一章 真霧ルート 彼女に信頼を

なにか…夢を見ていた。

あの人の夢を見ていた気がするんだ。

だめだ。思い出せない。


そうだ…ここは…。

ここは昨日と同じ場所。

そうだ…おれは真霧に介抱されてそこでそのまま…。


外からは昨日あれほどうるさかった雨の音は聞こえなかった。

過ぎるほどに静まり返った様子がとても不気味だった。


しばらくぼんやりしていると真霧がやってきた。

昨日とまったく同じ様子で、まるで時など経っていないかのような不変の佇まい。


「真霧…すまないすっかり眠ってしまったようだ」


「そうね…」


真霧は相変わらずの冷たい顔をしている。

そしてその覚めた目でおれを見つめてくる。


「もう出て行きなさい」


「あ…ああ…」


だが真霧は相変わらずの冷めた態度だ。

真霧の言うとおり村長の屋敷へ行かなければいけない。

立ち上がり部屋を出て行く。


外は深く濃い白い霧に包まれていた。

遠巻きに護衛たちがおれに冷たい視線を送るのを感じる。

なんだかこの場所自体がおれを拒んでいるようだ。


妙に背筋が凍る。

やがてこの神社の唯一の入口。

村と神社を遮る大きな扉の前に来た。


「真霧…色々すまなかった。

君にはたくさん迷惑をかけてしまったな」


「……」


真霧は黙ったままだ。

だが………。


「後は貴方に任せると言ったでしょう。待っているわ…」


最後にそれだけ言った。

その間におれ達の間にある扉が大きく音を立て閉まっていき、真霧の境界は閉ざされた。


真霧が最後に、微かに見せた笑み…。

そしてその指の指す方向。

あれは湖に向かっていた。


真霧はおれに何かを伝えようとしたのではないだろうか。

神社の位置からみて真霧の差したその場所へと向かう事にする。



「多分この辺りだ…」


そこは茂みの中。

道もなく普段は決して入る事もない場所だ。

茂みを探り入る。

視界にちらちらと紅い物が入り込んでくる事に気づいた。


「なんだろう」


近づいてみる。

そこには紅い立派な小船があった。

それはあの神社と同じ紅に塗られた。

漆塗りの立派な装丁。


「真霧はこれの事を差していたのか…」


そのとき背後で物音がした。

誰…だ?

霧と藪に一寸先も分からない。

そしてこの場所に姿を現したのは。


「お前は…!?」


「小僧。本当に来たのか」


思いもよらない来訪者に目を丸くするばかりだ。


「…なんでお前がここに居るんだ」


「勘違いするな。私は真霧様の命があったからこそここに来たに過ぎない」


「真霧が…」


真霧はおれがちゃんとここに来るって分かっていたのだろうか。

そんなのはっきりしないのに…それとも真霧はそう信じていたってことか。


「ともかく行くぞ、早く乗れ」


「お前が連れていってくれるのか?」


「この状況を見ればそうだと分かるだろう。いいから早くしろ」


「…分かった」


急かされるまま小船に乗る。

相変わらず偉そうな奴だ。

船を押し出しおれたちは湖に出た。

辺りは霧に包まれまるで周りが見えない。


「こんな霧の中…大丈夫なのか?」


「貴様が心配する必要はない。いいからもう黙れ」


その言葉に反論しそうになるが、そう…だな…。

今はこいつに託すしかないだろう。

おれは黙って行く末を見つめる。


やがてその全貌が見えてきた。

対岸からの眺めでも相当の大きさだと分かるが、近くまで来るとまた迫力が違うものだった。

まるでこの村には似合わない立派な木造立ての大きな屋敷。


船着き場に船が泊まる。

やっと…やっとここまで来たんだ。


…真紅。


「私が案内できるのはここまでだ」


「ああ…」


岸に上がる。

おれが下りたのを見て早々に護衛は再び船を漕ぎ出そうとする。


「真霧にも有難うと伝えて欲しい。色々と世話になったな」


「ふん…」


それだけを言って船を進ましていく。

その姿が霧の向うに消えていくまで眺めていた。

これでもう後戻りは出来ない。

それを胸に刻む。


さあ行こう。

屋敷に足を向ける。

ここに、この中に真紅がいるんだ。


ああ、やっと会えるんだね。

…真紅。

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