らと共に雑魚を蹴散らしつつ、メインターゲットであるドラゴンを、三体、四体と難なく狩っていく。
『これ、回収班呼びましょうか? 相当な量のレアメタルが抽出できますよ。僕らレアメタル・ハンターの仕事としてはね』
『馬鹿言え、回収班の作業中の護衛は誰がするんだよ』
そんな軽口を叩き合う余裕すらあった。
『予定ではあと一体だ。最後まで気を抜くなよ』
『了解』
『了解です』
トバリの声にそれぞれが応じ、エリアの奥へと向かう。
進めば進むほど、地形は入り組んでいく。高く積み上げられたスクラップがそこかしこで無造作に崩れ、行く手を阻んでいた。
やがて、エリアの最奥にある『管理棟』と呼ばれる建物が見えてきた。コンクリートでできた壁はあちこち削られ、抉られて、中から錆びた芯材が覗いている。
噂には聞いたことがあったが、実際にこんなエリアの奥まで来るのは、シュカにとっては初めてだった。
ふと、違和感に気付く。
「なんか、地面揺れてませんか? 地鳴り……?」
『え? そうか?』
『こちらも特に異変は感じないが……』
「……そうですか。すみません、気のせいだったかも」
確かに、今はもう何も感じない。
だが先ほどは、分厚い靴底の下で何かが細かく振動しているような気がしたのだ。
不意に、仲間の一人が声を発する。
『ターゲット発見。八時の方向』
左斜め後ろを振り返る。すると小山の向こうに四トントラックほどのサイズのスクラップ・ドラゴンが見えた。シュカが試用期間最後のオペレーションで倒したのと同程度の個体だ。
『ハンターチーム全員で包囲。奴に気付かれるな』
『了解』
音を立てぬように用心深く歩き、相手の背後へと回り込む。ハンターたちが、素早く敵を取り囲んだ。
『速やかにターゲットを滅する。攻撃開始!』
トバリの号令を皮切りに、総勢七名のレアメタル・ハンターがドラゴンへと斬り掛かる。
ある者は脚を薙ぎ払い、ある者は翼をへし折り、ある者は胴体を貫く。
鉄屑の身体を持つ飛竜が、瞬く間に解体されていく。
レイの巨斧が閃き、太い首を斬り落とす。それでもなお、
シュカはシールド上のマーク目掛けてロングソードを構え、地を蹴った。
だが、その瞬間。
シュカの身体が、強烈な衝撃によって弾き飛ばされた。
一瞬意識が暗転し、気付けば地面に転がっていた。左肩に、激しい痛みが脈打っている。その付近が血に濡れている感触があった。
『シュカ!』
レイに名を呼ばれ、呻きながらどうにか身を起こす。
先ほどのドラゴンが、トバリの長刀によってとどめを刺されているのが視界の端に映った。
『状況を確認せよ!』
『な、何だ、あれは……』
仲間の声に、顔を巡らせる。
すると、シュカの倒れた位置から数十メートル離れた管理棟のすぐ手前に、それはいた。
こんもりと
一言では名状し難いそれは、一見すれば辺りにいくらでもあるスクラップの山と錯覚する。シュカを攻撃したと思われるアームで、今は手近にいた陸軍兵の身体を貫いている。
『未確認のクリーチャーです。いや、待て……』
『な、何だ……?』
ぎしぎしと耳障りな音が鳴り、その物体のシルエットが変わっていく。それは見る間に縦長の形状へと成長し、巨大な人型と相成った。
成人男性の身長ほどもある頭部には、レンズのような二つの目がある。
『あんなでかい人型は見たことがない……』
『下手に刺激するな。出方を見よう』
巨人の首が、ぐるりと巡る。
レンズの双眸がちかりと煌めき、ハンターチームのいる方向を見定めた。
そして、次の瞬間。
『おい、向かってくるぞ!』
身長十メートルを超えているであろうクリーチャーは、しかしその体格に似合わぬスピードで突進を始めた。
レイが即座に電動ファンをフル回転させ、一直線に飛行し、手にした巨斧ですれ違いざまに敵の脚を薙ぐ。だが相手は僅かにバランスを崩すのみで、その進行が止まることはない。
レイはすぐさま方向転換し、後方から巨人の膝の裏に斧を打ち込んだ。さすがの巨躯も、今度は大きくぐらついた。
そこへすかさず、二人のハンターが続けざまに攻撃を仕掛ける。
一撃、二撃と巨人の胴体に叩き込まれた刃は、通常の敵であればその構成物を効果的に抉る。だが、今回の相手は露ほどのダメージにもならないらしい。
巨人は右手を伸ばし、片方のハンターの身体を掴んだ。
『なっ……うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
そこから抜け出す隙もなく、彼は壮絶な叫び声を上げた。
ごきり、と鈍い音がして、唐突に声が止む。
巨人の掌が開かれる。真っ二つに砕かれた彼の身体が、壊れてバラバラになったマリオネットのように崩れ落ちる。鮮血が、鋼鉄の手から滴っていた。
『貴様ぁ!』
別の一人が斬りかかるも、横合いから巨人の左手が襲い来て、呆気なく
トバリが檄を飛ばす。
『落ち着け! 退路を確認しろ!』
だが小型クリーチャーの群れが、来た方向からわらわら湧いていた。それに対し、陸軍兵たちが自動小銃で応戦し始める。まだ簡単には退却できそうにもない。
まさに最悪の状況だった。
仲間の一人は息絶え、もう一人も戦闘不能。
シュカとて左肩を貫かれ、今も血を失いつつある状態で、あの怪物相手に上手く立ち回れるかと問われれば微妙だ。
立て膝をついて身を屈めながら自分の出方を窺っていると、壁のようなものが視界を遮った。
大柄な体躯。青白い閃光があしらわれたヘルメット。レイだ。
「シュカ、大丈夫か。下手に動かない方がいい」
「全員でかかれば、きっとあいつを倒せる」
「お前はじっとしてろ。傷が痛むだろ」
「私なら大丈夫。まだ戦える」
「無理するな。今回ばかりは相手が悪い」
「でも……」
「いいか、俺たちは何が何でも家に帰らなきゃならない」
そう言われて、愛しい我が子の顔を思い出す。
三歳の息子、イチのことを。
「そうだね、二人で帰ろう。イチを迎えに行かなきゃ」
「……あぁ、もちろんだ」
今、巨人に対しては、トバリ他二名が応戦している。
一方、退路を塞ぐ雑魚の群れは少しずつ数を減らしていた。だが、まだ突破できるほどではない。
『ハンターチームは巨人クリーチャーを足止めして時間を稼げ』
そんな指示が入る。
シュカはブレード・ウェポンを再起動し、ロングソードの形へと変じさせた。
大丈夫、飛べる。積極的な攻撃はきついが、囮になるくらいなら問題ないはずだ。
大腿部と背中の電動ファンが、小さく唸り始める。
「一、二の三で同時に出よう。私があいつを撹乱して飛ぶから、レイさんはまた足元をお願い」
「……あぁ」
三人のハンターが弛まぬ攻撃を続ける中、巨人クリーチャーの視線が完全にシュカとレイから逸れた。
今だ。
「一、二のさ——」
しかしその瞬間、急に腰を引き寄せられた。
気付けばシュカは、レイの逞しい腕に抱きすくめられていた。
「レイさん、何を——」
「ごめん」
「え——」
ばちん、と頸椎から脳天に電流が走る。
何が起きたのか、何をされたのか、考えを巡らせる暇もなく、たちまち視界が暗転する。
「シュカ、————……」
レイが耳元で囁いた声は、混濁した意識の
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