余談 霧の中 結

ゆとりは待っていた。

最悪の状況だけは何としても起こらないでほしい。

やがて遠くからやってきた人影。

しかしそれは一人だった。

万里の姿を認める。


「う…あぁ…」


涙がとめどなく溢れる。

万里はゆとりに近づいてきた。

その顔には穏やかな表情を浮かべていた。


「あいつはな…旅に出ちまったんだ。

まったく、勝手な奴だよ。

だけどさ…」


いったん言葉を区切る万里。

まだ心の整理がつかないのだろう。

その言葉は自分に言い聞かせるようでもある。


「いつ帰ってきてもいいように…

ここは残しといてやろう。

あいつが戻ったら、いっぱい文句言ってやろうな」


そして優しくゆとりの頭を撫でる。

顔を歪めて、嗚咽を漏らし、声を上げる。

子供のように号泣する。

万里もそっぽを向いて涙をこらえる。

暁を待とう。

その言葉を心の糧に、そんな生活を始める。




あれから数年。

まだ二人の小屋はあった。

何度も住人が変わった。

今は…かつて少女だった女が一人。

いや、今はまた二人。

少女はすっかりと大人の女性へと成長していた。

そばには甘えるようにくっつく小さな男の子。

暁にそっくりな男児がいた。


万里の援助もあり二人は何とか生きてきた。

暁がいつ帰ってきてもいいように、家はそのまま残している。


ふいに辺りが霧に包まれる。

真っ白な視界。


ただいま…。


声が聞こえた気がした。

懐かしいあの人の声。

遠くに人影が見える。

こちらに手招きしているように見える。


「かーちゃ…とーちゃ…」


人影に近寄ろうとする息子。

しかしゆとりはをぎゅっと抱きしめ留まらせる。


「霧が出たら外に出てはいけない。

雨が降ったら水に近づいてはいけない。

あしびき様に捕まりたくないのならば…」


名残惜しそうに人影に向かって手を伸ばす息子を家に入れる。


「お家に入りましょう」


小屋に入り霧を遮断するように戸を閉じる。

外では人影が未練がましくゆらゆらと揺れる。



目の前が真っ白で何も分からない。

寂しい。

君に…逢いたい。


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あしびきの唄 さくらだでんぷん @hukuhuku

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