三章 万里編 別れ


そしてその数日後。

喧嘩騒動も落ち着きそのことを和姉に告げると、和姉は大いに喜んでくれた。


「万里、こっちにおいで」


和姉は何か微笑みながらこちらに手招きしている。


「ん?なんだ」


近づく。

すると和姉は頭に何かかぶせてきた。

前髪が掻き揚げられ視界が広がる。


「なんだ…これ」


「この前の万里の仲直り成功のお祝いよ。いつも前髪邪魔そうにしてたんだもの。

ほら、こうすれば邪魔じゃないでしょ?」


まさかこれが…。

そして俺は無性に腹が立って


「…」


べしゃー。


問答無用で床に叩きつけた。


「なんて事をするのよ!」


当然の和姉の非難。


「こんな格好悪いのしてられるか!」


「こら、そんな事言って!ちゃんと作った人の気持ちを考えなきゃ駄目でしょ。

私は万里を想ってこれを夜な夜な作っていたのよ。それをそんな無碍にして!」


和姉は悲しそうな目をしていた。

だがそれは俺も同じだ。

だってよ、だったらなんで…。


「だったら何でその頭掛け花柄なんだよ!すげえ遊んでる様が見え隠れしてるっつーの!」


それには和姉も言葉を詰まらす。

そしてぷるぷると震えだし


「それは…だって…その方がかわいいと思ったから!!」


そんなに力説すんな和姉。



それからもしばらくそんな日が続いていた。

だがある日。

和は体調を崩し、床に伏せることが多くなった。

そうなってからはなかなか会うことができなくなった。

その日俺は思い切って和の家に行ってみた。

和は相変わらず床に伏せっていたけど、俺が来たと分かるとあのいつものやさしい笑顔で迎えてくれた。

和の顔色はこの数日のうちですっかり青白くなっていた。

伸ばしてきたその指は細くやせ細り、握る力はとても弱々しかった。

嘘だろ、これが和姉なのか。

何かの間違えなんじゃねえのか。


「万里、来てくれてありがとう。あなたがいてくてたこの数日、私はとても満たされていた。

あなたはまるで私の弟のようだった。本当にそう思っていた」


なんなんだよその諦めきった表情は、そんな言い方やめろよ。

そんなの和姉じゃねえよ。


「和姉…あたりまえだろ。それに俺と居てつまらねえはずねえしな。また治ったら色々してえな。

今度は外を一緒に歩こう。そうやって少しずつ体を慣らしていけばいつかきっと完全に治るさ。

だからさ…今はちゃんと休めよ」


俺は内心の動揺を隠し優しい言葉を掛ける。

なんだ分かってるんじゃないか、おれ自身が一番理解してんじゃねえかよ。


「ありがとう万里。ねえ…耳貸して…」


「な…なんだ?」


そして和姉の口元に耳を近づける。


「あのね…万里…ごめんなさい」


何で謝ってんだよ。

和姉が俺に謝ることなんてあったか、そんなの逆だろ、俺の方こそ和姉に言いたいこと色々ある。

だからこれで終わりみたいなことやめてくれよ。

頼むから。


「私…死ぬんだね…ずっと分かっていたことだけど…でもいざそのときが来たらちょっと恐くなっちゃった…変だよねこんなの…おかしいよね…私」


聞きたくなかった。

和姉の口からは聞きたくなかったよそんな言葉。

お願いだからさ、言ってくれよ。


「和姉…嘘でもいいから言ってくれよ…生きたいって。死にたくないって言ってくれよ!」


だが和姉は首を振ってそれを拒む。


「駄目だよ万里…それは出来ない。

ねえ、最後に抱きしめてもいい?

これで…最後にしよう…そうしたらお別れ」


「………!」


たまらなくなって俺は和姉の胸に飛び込んだ。


「和姉…!」


和姉は力いっぱい俺を抱きしめてくれる。

そして言った。


「万里…」


「和姉…かずねえ…うわあああああ!!」


互いに抱き合ったまま泣いた。

和姉はずっと耐えるように唇を引き結んでいた。

だが一言呟いた。


「死にたくない…」


そしてその言葉が引き金になったかのように次々に言葉を吐き出す。


「いやだよ…本当は嫌だよ…死にたくないよ!!」


ここに来て和姉の感情が爆発した。

涙を流し号泣している。


「嫌々死にたくない!死ぬのも嫌!でも殺されるのはもっと嫌!嫌!いやなの!」


その叫びは俺にじかに伝わる。

そして和姉はとても弱っているとは思えないすさまじい力で俺を押さえつける。


「か…和姉!?一体どうしたんだ。痛い…!」


和姉はすでに正気を失った顔つきで、目だけがぎらぎらと狂鬼を発し俺を見つめている。

こいつは誰だ…和姉じゃねえ…和姉はこんなんじゃねえ!


「奴らに殺されるのも、病気で死ぬのも嫌。だったら私はあなたに殺して欲しいな万里。お願い、殺してくれるわよね?」


そういうと今度は俺の体勢は和姉に乗りかかる状態になった。

そして和姉によって俺の手は和姉の首に掛けられていく。

そして自分の力とは思えない力が加わっていく。


違う!こんな光景は俺と和姉の思い出の中にはない!

こんなのは間違いだ!


「そう…その調子よ…そのまま…た…体重…を…掛けて…いって……」


やめてくれ!こんな光景はないんだ!

だが意思とは反対に力は増していく、和姉の表情はひどく歪んでいく。


違う!違う!違う!違う!


和姉、和姉、和姉。


和姉は誰が殺したの?俺?村人の誰か?


それとも………………………………。


やめろ!!!!!!


…和姉自身?

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