三章 万里編 真紅

その会合に俺も参加することになったのは、そろそろ次期若頭としての品格を身につけるためだったのだろう。

それは大人たちの間だけで執り行われる極秘の会議。

子供には絶対に打ち明けられる事のない内容が話される。

これに参加できるという事は俺もやっと大人達に認められたのだと喜ぶべき事だった…会合の内容がこんなものでなかったのなら。


「さて…今回の儀式の生け贄についてだが…」


それは子供達の間でも噂になっていた事だった。

古くから唄われているあしびきの唄。

それに風潮して儀式という名目に則って生け贄にされている者がいる。

しかしそれはしょせん子供の間ではやし立てているだけの怪談話でしかなかった。

だがそれがこうまで的を射ていたとは…。


「実はもう決まっている…それは…」


ごくりと固唾を飲む音があちらこちらから漏れる。


「あの双子姉弟の片割れ…真紅に決まった」


「!?」


なんて事だ。

まさか儀式というものが本当に行なわれていて、その生け贄が真紅だとは…。

もちろん俺は黙っていない。


「ちょっと待…」


「万里…黙っていろ」


親父に止められる。


「だけどよ…」


「黙っていろと言っている」


その口調には有無を言わさぬ重さがあった。

これ以上は何もいう事が出来なかった。

そして周りの緊張していた空気も緩んでいった。

皆各々の家族が生け贄に選ばれなくてよかったと胸を撫で下ろしている。

こいつらは…自分達さえよければ村の一人が犠牲になってもなんとも思わないのか!

それとも選ばれたのが真紅だからなのか!

たった二人だけの姉弟だから悲しむ者などいないとでも言いたいのか!

残される暁のことなど気にも掛けないのか!

胸のうちでくすぶっていると突然意見を言う者がいた。


「なあ、生け贄が双子の姉だというのは別にいいんだが、それをここで言ってよかったんかね?」


「ん?どういう意味だ?」


村長が受け答える。

そいつは一瞬陰険な目を俺のいる方に向け、また村長の方に向く。


「あの温泉宿の若頭の坊主は大分あの双子の姉弟と仲がよかったように思うんだが、奴が双子に陰口をしないとも言い切れないんじゃないかね」


ざわっ。


瞬間場が沸き立った。


「そんなことをされたら今回の儀式は失敗に終わってしまうじゃないか」


「そうなったら次は誰が生け贄に選ばれる」


「あしびき様の祟りが起こるぞ!」


口々に思い思いの罵詈雑言を吐き出す。

くそっくそ爺、俺に何の恨みがあってこんなことをする…。


「がっはっはっはっはっはっは」


突然場違いな笑い声が場に響いた。

見ると親父が豪快に大口を開けて笑っている。

どうしたんだ親父。


「何をおっしゃいますか、いい加減な事をいうのは大概にしてください。

確かにうちの馬鹿息子はあの双子と仲が良いようですが、そんなこと出来るはずがないじゃないですか」


そう親父は言い切った。

出来るはずがない…つまりしようものなら俺も無事では済まないという事だ。

親父は場を静めると同時に俺に警告をしてきたのだ。


「万里、この場ではっきり言え、そんなつもりは毛頭ないと」


ここでちゃんと言わなければ俺は生きては帰れないかもしれない。


「ああ。そんな事に私情ははさまねえよ…」


思いもしないことを口にするのは本当に苦々しい。


「ということだ。分かっていただけましたかな」


「ぐう…」


爺は悔しそうに歯噛みをしつつも引き下がる。

村長は解決したと見るや早々に会合の解散を言い放った。

皆散り散りに去っていく。



そして皆いなくなり場には俺と親父だけが残された。


「万里、先ほども言ったが何かしよう等と考えるんじゃないぞ。

お前にはどうしようもない事だ」


「くそ…そんなんで納得できるかよ!

そもそも儀式とか生け贄とかなんでそんなことをしなきゃいけないんだ!

なんで皆おかしいと思わねえだよ、親父はおかしいと思うだろ!!」


「万里、この村で儀式を否定するような事はこの先絶対に言うな。

今は分からずともお前にもいずれ分かる時が来る。

そう思わなければならないんだ。それがこの村で生きてくために必要な事だ」


「だからそれがわからねえって言ってんだよ!!!!」


「私は先に帰る。お前は少し頭を冷やしてろ」


そして親父は場から出て行く。

俺は一人だけ残され頭を抱える。


「くそおおおおおおおおおおおおおお」



帰り道。

先ほどの事が頭の中でぐるぐると回り、正常な思考ができない。

俺が無力だからあの二人を助ける事ができない。

俺が無力だから見て見ぬ振りをすることしかできない。

俺が無力だから、俺が無力だから!

ならば力があればなにか出来るというのか。

もし仮に俺が危険を顧みず二人に事実を話したとして守りきる事ができるのか。

二人を幸せにしてやる事ができるのか…。

どうして俺は何も出来ないんだ…。


「ちくしょう!この村は狂ってる!」


ふと目の前にある一軒の小屋に気づく。

それは暁と真紅の家。

考え事をしていたせいでいつの間にかこんなところにまで来てしまったらしい。

小屋の明かりは消えている。

もうすっかり夜も更けている。

さすがにもう寝てしまったらしい。


「こんな所に来て、俺は何をしようってんだか」


「万里…?」


突然声を掛けられる。

凛と涼やかな声色。

振り返るとそこには月光に照らされ影から浮かび上がる人影があった。


「し…真紅!?」


まさかここで当の本人に会ってしまうとは…どんな顔をしていいのかわからない、こんな真っ暗じゃ相手にも見えないだろうが。


「こ…こんな遅くにどうしたんだ?」


「誰かの気配がしたから気になって、万里こそこんな遅くに私達の家の前で何してるのよ?」


「……いや…」


すると暗闇でも分かるほど真紅はにやぁと笑顔になる。


「なるほどなるほど。つまり暁の寝込みを襲おうと、そう考えていたわけね…あなたも大胆ねぇ」


「はあ!?突然何を言い出すんだ、意味が分からないぞ」


しかし何故か顔が熱くなる。

俺は何を動揺しているんだ。

真紅の言ってる意味は全然分からないというのに。


「あれえ、違ったのかしら。おかしいわね……。

まさか…目的は私?先に断っておくけど私はあなたには全然興味ないから諦めてくれないかしら?」


「だから違うわ!!」


何気に傷つく事をいわれた気がするがとりあえずそれは置いといて…。

ん?ちょっとまてよ…。


「真紅。さっき言った事を認めるわけじゃないが、俺とこの村を出ねえか?」


自分でも突拍子のないことを言ったと思う。


「………はい?」


当然真紅の反応も理解できないといった風だ。


「すまん話が飛躍しすぎたな。

つまりこの村を出て他の村で暮らすんだ。

もちろん暁だって一緒だ。そうなったらゆとりを連れて行くのもいいな」


ああ、これは妙案だ。

どうして思いつかなかったんだ。

この方法だったら確実じゃないか。

俺が二人を守ることが出来る。

この村に居るよりはずっといい。


「万里…私あなたの言ってる事が全然分からないんだけど」


しかし真紅は怪訝そうに俺のほうを見ている。

それはそうだろう。

真紅は自分が今どのような窮地に立たされているのか知らないのだから。

だが俺は頑なに真紅に言い聞かせる。

今は分からずともいずれ分かってくれればいい。


「だからこの村を出るんだ。こうなったからにははっきり言うが、真紅…お前は今回の儀式の生け贄に…」


「はい、そこまで」


すっと真紅が人差し指を俺の口にあてがいこれ以上言うなと示唆する。


「あなたが何を言いたいのか分かった。でも、これ以上は駄目よ」


「………」


口先を指で押さえられ答えることが出来ない。


「そう…そう決まったのね。でもこれではっきり分かった。私は逃げないまっすぐ向き合うわ」


真紅の指先が離れる。

それが真紅の答えなのか、俺の気持ちは受け入られなかった。

だがなぜだ。分かっていて何故そんなことを言うんだ。

俺はなおも言い繕おうとする。


「真紅…だが…」


すると真紅が抱きついてきた。


「!?」


突然の事に俺は驚きを隠せない。


「ありがとう万里。

私のことをそんなに心配してくれてうれしいわ。

あなたの気持ちはうれしい、でもあなたがそんなに心配する必要はないのよ」


そう言った。

お前は優しすぎるよ真紅。


「なんでだよ…俺には全然分からねえよ…」


その状態のまま真紅は語る。


「万里あなたには言ってもいいかもしれない。

私にはなんとなく分かっていた事だったの。

だからこれは訪れるべくしてきたもの。

でもそれは私がけりをつけるわ」


そして離れる。

真紅は本当に何を言っているのだろう。


「お前はそれでいいのか!?

思うだろ、この村は狂ってる。どうしてこんな事に屈するんだ!」


「万里。

あなたに出来る事はもう何もないの、あなたが何もしなくても来るべきときは必ず来る…さあ、もう帰りなさい。もう夜も遅い」


真紅は先ほどとは打って変わったさめた表情。


「………!」


そういい残し真紅は家に入っていく。

それは完全な拒絶。

結局俺は無力なばかりか、頼るに値する存在でもなかったという事なのか。

このときから俺の奥底の負の感情は人知れず静かに燃え続けることになった。

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