7ー6 愛【AI】の亡霊
ハンターチーム全員で巨大クリーチャーと対峙する。
怪物は身動きに苦心していたようだが、胴体の側部から何本もの長い脚を生やすことに成功し、うぞうぞと歩き始めた。
まるで人の頭と胴を持った蜘蛛だ。鉄と赤錆の入り混じった斑模様とも相まって、なかなか気持ち悪い。
『また羽を生やして空を飛ぶ可能性もある。速やかにメインの
『了解!』
仲間たちが一斉に攻撃を始める。周囲に一般市民がいないのをいいことに、派手な銃器も使い放題だ。
時おりクリーチャーは先端の尖がったアームをこちらに伸ばしてくるが、誰かの弾丸や刃が瞬時にそれを無力化する。
シュカも銃をサブマシンガンモードで乱射し、巨大な鉄屑の塊を削り飛ばしていく。
身体の芯に響く発射の振動が、精神を昂らせる。ドーパミンが神経を駆け巡り、脳髄が熱く痺れる。
だが、破壊衝動以上に、仲間たちとの一体感が気持ちいい。
五分間ほど、容赦のない集中砲火を浴びせ続けた頃。
『だいぶ削れてきましたね』
『あぁ、だがくれぐれも油断するな』
巨大スクラップ・クリーチャーは、登場した時の三分の一ほどまでに小さくなっていた。もはや穴から引き摺り出されてのたうつ芋虫のような、無様な状態だ。
中央公園広場は、解体された鉄屑ゴミで溢れ返っている。
『これだけありゃ、結構な量のレアメタルが回収できるんじゃねぇの? ……っと』
軽口を叩くアンジは、伸ばされてきた鋼鉄のアームを避けつつ、剣で払い落とした。
「まだ
『もっと小さくしないと駄目か。これでもまだいつもの大型よりでかいくらいだもんな』
ハンターの数人が攻撃を続け、更に表面を削る。するとようやくヘルメットのシールド上にターゲットマークが出現する。
だが次の瞬間、クリーチャーの身体が小刻みに振動を始めた。
『様子がおかしい。皆、私の後ろへ下がれ!』
指示に応じて全員がトバリより後列へ移動した直後、突如として怪物が弾けた。大きさも形状も多種多様なスクラップが、凄まじい勢いで吹き飛ばされてくる。
トバリが左腕の義手を前方に突き出し、電磁バリアを展開させる。
凶器と化した敵の構成物が、一つ残らず透明な盾に弾かれていく。
降り注ぐ鉄屑の雨が止むと、辺りは地面から舞い上がった塵埃に覆われていた。
次第にその幕が薄れ、そいつは姿を現わす。
鈍い銀色の。
全長五メートルほどの。
人の形をした。
「これ、どういう状態……?」
ハンターたちはそれぞれ移動し、十数メートル程度の距離を取りながらそれをぐるりと囲む位置に付いた。
その身体を構築しているのは、もはやスクラップではなかった。何か無数の粒状のものが固まって、巨人を形作っているようだ。
片側の割れた一対のレンズにだけ、元の姿の名残がある。
その顔が、シュカの方を向いた。
予備動作もなく、一瞬のうちに、片方の腕から細く長い指が一直線に伸びてくる。シュカは咄嗟に首を捻って躱したものの、それが掠めたヘルメットの側面にはひびが入った。
「は? 何これ!」
横合いからアンジが斬りかかるが、たかだか子供の腕一本ほどの細さのそれに傷一つ付けることなく刃が欠けた。
『……マジか』
次から次へとレーザーのように伸ばされる左右三本ずつの指を避け、シュカは上空へと退避した。さすがに二十メートルもの高さまでは届かないらしい。
「ちょっと、なんで私、狙われてんの!」
『シュカさん、あいつの片目潰したじゃん。それで最優先ターゲットとして認識されたんじゃねぇの』
「はぁ? 勘弁してよ!」
数名のハンターが本体へ向けて発砲したが、呆気なく弾き返される。
トバリが敵の周りを飛んで観察し、冷静な口調で言った。
『どうやらこれの身体は、コネクションチップのみでできているようだ』
「あぁなるほど、確かに」
『それ故に普通のスクラップ・クリーチャーとは比べ物にならないほど結束が強く、攻撃を受け付けないのだろう。いずれにせよ、
『あの中か……どうにかワームみたいに口を開けさせられでもすりゃ、いいんですけどね』
「奴の狙いが私なら、私を餌にするのが一番いいですね」
シュカは自ら申し出た。そうでもなければ、誰も言い出しづらいだろう。
トバリは低く唸る。
『いや、それはさすがに危険すぎる。空軍の応援はまだなのか、マチダ室長に連絡を取って——』
その時、再び敵の身体の表面が波打ち始め、また少し形が変わる。
先ほどと比べれば些細な変化ではあるが、その姿を目にしたチームの誰もが絶句した。
装甲のように筋肉の発達した逞しい肢体。
右手から伸びていた指から形成された、身の丈ほどの巨大な斧。
シュカの心臓が、ぎしりと音を立てて軋んだ。見間違うはずもない。
この背格好。この武器。
それは、かつてのノース・リサイクルセンターの絶対的エースであり、『ライトニング・タイタン』の異名を持つレアメタル・ハンターであり、そしてシュカにとっては——
ゆっくり高度を落としたシュカを、その視線が捕捉する。
『シュカ』
閃きのように受信した、一通の思念話メッセージ。
認識された発信者名が、シュカの呼吸を止めた。
【カンザキ・レイ】
まさか。あり得ない。
その現実を否定する一方で、ある可能性が脳裏を掠めていく。
頭ごと喰われた最愛の夫。
戻ってこなかった電脳チップ端末。
マチダの言葉を思い出す。
—— 彼は非常に優秀なハンターだった。身体能力だけでなく、状況判断力にも秀でていた。惜しい人材だったと思うが、この兵器が完成したのも彼のおかげと言っても過言ではない。
まさか。
まさか——
『シュカ』
レンズの目に監視されていた特別任務の時、エリアの外へ出ようとしたスクラップ・ビーストは、
数日前に相対した超大型クリーチャーは、シュカを目にして動きを止め、何かのメッセージを送ってきた。
そして今日、新兵器としてお披露目された個体は、AIの暴走によりこの街へ向かってきた。
それはいったいなぜなのか。
『タダイマ、シュカ』
胸に鋭い痛みが走る。
人の行動パターンを学習するAI。
もし、兵器のプログラムにレイの電脳チップ端末のデータが使われていたのだとしたら。
メッセージの履歴や写真。そこに最も多く残っているのは、間違いなく
AIの誤作動の原因は、それに組み込まれたレイの
『タダイマ……』
——いいか、俺たちは何が何でも家に帰らなきゃならない。
「レイ、さん……」
先ほどスクラップ投棄エリアから飛んできたクリーチャーは、レアメタル・ハンターの姿をしていた。どうして敢えて大した戦力にもならないタイプのものを呼び寄せたのか、疑問だったのだ。
考えるほどに苦しくなる。
彼は、仲間を大切にする人だったから。
これにとっては、あれが仲間だったのかもしれない。
空中で茫然とするシュカに、敵の指先が伸びてくる。それがヘルメットのシールドに到達しようかという瞬間。
『シュカさん!』
アンジの呼び掛けではっと我に返り、すんでのところで躱す。再び上昇し、相手の視界から逃れる。
『シュ、カ……』
今のは『攻撃』だ。
兵器として生み出された身体には、その行動パターンしか備わっていないのだろう。
胸を衝く痛みと入れ替わるように湧き上がってきたのは、混じり気のない静謐な哀しみだった。
これはレイじゃない。
レイの
レイは死んだ。もう戻ってこない。
鈍銀色の人形が、力強く地を蹴った。滑らかな二足歩行だ。その走行フォームすら、記憶の溝をなぞる。
シュカのことは一旦諦めたらしく、敵は手近にいた別のハンターを狙って戦斧を振るった。それが彼の大腿部を抉る。
『うわぁっ!』
『大丈夫か!』
負傷した者はすぐさま離れた場所に移動された。
他の者を攻撃するのなら、放ってはおけない。高度を下げ、仲間に向いた敵の視線に割り込む。再び、一つだけのレンズがシュカの姿を捉えた。
——俺がお前を見てるから。
ずっと見守っていてくれた人がいた。
だけど、シュカは目を逸らしてしまった。彼を喪った事実を、受け止めきれなかった。
代わりに自分を責め、軍部を憎み、それにも疲れて逃げようとした。
でも。
——ママ! がんばれー!
蘇る愛おしい声。
自分には、戦う理由がある。
シュカは毅然と言い放つ。
「また市民に被害が及ぶかもしれません。狩りましょう」
今、この手で決着をつける。
そして打ち克つ。
他でもない、己の弱さに。
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