番外編

朱い花の咲う道

朱い花の咲う道①

 巨乳の可愛い子が来るらしい。

 そう騒いでいたのは、チームの若手連中だったか。

 カンザキ・レイがその噂を聞いて真っ先に思ったのは、何か面倒なことになりそうだ、ということだった。



 大陸戦争が終結して十五年が経ち、陸軍の任務も通常訓練や災害救助がメインになっていた頃。

 平時であっても毎日のように実戦任務が課されるノース・リサイクルセンター本部のハンターチームは、誰も行きたがらない不人気の異動先だった。

 それゆえ、軍の規律に反するなどしたアウトローや、血の気の多い問題児などが出向者として選ばれていた。


 そんな中、新人がやってくるという。事前に送られてきた情報によれば、基礎訓練の成績はなかなか優秀だったらしい。

 なぜそのような人物が、こんな辺境に出向してくるのか。

 理由はすぐに分かった。その新人は女性だったのだ。

 ここへ来るということは、何かしら問題を起こしたのだろう。男社会で女性が起こす問題と言えば、いくつか想像できる。どれも下世話な想像だ。

 兎にも角にも、初めての女性メンバーである。それが「巨乳の可愛い子」だと誰かが噂を聞き付けてきて、男ばかりのハンターチームは明らかに浮足立っていた。


 レイとて、その新人が気にならないわけではなかった。他の連中とは違う意味で。

 何しろ、自分が指導担当となるのだ。これまで一癖も二癖もある男たちを何人も指導してきたが、相手が女性となると勝手が違う。接し方によってはハラスメントと捉えられてしまうかもしれない。

 加えて、チーム内の風紀の乱れも気掛かりだった。女絡みのトラブルがこの職場で発生したりしたら、目も当てられない。

 悩んだ末、少なくとも自分は、相手を女性ということで変に他と区別しないようにしようと心に決めた。



「ユノキ・シュカです。よろしくお願いします」


 実際に現れた本人を目の前にして、なるほど、と思った。

 シュカは確かに美人だった。やや吊り気味の、気の強そうな大きな瞳が印象的だ。女性にしては長身で、必要な筋肉がきちんと付いている。

 そして噂通り、胸が大きい。

 身体の線がはっきり出るスカイスーツ姿になると、それがよく分かった。

 正直、目のやり場に困る。

 チーム内の同僚からは羨ましがられたが、それどころではない。


 しかし、手始めに彼女の擬似オペレーションを見て、レイは目をみはった。

 巧い。

 飛行装置の操作が、驚くほど巧いのだ。高い技術を要する空中での接近戦や、敵の攻撃を避けつつ自分の攻撃へ移るモーションも、難なくクリアしている。飛行スピードが速く、身のこなしも軽やかだ。

 チームのエースである自分よりも、いや、下手すると他のどのメンバーよりも上かもしれない。

 例え陸軍から厄介払いされてきたのだとしても、これだけ飛べるなら即戦力として期待できる。



 だが最初の頃、シュカはずいぶんと攻撃的だった。スタンドプレーが目立ち、無茶なほどに一人で突っ走る。

 見兼ねてたびたび注意した。


「シュカ、一人で突っ走り過ぎるな。周りをよく見ろ。がむしゃらに攻撃することだけが強さじゃない。まずは自分自身を大事にして、今すべきことを判断するんだ」


 すると、反論が返ってくる。


「守りに入ってしまったら、それだけ攻撃の手が減ります。攻撃は最大の防御。私はそう思います」


 初めのうちは巨乳の美人にヘラヘラしていたメンバーの中からも、シュカのことを生意気だと言う者が出始めた。

 荒削りで、目上の者にも尊大で、常にピリピリしている――そんな『若い女』。

 この調子で、前の所属でも疎まれたに違いない。彼女の出向の理由が何となく想像できた。


 レイは、そんなシュカに対して危うさを感じていた。

 あまりに余裕がなさすぎる。何をそんなに焦ることがあるのだろう。

 どう指導すべきかと頭を悩ませていた矢先、事故は起こった。



 シュカのハンター見習い期間の『卒業テスト』。空を飛ぶ中型スクラップ・ドラゴンをターゲットと定め、スリーマンセルのチームで追っていた。

 そこでシュカは、指示を無視してまた単身で突っ走った。周囲をかえりみずに獲物を貫いた彼女の剣が、敵の上にいたレイの脇腹を掠めたのだ。

 幸い軽症で済んだが、シュカは見て分かるほどに狼狽えた。


「申し訳ありませんでした! 私のミスで、カンザキさんに怪我をさせてしまいました」


 思い切りよく下げられた頭。猪突猛進の彼女らしくて、ここまで来るといっそ清々しい。


「戦いの場で我を忘れた瞬間に、それが命取りになることもある。自分や仲間が傷付いたり、下手をするともっと取り返しの付かないことが起こるかもしれない」


 怪我をしたのが指導担当である自分で、むしろ好都合だった。

 説教はどうにも苦手だが、この流れならシュカも素直に聞き入れてくれるだろう。


「お前に実力があることは認める。だが、これからはきちんと指示を聞くように」

「……はい」


 失敗は誰にでもある。

 重要なのは、そこからどう立て直すかだ。



 だが、その一件を機に、シュカはオペレーション時に尻込みするようになった。周囲を気にし過ぎて、逆に全く前に出られない。

 不器用な子だ。

 それまでとのギャップが少しおかしくもあったが、これはこれでアドバイスに悩む。


 本人も焦りを感じているらしく、業務後の自主トレはこれまで以上にがむしゃらだった。

 見かねて声をかけると、彼女は意外なほど素直に心中を吐露してくれた。


「私、全然役に立ててません。どうにかしたいと思うけど、足を引っ張りそうで……また何か間違えてしまったら……怖い、です」


 それに何と返したか、あまり覚えていない。怖いのはみんな一緒だ、怖いと思うから気を付けて冷静に判断できる、そんなことを言った気がする。

 そして、尚も不安そうなシュカに対して、何の気なしに口にした。


「大丈夫。俺がお前を見てるから」


 その言葉がシュカにどう響いたのか、レイは知る由もなかった。




 はたして、シュカは少しずつチームに馴染んでいった。

 レイやトバリの指示をよく聞き、仲間の動きをよく見る。他のメンバーもシュカを受け入れ、上手く連携できるようになっていく。

 教え子の活躍は嬉しいことだ。初めのうちは女性の新人に戸惑うこともあったが、今となってはシュカも大事な仲間の一人だと思えた。



 ターニングポイントは、シュカがハンターネームを得てから一年後。

 彼女に雑誌の取材が来た。『月刊ARMY Net』の、女性兵士を取り上げるコーナーだ。

 出来上がってきたのは、何とも下品な記事だった。

 見た目や生い立ちのことを交えた薄っぺらな内容。そして、ボディラインの目立つポーズのスカイスーツ姿と、嫋やかな笑みのショット。

 世間の、主に男性の目を惹くためのものだ。


 無性に怒りが湧いた。

 仮にも、面倒を見ている後輩だ。

 女性でありながら飛行装置を巧みに操り、最近ではチームの主力メンバーになりつつある。

 そんな彼女を、ただ『若い女』として、謂わば性的に消費する。

 一番身近に接するレイ自身がそうしないようにと、とりわけ気を遣ってきたことだった。

 それなのに、彼女のことをよく知りもしない他の誰かが呆気なく、そして恐らく悪意すらなく——単なる好奇の目で以て彼女をそんな風に扱ったことが、どうにも許せなかったのだ。


「シュカはお飾りの見世物じゃありません」


 出版社に抗議すべきというレイの主張は却下された。国防統括司令部が記事を好意的に受け止めているから、わざわざ事を荒立てるべきではないというのが、統括リーダーであるトバリの挙げた理由だ。

 もちろん理解できなくはないが、釈然としない。そういう忖度そんたくこそが、おかしな風潮を作っているのではないか。



 ほとぼりが冷めた頃、シュカを夕飯に誘った。落ち込んで見えた彼女をフォローするためだ。


「スカイスーツがあれば、女性であってもあれだけのパフォーマンスが可能なんだ。それはもちろん、お前の努力あってのことだろう。そこを記事にしないなんて、あの記者は全く見る目がない」


 大事な後輩を、正当に評価してほしい。それが紛れもない本心だった。

 だが、驚いたように見上げてくるシュカに、つい口が滑った。


「あの写真は確かに綺麗だったな。俺は普段の方がいいと思うけど」

「……へっ?」

「あ……すまん、こういうのもセクハラになるんだよな」


 実際、それも本心ではあった。メディア映えするルックスであることは間違いないし、正直なところを言えば、勝気ではっきりした彼女の顔立ちは好みだ。

 しかし、それとこれとは別である。ハンターとしてのシュカを語るのに、必要のない情報なのだ。これでは、あの記者と同じではないか。


「もし俺が気に障るようなことを言ったりしたら、遠慮なく教えてくれ」


 そこへ想定外の反応が返ってくる。


「いえ、そんな……カンザキさんはいつも優しいし、フェアじゃないですか。だから好きになったんで――」


 一瞬、聴き間違いかと思った。


「……え?」

「な、何でもないです!」

「そ、そうか……」


 気まずい沈黙。ちらりと横目で窺ったシュカの顔は、耳の先まで朱に染まっている。

 聴き間違いではなかったようだ。

 つられて頬がかぁっと熱くなる。今こちらを見られたら、赤面していることがバレてしまう。何でもないふりをして、淡々と食事を続ける。


 よもやレイにとっては、思ってもみないことだったのだ。

 シュカが、自分に想いを寄せているなんて。

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