2ー4 不可解な爆発、そして
『どうした! 現状を報告せよ!』
インカムから歩兵隊長の声がする。
煙が薄れるにつれ、辺りの様子が明らかになってきた。
あの分厚く頑強な壁には、黒く焼け焦げた跡。操作パネルは大きく破損し、バチバチと火花を散らしている。
出入り口の扉は、どういうわけか開いてしまっていた。
『エリアの扉付近で何かが爆発した模様! 守備に当たっていた三名の生体反応が確認できません!』
設備担当者と、すぐ側にいた兵士たちの姿が見えない。あの中には、つい半刻前に言葉を交わした者もいたのに。爆心地と思しき付近に、放射線状に点々と転がっている何かが、もしやそうなのだろうか。
ヘルメットの通気孔から滑り込んでくる煙混じりの空気の中に、蛋白質の焼ける臭いを感じた気がした。
『アルファ班は至急、爆発の原因を確認せよ。他に爆発物が仕掛けられている可能性もあるから、警戒しつつ検索に当たれ。ブラボー班は外にいる設備業者を拘束しろ』
外で待機するメンバーに向けた隊長の指示。つまり、設備業者による自爆テロを疑っているのだ。
続いてトバリから通信が入る。
『今の爆発熱で、クリーチャーたちが向かってくるかもしれない。警戒を怠るなよ』
「了解」
『扉、開いちまってますね。早く閉じないと……ん?』
「何? アンジ」
『なぁ、あれ……』
数十メートル離れた位置にいるアンジが、エリアの奥の方向を指さす。
そちらへ視線を向けた瞬間、背筋が凍った。
足元にあるのと同様のもので構成された歪な身体。太い四肢でしかと立つ、大型タンクローリーほどもあろうかという巨躯。顔の周りに
『スクラップ・ビースト……』
口からは、長く伸びた凶悪な上下二本ずつの犬歯がはみ出している。獅子を模してはいるが、これは獲物と見なしたものをただ殺戮する
衛星画像に写っていたのは、この個体で間違いないだろう。
その背後には、無数のクリーチャーがずらりと並ぶ。人型や昆虫型、恐らく三百を優に超えている。さながら軍隊だ。
対するこちらはシュカたち三名と歩兵隊十名。敵はほとんどが小型のものだが、この人数で相手をするには途方もない数である。
『おいおい、こんなことってあるかよ……』
アンジが呟いた直後、スクラップ・ビーストが吼えた。まるでハウリングのような、耳障りな
それを皮切りに、控えていた小型クリーチャーたちが一斉に向かってくる。
トバリが抑えた声で言った。
『隊長、一刻も早く撤収して扉を閉めるべきです。我々が時間を稼ぎます』
『了解。アルファ班はトバリ統括リーダーの指示に従って応戦しつつ撤収。ブラボー班は扉を閉める準備をしろ』
了解、と兵士たちの声が揃った。
どうしてこんなことになったのか。
シュカは内心そう思っていた。今回の任務は単なる警護で、何事もなく終えられるつもりでいたのに。
だが、やらぬわけにはいかない。こういう事態のためにこそ呼ばれたのだ。
『シュカ、アンジ、準備はいいか。ビーストはできるだけ刺激するな』
「了解、応戦します」
『了解、適度に蹴散らしてやりますよ』
そして三人同時に叫ぶ。
『“オペレーション”!』
スカイスーツの電導ラインが白く発光する。全身が電磁防護膜で覆われる。
それぞれが自分の銃を手に、スクラップ・クリーチャーの群れと対峙した。
その瞬間、雑念が消え去り、シュカの意識はすうっと研ぎ澄まされる。
身体の芯が震え、熱を生む。
怖れなのか、悦びなのか。
どちらでも構わない。この滾りが、闘争への本能を掻き立てる。
シュカは
連続する軽い振動で、アドレナリンが全身を駆け巡る。
凄まじい速度で放たれた銃弾の雨が、群れの第一層を蹴散らす。さすがにシミュレーションとは違い、残骸がその場に積もっていく。
横合いから、数発の弾丸が撃ち込まれる。それはシュカのものより威力が強く、一発ごとに五、六匹纏めて吹き飛んだ。
『できるだけ数を減らせ!』
トバリはそう言うと、ショットガンモードの銃をまた二発、三発と放つ。けたたましい着弾音と断末魔の
『じゃあこいつで!』
アンジは銃をグレネードランチャーモードに切り替え、群れに向けて発射した。撃ち出された
だが、奴らはそれを物ともせず、砕け散った仲間を踏み越えてやってくる。
兵士たちも隊列を組み、
しかしシールド上に表示されるクリーチャーの
シュカはじりじりと後退しながら、敵の大群を削り続ける。だが、距離は徐々に縮められつつあった。
その様子を、大型スクラップ・ビーストは山の頂に立ったまま悠然と眺めている。
そんな折、インカムに通信が入る。
『こちらブラボー班、出入り口の開閉スイッチが故障。扉を操作できません! 先ほどの爆発で電気系統に影響が出た模様!』
『何だと?!』
一同に動揺が走る。
つまり、このエリアを封鎖できないということだ。
それに応じるトバリの声は至極冷静だった。
『あのスクラップ・ビーストならば、出入り口をギリギリ通り抜けてしまうだろう。それだけは避けねばなるまい』
言うが早いか、トバリは銃をグレネードランチャーモードに切り替え、ビーストに向けて発射した。
だが鉄の獣は巨躯に似合わぬ身のこなしで、難なく擲弾を避ける。
『やはり銃では無理か』
地中を移動して穴から頭を出すだけのワームならいざ知らず、地上を俊敏に駆けるビーストはあまりに危険だ。
『アルファ班は引き続き小型クリーチャー群を攻撃せよ』
トバリは腰からブレード・ウェポンを抜き、すらりとした長刀へと変じさせた。
そして淀みなく告げる。
『あの大型ビーストは、我々三人で滅する』
夜の闇を思わせる漆黒のヘルメット。そこに描かれるは、翼を広げた銀色の鷹。
ハンターネーム『NIGHT HAWK』。
二十年前から第一線に立ち続ける、歴戦のレアメタル・ハンター。それが、ノース・リサイクルセンターの統括リーダー、トバリ・タカオミだ。
トバリに続き、シュカとアンジも武器をブレード・ウェポンに持ち替える。
シュカは愛用のロングソードを真っ直ぐにビーストへと向けた。
「一瞬で終わらせましょう」
一方のアンジは、
『任せといてくださいよ!』
その場に、刹那の緊張が走る。
『かかれ!』
トバリの合図で、三人同時に地を蹴った。
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