3ー3 作られた自分と本当の自分

 シュカが正式にレアメタル・ハンターとなってから一年が過ぎた頃、ある出版社から取材の申し込みがあった。

 『月刊ARMY Net』。軍隊の活動内容などを紹介する電子マガジンだ。毎号一人ずつ、第一線で活躍している女性兵士をピックアップするコーナーがあり、その流れでシュカにお鉢が回ってきたらしい。


 実戦の様子などの撮影があり、界隈では有名な男性記者から取材を受けた。

 その時から、何となく噛み合わない印象だった。会話や、相手とのスタンスが。


「お綺麗な方で、驚きました」

「あの戦争の空襲でご家族を亡くされたんですか」

「ハンターチームでは初の女性メンバーということですが、女性がいると場の空気も和らぐでしょうね」


 任務や訓練の話をしようとしても、いつの間にかズレた話題に誘導されてしまう。

 まるで、見えない鎖で足を繋がれているかのような気持ち悪さがあった。決められた範囲から外へ出るなと言われているみたいな。


 出来上がったものを見て、腑に落ちた。

 容姿や人となりの印象から始まり、戦争孤児であるという生い立ちのことが盛り込まれた記事。レアメタル・ハンターの仕事内容は、文章の末尾にさらりと触れられているだけだった。


 最悪なのは立体写真だ。ただでさえ身体の線が出るスカイスーツ。クリーチャーを相手取って空中で躍動する自分の姿は、予想以上に煽情的だった。そういうカットが選ばれていた。

 そこに、楚々とした笑顔で敬礼するショットが並ぶ。

 これでは、アイドルの立体ホログラビア記事と何ら変わりないのではないか。


『辛く哀しい経験を乗り越え、女性ながらに軍人を志し、現在は紅一点のレアメタル・ハンターとして現場に

『こうして対面していても、彼女が危険な任務に身を置く人物だとは、とても信じられない』


 記者のコメントを、その通りだと思った。そんなものは自分ではない、とも。


 ただ、購読者のほとんどが男性のマガジンだということを考えれば、女の自分がこうした扱いになることも理解はできた。

 その『男性ばかりの職に就いた若い女性』がどんななのか、世間はただそれが知りたいだけなのだ。


 一方で、周囲の反応は概ね良かった。


「メイク映えするね。スタイルもいいし」

「これまで苦労してきたんだ。あなたみたいな美人なら、いつかいい出会いがあって、きっと幸せになれるよ」


 ジェニーだけは「アンタらしくないわね」と言ってくれたが、何だかモヤモヤした。



 それまでにも、同様のことはあった。

 大陸戦争が終結してから十数年。女性兵士も少しずつ増えてきたとはいえ、全体の五パーセントにも満たなかった頃だ。

 男女一緒の基礎訓練で、シュカはそれなりの成績を修めた。だが初任地の上官からは、最初から役に立たないお荷物のように扱われた。

 性的なニュアンスの揶揄からかいを受けることもしばしばあった。それに反発したりすれば、冗談の通じない奴だと疎まれた。

 一緒に配属された同期の女子は、三ヶ月も経たぬうちに辞めた。


「これだから女は」


 上官がそう口にしたのを聞いた。

 自分は違うと、肩肘を張った。虚勢に近かったかもしれない。舐められないように、強くいられるようにと。


 スカイスーツは、そんなシュカにとって画期的な装備だった。

 体力や筋力以上に、空中で姿勢を維持する独特のバランス感覚と体幹の強さ、加えてイメージによる脳波操作の正確さが物を言う。

 そして何より、空を飛び回るにはむしろ身の軽い女性の方が断然有利だ。


 有能であれば、性別や体格などのスペックを理由に軽んじられることはないはず。


 シュカはひたすらスカイスーツ操作の技能を磨いた。その結果、誰よりも巧みに飛行装置を操り、自由自在に空を駆けられるようになった。

 レアメタル・ハンターには、なるべくしてなったのだと思った。例え軍から厄介払いされたのだとしても、このノース・リサイクルセンターこそ自分の活躍できる場所だと、そう思っていた。


 そのはずだったのに。


 数日間なんとなく沈んで、馬鹿らしくなった。これしきのことで悩むのは時間の無駄だと。

 よくある話じゃないか。それを気にする方がおかしいのだろう。

 何の実害もない。これからも、自分の職務を淡々と果たすだけだ。

 そうやって自らに言い聞かせた。


 だが、くだんの記事に対して難色を示した人物がいた。

 レイだ。


「シュカはお飾りの見世物じゃありません。家族のこととか……こんな風にプライベートを曝すような内容、下世話にも程がある」


 まずはトバリにそう告げ、出版社に抗議すべきだと主張した。


「確かに、レイの言うことも分からなくはないが……決してシュカを貶める内容ではないし、国防統括司令部からの評判も良いらしいから、その上で抗議は難しいな」

「しかし、これではあまりにも……」


 トバリの立場上、仕方のないことだとシュカは思った。

 レイが自分のことで食い下がれば食い下がるほど、余計に惨めな気持ちになった。


「他の媒体から取材依頼や問い合わせが来ているが……それは断っておく」


 以前の上官と比べたら、トバリは遥かに理解のある上司だった。




 ひと騒動が収まった頃、レイが夕飯を奢ってくれることになった。二人きりで食事をするのは初めてだったが、浮かれた気分にはなれなかった。

 レイの行きつけの定食屋で、カウンター席に並んで座った。店内は適度に騒がしく、会話が途切れても気にならないのは良かったかもしれない。


「今回のことはすみません、いろいろと気を遣ってもらってしまって」


 シュカがそう言うと、レイは顔をこちらへ向けた。


「そんなのは気にしなくていい。当たり前だろ、仲間のことなんだから。というか、別に気を遣ったわけじゃない。そもそも俺が勝手に言い出したことだしな。許せなかったんだよ、あんな書き方は」


 仲間。そう言ってもらえたのは、素直に嬉しい。だけど、どうにもわだかまりが消えない。

 シュカの浮かない表情に、レイは太い指でぽりぽりと頬を掻いた。


「……悪い。俺一人だけで騒いでたかな。シュカには却って気まずい思いをさせたかもしれない」

「いえ……」


 脳がすぅっと冷える。

 ずっと平然と振る舞ってきたことだった。

 それに対して傷付いていると、レイに勝手な同情をされたことが、殊の外ショックだった。


 自分が傷付いているということに、気付きたくなかった。


 注文した人工培養鶏の唐揚げ定食が二膳、二人の前に運ばれてくる。

 レイはさっそく唐揚げの一つを大きく齧り、豪快に取った白米と一緒に咀嚼してあっという間に飲み込むと、独り言のようにぽつりと呟いた。


「あの記者だって、シュカが戦ってるところを見たはずなのにな。お前ほど見事に飛行装置を操れる奴はいないのに」


 ぱちりと瞬きをする。思わず隣を見上げた。

 頭一つ分ほど高い位置にある瞳が、悔しさを滲ませてどこか遠いところを睨んでいる。


「スカイスーツがあれば、女性であってもあれだけのパフォーマンスが可能なんだ。それはもちろん、お前の努力あってのことだろう。そこを記事にしないなんて、あの記者は全く見る目がない」


 咄嗟に返事ができなかった。

 そうか、この人は。

 何もシュカのことを憐れんでいたわけではないのだ。

 胸の奥がむず痒い。


 シュカの視線に気付いたレイが、ふっと口元を緩めた。


「あぁ、でも、あの写真は確かに綺麗だったな。俺は普段の方がいいと思うけど」

「……へっ?」

「あ……すまん、こういうのもセクハラになるんだよな」

「い、いえ……」


 ものすごい勢いでかぁっと頬が火照るのが分かった。耳の先まで熱い。

 他の誰に言われても素直に受け取れなかった言葉が、ストレートに鼓動を速めてくる。

 いったい、この人はどこまで本気なのだろう。酸欠で頭の中身がぐるぐる回っている。


「もし俺が気に障るようなことを言ったりしたら、遠慮なく教えてくれ」

「いえ、そんな……カンザキさんはいつも優しいし、フェアじゃないですか。だから好きになったんで——」


 動揺のあまり、知らぬうちにおかしなことを口走っていた。


「……え?」

「な、何でもないです!」

「そ、そうか……」


 気まずい間を、店内の喧騒が横切っていく。それ以上に自分の心音がうるさい。変な汗をかいている。

 シュカは慌てて料理に手を付け始めた。もはや何を食べているのか、味もよく分からない。

 正面を向いたまま無言で食事を続けながら、レイを意識する。隣り合った右腕が熱い。


 あの時の言葉を思い出す。


 ——俺がお前を見てるから。


 この人は、本当にシュカを見てくれている。


 ——それはもちろん、お前の努力あってのことだろう。


 気を抜くと涙が出そうになるのを、じっと堪えることで精一杯だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る