2ー3 不思議な光

 十三時になり、作業が始まった。

 号令と共に兵士たちがきびきびと動き出す。彼らは高い壁に梯子を掛けて昇り、上部に取り付けられた電磁バリアの出力部に損傷などがないかを点検しているようだ。

 一方で、設備担当の業者は扉の外側の開閉装置の操作パネルや大型の分電盤の検査を行なっている。


 ノース・シティの四分の一ほどの面積がある、広大なスクラップ投棄エリア。それをぐるりと取り囲む塀はさすがに外周も大きく、簡単な確認作業であっても時間が掛かる。

 リサイクルセンター組で軽く打ち合わせをし、周辺の見張りをしながら、待つこと二時間。

 ようやくエリアの中へ入る時がやってきた。時刻は既に十五時過ぎになっている。


 中央軍の列の最後尾に加わり、シュカたちも一緒に陸軍の隊長から指示を受ける。


「我々の役目はパネルの点検と修理が終わるまでの設備担当者殿の警護だ。積極的な交戦はしないが、いつでも応戦できる状態で周囲を警戒しろ。気を引き締めて任務に当たれ」

「了解」


 ハンター三名もそれぞれ装備を整えた状態だ。

 携えた武器は複合型電磁銃マルチレールガンと、接近戦用のブレード・ウェポン。普段はワーム相手なので後者を使うことはあまりないが、エリア内で戦闘の可能性があるなら話は別である。様々な事態を想定しなくてはならない。


 ヘルメットの内蔵インカムをオンにすると、陸軍と共通のチャンネルが開き、部隊の隊長から通信が入る。


『まずは我々が先行する。リサイクルセンターの皆さんはその後に』

「了解」


 普段は閉鎖されているこの区域に入るためには、国防統括司令部への事前申請が必要である。今回限りのパスコードが隊長によって入力されると、重い扉が鈍い音を立ててゆっくり開く。

 出入り口は、大型トラック一台がぎりぎり通過できる程度の幅と高さだ。鋼鉄製の壁の厚さは約一メートル。

 まずは部隊のうちの十名——アルファ班——が先陣を切ってエリア内部へと進み入った。

 トバリ、シュカ、アンジがそれに続く。

 最後に設備業者が入って、再び扉が閉まる。残りの者——ブラボー班——は外で待機である。


 中へ入ると、壁から三メートルほど内側に古い鉄格子の残骸がある。それに引っ掛かるようにしてぶら下がっているボロボロの看板は、『関係者以外立入禁止』の文字が掠れて消えかけていた。

 元々あった囲いがこれだ。曲がったり破られたりして、既に柵としての用を成してはいない。二年前に来た時は、もう少し原型を留めていたはずだ。

 出入り口の横にある扉の操作パネルには、確かに大きな亀裂が入っていた。鋭いもので引っ掻かれたような跡である。


 早速、それぞれが仕事を始める。

 パネルの修理を担当する設備業者一名と、それを囲うようにして守る兵士が三名。

 その他の兵士も、出入り口から半径百メートル以内の範囲にいる。衛星画像に映っていた大型スクラップ・ビーストを警戒しているのだ。

 点在する兵士たちの間を取るように、ハンター三名は立った。


 目の前に広がるのは、まさにスクラップの海だ。ひしゃげた廃車や航空機、ばらばらに砕けた家電、腐食して折れ曲がった鉄骨、解けた電線の束。どこへ視線を向けても、乱雑に積み上げられた不用物ばかりである。

 何となく視界全体が色褪せて見えるのは、空に紗を掛ける電磁バリアやヘルメットのシールドだけのせいでは決してないだろう。

 ここにある多くが、大陸戦争時代に投棄されたものだ。どれもこれもが酷く錆び付き、経過した時間の長さを物語っていた。

 手付かずのまま放置された、在りし日の残骸。かつてここに来るたび感じていた、何かから取り残されたような物寂しさが、今日も薄っすらと胸の中を覆っている。


 それにしても、何だかやけに静かだった。

 二年前もそれ以前も、そこそこの数のスクラップ・クリーチャーが辺りを徘徊していて、もっとガチャガチャ騒がしかったように思う。

 だが、作業が滞りなく進むのであればむしろ好都合だ。


 よく見れば、スクラップの山の陰に微かに蠢く小さなものの姿がいくつかあった。四足歩行のクリーチャー、小型のビーストである。

 ヘルメットのスコープ機能をオンにすると、シールド上にマークが現れる。だが、遠すぎてコアは捉えられない。

 警戒するに越したことはないが、これだけ距離があるなら下手な手出しは不要だ。このまま静観していれば、こちらに気付くことはないだろう。


 その時、視界の端で何かがきらりと光った気がした。


「……ん?」


 シールド上の表示は変化なし。シュカは首を捻り、立ち位置から移動する。

 するとトバリから通信が入った。


『シュカ、どうした。何かあったか?』

「あ、いえ……」


 足場がやや高くなっている出入り口付近まで行き、シュカはもう一度目を凝らした。だが、光を放つものは何も見えない。


「……すみません、何か光ったように見えたんですが、気のせいだったみたいです」

『分かった。また何か気付いたら報告するように』

「了解」


 首を傾げながら元の位置へ戻ろうとした時、扉の開閉パネル周りを守る兵士の一人が声を掛けてきた。


「あの、すみません」


 インカムを通さない、小さな声。襟の階級章は一等兵のものだ。


「はい?」

「あの、違ってたら申し訳ないんですが——」

「あっ、もしかして、あなたも見た? さっき何か光ったよね?」

「え? いえ、えぇと、そうではなくて……ユノキ・シュカさん、ですよね? あの『スパイダー・リリィ』の」

「えっ……と、そうだけど……」


 旧姓で呼ばれるのはいつぶりなのか。急なことで少し動揺する。

 ヘルメットの下から覗く彼の瞳が、パッと輝いた。


「じ、自分、シュカさんの立体写真ホログラビア持ってますッ! あの記事、ずっと大事に保存してて……ご一緒できて光栄ですッ!」

「あ、あぁ……それはどうも……」


 ホログラビアと言うと、以前『月刊ARMY Net』という電子マガジンで、初の女性レアメタル・ハンターとして取り上げられた時のものだろう。

 正直なところ、あまり思い出したくもない記事ではあった。

 もう八年ほど前の、シュカがまだ二十代半ばで独身だった頃のことだが、以来時々こうして声を掛けられる。


「実は自分、シュカさんの高校の後輩で……在学期間はかぶってないんですけど……あの、当時の伝説、いろいろ聞いてますッ」

「あー……そうなんだ。伝説ね、はは……」


 ということは、彼もノース出身なのだ。シュカの母校はあまり素行の良くない学校だった。いったいどんな話が伝説として残っているのか、怖くて聞けない。


「おい、ハスミ! 何やってんだ!」

「すっ、すいません、あとちょっとだけ!」


 他の兵士から注意を受けながらも、彼は更に食い下がってきた。


「あの、良かったら握手してくださいッ!」

「あ、うん、仕事が終わってからね……」


 微苦笑しながら、ようやく元の位置へと戻る。

 一気に脱力した。単調な任務とはいえ、緊張感のないことだ。


 そこからしばらくは、ただその場に待機し続けるだけの時間だった。あの光はやはり見間違いだったのか、あれから特に変わったことは起こらない。

 鈍色の景色にゆるりと視線を巡らせながら、それとなく欠伸を噛み殺す。気を抜くと今にも意識が飛んでしまいそうで、足の位置を何度となく微妙に直す。


 だが、作業開始から一時間ほどが経過した頃合い。

 シュカの目が、再びあの光を捉えた。

 波打つように連なるスクラップの山々の、ひときわ大きな一つの頂上付近で、確かに何かがちかちかと瞬いているのだ。


 ぼんやりしていた頭が急速に覚醒する。

 あの光を発しているものは何だろう。人の形に見えなくもない。人型クリーチャーだろうか。

 トバリに報告しようと口を開きかける。


 しかし、その時。


 突然、眩い閃光が、辺りを真白く染め抜いた。

 同時に凄まじい爆発音が全身を揺さぶり、心臓が飛び出しそうになる。

 考えるより先に、シュカは脊髄反射で地に伏せていた。

 熱波のごとき爆風が、頭の上を轟と駆け抜けていく。


 いったい何が起きたのか。


 ばくばくと鳴る鼓動。全身の神経が緊張し、痺れている。

 耳の奥を支配する残響が消えぬうちに、身を起こして周囲を見回す。

 そうして視認したものに、シュカは自分の目を疑った。


「え……?」


 なぜなら、つい先ほどまで設備担当者が作業をしていた操作パネルの付近一帯が、もうもうとした夥しい量の黒煙で覆われていたのだから。

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