一章 ゆとりルート 何もかもが分からないまま

また夢を見た。

一体なんなのだろう。

どうしてここ最近こうして夢ばかり見るのだろうか。

昨日は真紅の夢。

そして今日は…。


「これは一体何の夢だ?こんな事、最近あっただろうか」


しかしどう考えても記憶にない。

じゃあこれはただの夢なんだろう。

そう思えば何の不思議はないのに、そうと断言できないもどかしさがあった。


「何をこんなに気にしてるんだ。

夢は夢、それ以上のものではないだろうに」


だけどこうも急きたてるこの嫌な感じはなんだろう。

おれは何をそんなに恐れているのだろう。

そのとき騒がしい気配がした。


玄関に駆け込んでくるばたばたとした足音。

しかしこれはいつものあの賑やかな騒がしさとは違う。

それにこんな重そうな音を立てたりは絶対しない。


「あ…暁!いるか?」


やはり違った。

そう思いながらもおれは玄関に向かいそいつを迎える。


「万里。

こんな朝早くから何をそんなに騒いでるんだよ」


「何もどうしたもねえ…そんなことより、やっぱりゆとりはいねえようだな…」


なんだ万里の奴。

ゆとりちゃんがいないと分かっていながらここに来たのか。

胸騒ぎがする。


「一体どういうことだ、なんでそんなへんな言い方をするんだよ。

それじゃ万里のところにもゆとりちゃんがいないみたいじゃないかよ」


「どうしたもこうしたもそういう事だよ。

ゆとりがいないんだ。

いなくなっちまったんだよ」


なんだ…なんだよそれ。

さっきから感じてた嫌な感じが的中したようで妙な感じがした。


だってそうだろなんでゆとりちゃんがいなくならなきゃいけないんだ。

そんなの昨日まで一度だってなかったじゃないか。

おかしいだろ。


なんだってこう最近おかしな事ばかり続いてるんだ。

そうだよ、ゆとりちゃんに助けられてからこの世界は何かがおかしい。


「おい、暁。おちつけよ」


気が付くと万里がおれを揺すっていた。

いつの間にか自分の世界に浸っていたようだ。


「…!いや、すまん。おれ何か言ったか?」


「なんだか目が虚ろになってたぞ。

そんなことより、お前何か心当たりはねえよな」


「そんなの分かったら苦労はしないよ。

それにそれだったら万里の方が詳しいだろ」


「あ、ああ…そうだったな。とにかく村中を探そう」


「ああ…でもおかしなこと言ってんな村の中じゃなけりゃどこにいるってんだよ。

それで見つからなかったらいったいどうしたらいいんだ…」


めずらしく万里が悲観に浸っている。

でも今はそんなことに時間を費やしている場合じゃない。

早くゆとりちゃんを探さなければ。


「しっかりしろよ!

お前がちゃんとしてなかったら誰がゆとりちゃんを探してくれるんだよ。

さあ、はやく行こう!」


「すまねえ…柄にもねえとこ見せちまって。よし、行こうぜ」



その後おれは万里とくまなく村中を探した。

だが結局ゆとりちゃんは見つからなかった。

おれにはゆとりちゃんがどこに行ったのか皆目見当がつかない。

どこに行ってしまったんだ…。


「心当たりはある…」


「え?」


「村長の屋敷だ」


「え…なんで…」


どうしてそこで村長の屋敷が出てくるのだろう。

村長の屋敷。

この湖を挟んで対岸に隔離された豪華な屋敷。


あいつらは村の人間の事を馬鹿にして、あいつらだけ豪華な暮らしをして、村の皆は羨んでいた。

そしてあいつらはおれと真紅を切り離した連中だ。

おれだって憎い。


だが今回のゆとりちゃんの事は何の関係があるんだ。

まさかあいつらはゆとりちゃんまでも俺達から切り離そうというのか。


「…!」


怒りに奥歯を強く噛んでいた。


「そうだ…どう考えてもあの場所以外考えられない」


万里の言葉にはっとする。

どうしてそこまで言い切れるんだろう。

万里は何か知っているのか?


「行くんだ…」


「あ…!万里。待てよ!」


そうして俺たちが向かったのは村長の屋敷が全貌できる湖の畔。

しかし今は霧に覆い尽くされその全景をうかがい知る事はできない。


「本当にあそこにゆとりちゃんが…」


「ぐずぐずすんな。早く乗れ」


万里は早々と小船に乗っている。

おれもそれに従い乗り込む。


「大丈夫かな、見つかったりしたら怒られるよ」


「今更怖気づいてんのか?

お前らしくもないな。

いつもだったらこんな細かい事に気を配るようなやつじゃないだろ」


「うるさいな、ちょっと気に掛かっただけだろ!」


そう怒ると万里は豪快に笑う。

なに笑ってんだ。


「そうそう、お前はそうやって膨れてりゃいいんだよ。

そのほうがよっぽどらしい」


万里なりに俺を励ましてるってわけか、なんかうぜえ。


「おい!お前達何している!!

こんな霧の中、舟を出すつもりか!」


「やべっ見つかった!早く出せよ」


「言われなくても…分かってる!」


万里が力任せに小船を押し出す。

背後からはおれたちを指差して声を荒げる大人たちの声が聞こえる。

小船は進む。


「万里…」


しばらく進みおれは口をあける。


「あ?どうした?」


万里は船をこぎ進めている。

俺に背を見せたままいつも通りの口調で話す。


「いったいこの屋敷で何があったんだろう。お前は何か知ってるんじゃ…」


「知らねえ」


想像に反した冷たさを含む返答だった。

何も言い返せなくなる。


「なんでだ」


「え?」


唐突に問いだす万里。

いったいどうしたんだ。


「なんで俺だったら知ってるんじゃないかって、そんなこと思うんだ。

俺だって訳わかんねえんだよ。

俺が聞きたいくらいだ…」


「…すまん」


空気の重くなった船上。

万里はただ黙って漕ぎ進める。

だったら先程までの確信めいた言い方はなんだったんだよ。


やがて見えてきた屋敷の入口。

とうとう着いたんだ。


「着いたな」


「…ああ」


そのとき首筋に衝撃を感じた。

ぐらりと傾く景色。

なんだ…一体どうしたんだ。

そのとき聞こえた声。


「すまん、お前はここで待っていてくれ」


万里…お前なんでだよ…。

ひどいな。

ここまで来て先に行っちまう気か。

文句を言いたいところだったが意識が遠のき口が回らない。

くそ!

目が覚めたら覚えてろよ…万里。



目を覚ます。

そこは意識を失う前に居た場所と変わりない。

どのくらい気を失っていたんだろうか。

二、三首を振り眠気を覚ます。


目の前には相変わらず村長の屋敷。

万里…先に行きやがって…

中へと歩を進める。

なんだここは…。


入って一番に鼻を突くのは血の匂い。

中は壁も床も全てが血に染まっている。

これは人の血。

まさか帰って来ない大人達の血なのか…。

死の気配が蔓延している。


「真紅は…こんな所に居るのか!?」


人の気配はまったくない。

一体なんだここは!

何があったというんだ!!


「真紅!!居るのか!?返事をしてくれ!!」


どこからも音がしない。

返事もない。

血の跡を越えて歩き回る。

襖を開け放ち居所を突き止める。

そこにも真紅の姿はない。

どこにもない!


「どこだよ!真紅どこいったんだよ!」


「暁さん」


ようやくした生きた気配。

振り返る。

そこにいたのは…ゆとりちゃん。


「真紅さんは……………もういないんですよ。暁さん」


ああ、頭が痛い!

目の前が霞む…

何も…分からない…。

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